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第12話お嬢様もつらいよ04

宿の入り口で何やら騒がしい気配がして、伯爵家の迎えがやって来たことに気付く。

私は急いで2人の部屋に行き、

「慌てるな」

と声を掛けた。

2人とも真っ青な顔をしている。

そんな2人向かって、

「落ち着け、悪いようにはせん」

というと、2人は観念したように、その場でうなだれてしまった。

やがてドタバタと足音がして、部屋の扉が勢いよく開かれる。

「ザック、きさまというやつは!」

と言って、執事風の男がザックに殴りかかろうとした。

私はその執事の腕を取り、

「お初にお目にかかる。賢者ジークフリートだ。ザックの父上かな?」

と落ち着いた声で問いかける。

すると、その執事は、

「…申し遅れました。そこの出来損ないの父、エバンと申します」

と、いかにも苦々しいような表情でそう言った。

「私の顔に免じてこの場は抑えてくれ」

と言って、エバンと名乗った執事の腕を離す。

「かしこまりました」

と言ってエバンが頭を下げると、私は若い2人の方へ視線を送り、もう一度、

「安心しろ。悪いようにはせん」

と、安心させるような言葉を掛けた。

「エバン殿。何かの縁だ。私も同道しよう」

と言って、いったん部屋に戻る。

そして、簡単に荷物をまとめると、

「騒がせてすまんな」

と宿の人間に代金とは別に粒金貨を1枚握らせて、さっさと宿を出た。

まるで連行される囚人のような顔で若い2人が馬車に乗り込む。

私も、例の盗賊から無断で拝借した馬に乗ってその後を付いていった。

進むこと一日。

日暮が暮れる頃。

グランフォーゼ伯爵の屋敷に到着する。

私は、

(さてどう決着がつくのやら…。いや、もうついているか?)

と思いながら、その門をくぐった。

馬車が玄関先に止まる。

エバンが扉を開け、2人が出てくると、玄関の扉が勢いよく開き、ひとりの紳士が飛び出してきた。

「エミー!」

と叫んでいるからきっとこの人がグランフォーゼ伯爵なのだろう。

グランフォーゼ伯爵は勢いよくエメリアを抱きしめると、

泣きじゃくりながら、

「ばかものが…」

と小さくつぶやいた。

そのつぶやきに、エメリアが、

「…ごめんなさい…」

と泣きながらつぶやき返す。

私も馬を降り、

「で?」

とエバンさんに短く問いかけた。

「はい。よく言い聞かせてございます」

と答えるエバンさんの目にもなにやら涙が浮かんでいるように見える。

きっと、いろんなことを考えて感極まってしまったのだろう。

私はその涙を見て、

「ふっ。一件落着だな」

と、自分のおせっかいが一応決着をみたことを実感した。

ややあって、しょぼくれた様子のザックにも、

「ばかものが」

とグランフォーゼ伯爵が声を掛ける。

そして、

「…大変申し訳ございません」

と深々と頭を下げるザックの肩に、手を置くと、グランフォーゼ伯爵は、

「もう、よい」

と苦笑いでひと言だけそう言った。

グランフォーゼ伯爵がこちらを向く。

「大変失礼いたしました。賢者ジークフリート様。私がエメリアの父、ギルバート・グランフォーゼでございます。この度は娘のためにご尽力いただきありがとうございました」

と言って、最上級の礼を取るグランフォーゼ伯爵に私は、

「いや。たまたま通りすがっておせっかいを焼いたまでのこと。気にしないでいただきたい」

と言って、頭をあげてくれるよう頼んだ。

その時、私の胸元から、

「にゃぁ!」(いい加減に飯を食わせい!)

という声が上がる。

私はその声に苦笑いを浮かべると、グランフォーゼ伯爵に向かって、

「申し訳ないが、うちの猫が腹が減ったと言っているようだ。何か食い物を恵んでいただけませんかな?」

と冗談めかしてそう言った。

その言葉にグランフォーゼ伯爵は一瞬きょとんとしたあと、

「ははは。それは気が付きませんで。どうぞ、ささやかではございますが後ほど晩餐を用意させましょう」

と言って手近にいたメイドを呼び、

「賢者様とそのご愛猫をお部屋にご案内しておくれ」

と指示を出す。

私は、その言葉に、

「かたじけない」

と軽く礼を言い、グランフォーゼ伯爵邸の玄関をくぐらせてもらった。

なんとも豪華な建物の中をメイドの後について歩く。

そして、部屋へつくと、

「猫様のお食事はどのようなものをご用意いたしましょうか?」

と聞いてくるメイドに、

「あー。うちの猫はいわゆるラッキーキャットでな。人間と同じものを食う。私の分を少しずつ分けてやるから小皿の一つも用意してやってくれ」

と頼み、お茶を淹れてもらった。

「準備が整いましたらお声掛けに参ります」

と言って、メイドが下がると、

「んみゃあ!」(腹が減ったぞ!)

と、かなりご機嫌斜めなチェルシーにお茶請けのクッキーを与える。

私は、

「んにゃぁ…」(うーむ。肉が食いたい…)

と言いつつも、クッキーを美味しそうにはぐはぐするチェルシーを撫でてやりながら、

(確かに、いい加減腹が減ったよな…)

と思い、自分も一枚クッキーを口に入れた。

やがて、扉が軽く叩かれる。

「大変お待たせいたしました」

というメイドに案内されて食堂へ向かうと、そこにはドレスに着替えたエメリアと執事服に着替えたザックが立って私を迎えてくれた。

「賢者ジークフリート様。この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

と言って、頭を下げるエメリアとザックに、

「いや。めでたいことに立ち会えて光栄だ」

と冗談を返し、次にグランフォーゼ伯爵からも改めて挨拶を受けた。

一通り挨拶が終わり、

「ささやかですが、晩餐をご用意させていただきましたので、どうぞお楽しみください」

という伯爵の声掛けで席に着く。

するとまずは前菜と思しき料理と食前酒が運ばれてきた。

「賢者ジークフリート様に感謝と尊敬を込めて」

というグランフォーゼ伯爵の音頭で乾杯をする。

そして、料理を楽しみながら、今回の顛末を聞かせてもらった。

どうやらエメリアが思い詰めてしまった理由は、とある男爵家の当主を招いたことにあるらしい。

その男爵はまだ若く、最近妻を亡くし、子も無かったことから、エメリアはその男爵に後妻として嫁がされるのではないかと不安になってしまったとのこと。

しかし、そんな縁談は嫌だと言う勇気も無く、悩みに悩んだ結果、今回の駆け落ちに至ってしまったそうだ。

ちなみに、その男爵を招いた理由はザックをいったん養子に迎えてもらうための話し合いだったという。

伯爵は、とうに2人の仲を知っていたし、なんとか添い遂げさせてやりたいとさえ思っていた。

しかし、そのためにはいったんザックを貴族籍に入れるという手続きを踏まなくてはいけない。

そこで、その男爵に協力を要請したというのが、実際のところだったという訳だ。

その話をエメリアが恥ずかしそうにうつむきながら聞いている。

ザックも食堂の隅に控えながらもバツが悪そうだ。

私はそんな2人を微笑ましく眺めながら、

「にゃぁ!」(おい。そっちの肉をもっとよこせ!)

というチェルシーにせっせと肉を食わせてやった。

やがて食事が終わり、私とグランフォーゼ伯爵は酒席の用意があるというサロンのような部屋に移る。

エメリアとザックはこれから懇々とお説教をくらうのだそうだ。

私とグランフォーゼ伯爵は甘口のシェリー酒を飲みながら、軽い世間話を交わした。

「最近、勇者ケイン様にはお会いになられましたかな?」

「いえ。魔王討伐以来なので、もう10年は会っておりません」

「さようですか。では聖女様との結婚式にも?」

「ええ。祝いの品は送りましたがね」

「私は先日勇者様とお会いする機会がございましたが、みなさんと一緒に冒険をしていたころが懐かしいと言っておられましたよ」

「ああ、おそらく政治とやらが忙しくてついつい昔のことを思い出してしまったのでしょう。なに、あいつは真面目で根性のある男です。たまに弱音を吐くこともあるかもしれませんが、自分の役目はきっちりとこなして見せるでしょうよ」

「ええ。お若いが大変優秀な方です。王も頼りになさっておられます」

「ははは。やはり転生者というのはすごいですなぁ」

というなんとも社交辞令的な会話を交わして、夜が更けていく。

そんな中、私の腕の中でチェルシーが、

「にゃぁ」(おい。そのチョコレートをよこせ)

と、いつも通り、呑気に食い物を要求してきたので、私は苦笑いでチョコレートをひとつチェルシーに食べさせてやった。

翌朝。

朝食をいただくとすぐ出発を申し出る。

グランフォーゼ伯爵とエメリア、ザックとエバンさんの見送りを受けて私とチェルシーは無事いつもの旅路に戻った。

「にゃぁ」(次はどこに向かうんじゃ?)

というチェルシーに、

「さて。どこに向かおうか」

と答える。

「にゃぁ…」(まったく…。まぁ、なんでもよいが美味い飯は食わせてくれよ)

というチェルシーに、

「じゃぁ、次は魔物でも狩りにいくか」

といつものように笑顔で返した。

「にゃぁ!」(よいの!)

とチェルシーが喜びの声を上げる。

おそらく肉の取れる魔物でも期待しているんだろう。

私はそんなチェルシーに苦笑いを浮かべつつ、そっとその頭を撫でてやった。

秋の高い空にチェルシーの気持ちよさそうな声が溶けていく。

そんな長閑な空気の中、私たちの旅がまた始まった。

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