目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第13話ミノタウロス01

風の向くまま気の向くまま。

春の陽気の中、いつも通り、なんとなく町がある方へ向かって進む。

(うーん…。路銀は十分だが、チェルシーも肉が食いたいと言っているし、そのうちダンジョンにでもいった方がいいだろうか…)

と考えつつも、とりあえず適当な宿場町に入った。

チェルシーを宿に置き、日の高いうちからのんびり銭湯に向かう。

まだ客がいない湯船にゆったりと浸かりながら、

(さて、ダンジョンに行くのはいいとして、それならそろそろ装備の点検でもしておくか。まぁ、杖は問題無いが、防具がちょっと傷んでるしな…。あ、そう言えばここからならルネアの町が近いじゃないか。あそこならあいつがいる。よし、そこでちょっと準備を整えてダンジョンにでも向かうか)

と、なんとなくこれからの予定を思いついた。

とりあえず宿に戻って、ベッドの上で丸まっているチェルシーに、

「おい。起きてるか?」

と声を掛ける。

「…にゃぁ」(ん?飯の時間か?)

と若干眠たそうな声でそう聞いてくるチェルシーに、

「明日からはルネアの町を目指そう。そこで、ちょっと防具の整備をしたらその後はダンジョンだ。今回は肉のついた魔物が出るあたりまで行っても構わんぞ」

と、先ほどなんとなく考えたこれからの予定を伝えてみた。

「にゃ!」(肉!)

と嬉しそうな声を上げるチェルシーに、

「ああ。ミノタウロスの1匹でも出てくればいいな」

と気軽に返す。

「にゃっ!」(おお!あれは良い。シャトーブリアンくらい美味いからな!)

とさらに喜ぶチェルシーを微笑ましく眺め、

「はっはっは。じゃぁ、今日はその前哨戦で焼肉にでも行くか」

と言って抱き上げ、私はさっそく宿場町の繁華街を目指して部屋を出て行った。

「んなぁ…」(こっちのミノも美味いのう…)

と言いながら、口をもきゅもきゅしているチェルシーを眺め、こちらは少し厚めに切られたカルビを食う。

(うん。この暴力的な脂よ。これがたまに欲しくなる)

とその背徳感満載の肉を口に入れ、口の中が脂っぽくなったところへビールを流し込んだ。

さっぱりとした口に今度はさっと焼いたタンを放り込み、またビールをあおる。

「にゃ!」(おい。我にも焼け!)

と言ってくるチェルシーの分もさっと焼いてやりながら、まだミノをもきゅもきゅしているその可愛らしい姿を愛でた。翌日。

宿場町の門をくぐる。

私の肩の上で、

「にゃぁ~」(ミノタウロスは~、美味しいぞ~)

と上機嫌で即興の歌を歌うチェルシーに、

「ははは。無事出てくるといいな」

と撫でながら声を掛けた。

「にゃぁ」(絶対に狩れよ)

と、どこか上機嫌で言ってくるチェルシーに、

「はっはっは。そこはラッキーキャットの幸運力を発揮してくれ」

と冗談を返す。

「にゃっ」(ふん。こやつらにそんな力無いわい)

とちょっとした悪態を吐きつつ、またミノタウロスの歌を歌うチェルシーに釣られ、私もここの中で軽く鼻歌を歌いながら、街道へ出た。

ルネアの町というのは今いるヒトの国、クルシュタット王国第二の都市で商業を中心に栄えている町だ。

それに加えてダンジョンから歩きで5日ほどの距離にあるので、町に居つく冒険者も多い。

当然ながらそういった冒険者向けの店も充実している。

冒険の出発地としてはこれ以上ないくらい好条件の町と言ってもいいだろう。

私は昔を思い出しながら、少しだけ懐かしい気持ちでそのルネアの町を目指し、歩を進めていった。

順調に進むこと2日。

ルネアの町に近づくにつれ、街道に商人の数が増えていく。

最終的には何台もの馬車の列に連なるようにしてルネアの町の門をくぐった。

「相変わらずにぎやかだなぁ」

と人でごった返す大通りを行く。

「にゃぁ」(なんとも雑多な町じゃのお)

とチェルシーも興味津々のようだ。

そんなチェルシーに、

「ははは。ここはこの国の商業の中心地だからな。各地から人が集まる。新鮮な物は難しいが、美味い飯屋もけっこうあるぞ」

と、この町のことを簡単に教えてやると、

「にゃ!」(飯が美味いのか!)

と興奮気味に叫んで、私の胸元から、キラキラとした目で私を見上げてきた。

「ああ、期待していろ」

と言いつつ、まずは武器屋に向かう。

(たしか…)

と少し前の記憶をたどりつつ、大通りから狭い路地へと入って行った。

路地を抜け、どうやら職人街らしき所に出る。

(そうそう。この辺だった)

と思いつつ昔の記憶を頼りに進んで行くと、1件のボロ屋を見つけた。

(あいかわらず、ボロいな)

と苦笑いしつつ、無遠慮にそのボロ屋の扉を開ける。

奥に向かって、

「おーい。まだしぶとく生きてやがるか?」

となんとも失礼な声を掛けると、

「あぁ?なんだ!?」

という声がして、しばらくするといかにも職人という感じのドワーフ男性が奥から肩を怒らせて出てきた。

「おい!なんだてめ…って…おい…」

とすごんでくるのを途中でやめて目を丸くして私の顔を覗き込んでくるドワーフの男性に、

「はっはっは。生きてたか。よかった、よかった」

と言いつつ右手を差し出す。

すると、そのドワーフの男性は、

「がっはっは。ジーク。てめぇこそよく生きてたな」

と言って私の右手を強く握り返してきた。

「いてて…。おいおい、相変わらずのバカ力だな」

と苦笑いで答える。

「へっ。お前さんがナヨナヨし過ぎなんだよ」

と笑顔で悪態を吐くそのドワーフの男性に、

「はっはっは。まぁ、いい。一式頼んでいいか?」

といきなり注文を出した。

「へっ。仕方ねぇから請けてやるよ。どれ、見せてみな」

と言って、そのドワーフの男性はさっそく私の体についている防具を見だす。

「おいおい。おっさんに体を観察される趣味はないんだ。外すからちょっと待っててくれ」

と言って、私は慌てて防具を外し、その辺にあった台の上に適当に置いていった。

「おう。あとは杖だったか?」

「ああ。それとナイフがあったら見せてくれ。今使ってるのはどうやら寿命が近いらしい」

「おうよ。とっておきを持ってきてやる」

と簡単に言葉を交わして、そのドワーフの男性は店の奥に入っていった。

待つことしばし。

「この辺りでどうだ?」

と言ってドワーフの男性がトレーに乗せて持ってきた何本かのナイフを見る。

どれも一級品だ。

「ほう…」

と思わずうなってしまう。

しかし、私の目はそのトレーの一番端っこに置かれていた包丁らしきものに引き付けられてしまった。

「こいつは?」

「はっはっは。さすがは賢者様だな。お目が高いってやつか?」

「ふっ。で、こいつは?」

「ああ。ちょいと遊びでな。刃はエント鋼と聖銀、柄はエルダートレントで作ってある。並みの剣なんか及びもつかないくらい良く切れるぜ」

と自慢げに言うそのドワーフの男性を見て、目を見開く。

「おいおい。なんだその、とんでもない逸品は?」

と聞くとドワーフの男性は、

「職人の遊び心ってやつだ」

と言って堂々と胸を張った。

「はっはっは。さすがは天下の名工ドワイト様だな。発想が並みじゃない」

「だろ?それだったら竜の皮だって千切りにできるぜ?」

「おいおい。鳥皮ポン酢ならぬ竜皮ポン酢でも食おうってのか?」

「お。そいつぁ乙だな」

「はっはっは。バカ言ってんじゃねぇよ」

「がっはっは。そうだな」

という会話でひとしきり盛り上がる。

そして、私は、

「ちょっといいか?」

と言って、荷物の中から適当に硬い干し肉を取り出した。

「試し切りをさせてくれ」

と言って、さっそくその包丁を手に取る。

「おいおい…。まぁ、いいさ。好きにしろ」

と呆れたような顔でいうドワイトに了承を得たところで、私は集中して、その包丁に魔力を纏わせてみた。

(…これは。なるほど、こいつを使うにはかなりの魔法の腕がいるってことか…)

と思いつつさっそく手に持った干し肉を軽く切ってみる。

すると、驚くほどすんなりと、それこそ、なんの抵抗もなく、干し肉が切れていった。

「お。なかなかいいじゃないか」

と言ってドワイトを見る。

「…おいおい」

とドワイトは驚きの表情を見せたが、すぐにひとつため息を吐くと、

「まぁ、賢者様なら使いこなせても不思議じゃねぇか…」

と半ば呆れたような表情を浮かべた。

「こいつにしよう」

「おう。毎度」

「で。整備はどのくらいかかる?」

「ああ、3日ってところだ」

「わかった。よろしく頼む」

「おうよ」

と包丁の購入を決め、武具の整備を頼む。

ドワイトはさっそく作業に取り掛かるらしく、私の防具をまとめて持ち上げた。

そこへふと思いついて、

「ああ、そうだ。包丁と言えばまな板だが、その包丁に耐えられるまな板なんて作れるか?」

と聞く。

すると、ドワイトはきょとんとした顔になって、

「ああ、そいつぁ盲点だった」

とひと言つぶやいた。

そのひと言を聞いて私は肩をすくめると、改めて、

「冒険に使うんだ。なるべく薄くて軽い方がいい」

と改めて注文を出す。

するとドワイトは、

「普通に台所で使うってんならエルダートレントで問題ねぇ。しかし、冒険用か…」

と言って顎に手を当てるとなにやら思案顔になった。

私も一緒になって顎に手を当て考える。

そして、ふと、思い付き、

「ミノタウロスの角なんてどうだ?あれなら軽いしいそこそこ丈夫だろう?」

と提案してみた。

「ん?まぁ、あれなら対刃性能が高いし、おそらく問題ねぇだろうが、その辺に転がってる素材じゃねぇぞ?」

とあきれ顔で言うドワイトに、私は、

「なに。これからダンジョンに向かうんだ。運が良く出会えたら肉のついでに取って来るさ」

と、さらっと告げた。

それを聞いたドワイトが、またきょとんとした顔をした後、

「がっはっは。さすがは賢者様だな。言う事が違げぇや。よし、きっちりミノタウロスの角を持ってきやがれ。そしたらまな板はおまけしてやるよ」

とおかしそうに笑う。

私もつられて、

「はっはっは」

と笑いながら右手を差し出し、ドワイトが握り返したところで話はまとまった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?