途中野営を挟んで翌朝。
(急げば今日中に森を抜けられるか…)
と考えながらやや急ぎ足で歩く。
そして、そろそろ人の作った細い道に出ようかというところでチェルシーが、
「にゃっ!」
と鋭く鳴いた。
ハッとして、辺りの様子を見る。
すると、遠くでなにやら物音が聞こえた。
(…盗賊か?…面倒だが放っておくわけにもいかんなぁ…)
と思いつつ、
「ありがとう。よく気づいてくれた」
とチェルシーを撫でてあげる。
「んみゃっ」(ふん。ほんの気まぐれじゃ)
とツンデレるチェルシーをなんとも微笑ましく思いながら、慎重に音のした方へと足を進めた。
気配を消しながら進む。
すると、林がぽっかりと開けた場所に打ち捨てられた作業小屋のようなものがあるのが目に入ってきた。
(…あれか)
と思いながら周囲を観察する。
馬が5頭のんびりと水を飲んでいるが、見張りはいなさそうだ。
(5、6人。多くて10人程度だろうな…。あとは全員中にいるかどうか…)
と考えつつ、しばらく様子を見ていると、中から酒盛りでもしているような声が聞こえてきた。
(呑気なもんだ)
と思いつつ、ため息を吐き、
「ちょっと行って来るわ…」
と言ってチェルシーと荷物を降ろす。
「にゃぁ」(早くしろよ)
と、どうでも良さそうに言うチェルシーを少し撫でてあげると、私はそのボロボロの小屋へと向かって行った。
(さて、どうしたものか)
と思ったが、おそらく小者だろうと踏んで小屋の正面に堂々と立つ。
そして、一度深呼吸をすると、
「出てこい!命だけは助けてやってもかまわんぞ!」
と大声で叫んだ。
ガタリと音がして小屋の中から殺気が漏れてくる。
私は一応杖を構えると、ヤツらの出方を窺った。
「バンッ」という音がしてボロボロの扉が開かれる。
(おいおい。ただでさえボロなんだ。そんな開け方したら壊れるぞ?)
と思いつつ、中から出て来て、
「なんだてめぇ!」
と、啖呵を切って来るならず者に、
「神妙にお縄につけ」
と、ちょっと前世の時代劇っぽい言葉を投げかけてやった。
「あぁん?」
と不用意にメンチを切りながら近寄ってくるバカのみぞおちにとりあえず杖を叩き込んだ。
「口が臭い」
と捨て台詞を残してもう一度、
「この程度で許してやるから出て来い!」
と声を掛ける。
すると、
「やっちまえ!」
という掛け声とともに、男が4人ほど飛び出してきた。
粗末な剣を振り回す賊を適当に無力化していく。
当たり前だが殺さない。
こんな連中を殺したところで後味が悪いだけだ。
そう思ってため息を吐きながら、一瞬で片付けた。
ボロ小屋の中に足を踏み入れる。
すると、
「近づくんじゃねぇ!それ以上近づくと、こいつの命がねぇぞ!」
と、首魁らしき男が、猿ぐつわをされたどこぞのご令嬢風の女性に剣を突き付けながらそう叫んだ。
「はぁ…」
とため息を吐き、その汚い男の顔面に属性も何もない魔力を叩き込む。
「ぐふっ!」
というような声を上げて、一瞬で掃除が終わった。
とりあえず、その令嬢に近寄って、
「安心しろ」
と声を掛ける。
良く見れば令嬢の隣に男か一人転がっていた。
どうやら殴られたかどうかしたらしい。
気絶している。
私はとりあえず、令嬢の猿ぐつわを外してやった。
「あ、あの。ザックを!ザックを助けてください!」
と泣きながら言う令嬢に、
「あー。わかったから落ち着け」
と言って順番に縄を切ってやる。
「ああ、ザック!ザックしっかりして!」
と言って、その気絶している男に泣きつく令嬢をよそに私は作業小屋にあった、おそらく盗賊が使っていただろう縄を拝借して盗賊たちを縛りあげた。
作業を終え小屋に戻ると令嬢なまだ泣きながら、男を抱きしめている。
そして、
「安心しろ。気絶しているだけだ。ケガを見てやるからちょっとどいててくれ」
と声を掛け、適当に男のケガの具合を見てやった。
殴られた所があざになっている以外に大きなけがは見当たらない。
そのことにほっとして、
「とりあえず応急処置の道具を取って来るから、ちょっと待ってろ」
と、まだ泣いている令嬢に向かってそう言い、いったん荷物を取りにいく。
「にゃぁ…」(終わったか…)
というチェルシーに、
「ああ。だがけが人がいる。治療してやらんといかんから、もうしばらくかかりそうだ」
と言うと、荷物を背負い、チェルシーを抱っこ紐に入れてやって、また小屋へと戻っていった。
「とりあえず、治療するから、ちょっとどいててくれ」
と、まだその男に縋りついている令嬢をいったんどかす。
「あ、あの…」
と何やら口走った令嬢に、
「心配無い。まかせておけ」
とだけ言うと、適当に応急処置を始めた。
ちょっとした擦り傷やら切り傷に薬を縫って包帯を巻く。
靴を脱がせて見ると、どうやら足を捻っているようだ。
ひどく腫れていた。
(ああ、なるほど。これで不覚を取ったのか…)
と思いつつ、その辺にあった薪を添え木代わりにして包帯で固定してやる。
おそらくこのケガではしばらくの間満足に動けまい。
私がそう思っていると、男が、
「う、うーん…」
と苦しそうな声を上げてようやく目を覚ました。
「ザック!」
と令嬢が私を押しのけて男に抱き着く。
「お、お嬢様…」
と、男が弱々しい声でそう言った。
「ああ、ザック…」
と言って泣きじゃくる令嬢とその男が抱き合うのをしばらく眺めていたが、いい加減しびれをきらして、
「あー。ちょっといいか?」
と声を掛ける。
すると、男と令嬢がハッとしたような表情になった。
無理に起き上がろうとして、
「…っ!」
と顔をしかめる男を令嬢が支え、なんとか起き上がらせる。
「あ、あの…。この度はお助けいただき、ありがとう存じます」
と令嬢の方がお礼の言葉を述べ、頭を下げてきた。
男も、痛むだろう体で頭を下げてくる。
「通りすがりだ、気にするな」
と、また時代劇のようなセリフを吐き、男の方に、
「馬には乗れそうか?」
と声を掛けた。
「…なんとか」
と言う男にうなずき、令嬢にも、
「馬には乗れるか?」
と声を掛ける。
私は令嬢が、しっかりとした表情で、
「はい」
と答えたのに私はまたうなずいて、
「とりあえず水でも飲んでゆっくりしててくれ。ちょっと盗賊連中を一か所にまとめてくる」
と言うと、2人を小屋に残し、のびている盗賊を引きずって小屋の外へと出て行った。
(面倒だな)
と思いつつ、割と太い木に盗賊をまとめて縛りつける。
(なるべく早く衛兵が来るといいな…)
と一応、無事を祈ってやりながら小屋に戻った。
小屋に戻ると、男が立ち上がっている。
まだどこか痛むようだが、どうやらなんとかなりそうだ。
その様子にほっとしつつ、
「事情は知らんが、とりあえず近くの宿場町まで連れていってやろう」
と言って、2人に出発するよう促がした。
2人は元々乗って来たという馬に乗る。
私は盗賊どもが使っていた馬を勝手に拝借した。
ケガをしている男の様子に気を付けながらゆっくりと進む。
それでもやはり歩きと馬とではずいぶんと違うもので、私たちは、夜にはなってしまったが、その日のうちに宿場町へと入る事ができた。
門のところで盗賊のことを衛兵に伝え、町に入る。
その後、なんとか空いている宿を探し部屋に入った。
私は隣の部屋に入った2人に、
「とりあえずゆっくりしていてくれ。なにか食う物を持って来てもらおう」
というと、さっそく宿の人間に少し金を握らせて2人飯を用意してくれるよう頼む。
私も部屋に入り、ベッドにどっかりと腰を下ろしたが、
「にゃぁ…」(おい、腹が減ったぞ…)
と不機嫌なチェルシーにせかされて、すぐさま宿を出た。
大通りから少し入ったところにあった居酒屋に入る。
「猫がいるがかまわんか?」
といつものように声を掛けて、快く迎え入れられたので、2人掛けの小さな席を選んで座った。
適当に入った割には意外とちゃんとした店のようだ。
こじんまりとしているが、店の中は綺麗で掃除が行き届いている。
「とりあえず、ビールをくれ。あと、腹が減っているんだ。何か飯になるようなものはないか?」
と聞くと、
「そうですね。コロッケとかハムカツなんてどうです?サラダも付いてますよ」
と言うので、とりあえずコロッケとハムカツを盛り合わせにしてくれと頼んでビールを待った。
やがてやってきたビールをひと口飲む。
「…はぁ」
と思わずため息を漏らしてしまった。
「にゃぁ」(あの2人、どうするんじゃ?)
というチェルシーに、
「…さて、どうしたもんか」
と言ってまたため息を吐く。
「にぃ」(放っておけ…と言いたいところじゃが、お主にはできまいのう)
とチェルシーに痛い所を突かれて、
(まったく、損な性分だ…)
と下町育ちでおせっかいな自分の性格を思ってやや自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
「まぁ、とりあえずなんとかするさ」
と言ってまたビールをひと口飲む。
「んにゃぁ…」(やれやれ…)
と言って器用にため息を吐くチェルシーにまた苦笑いを浮かべて、即席ミックスカツがやって来るのを待った。