「にゃぁ」(ところでどこに向かっておるんじゃ?)
と聞くチェルシーに、
「さぁ。どこに向かってるんだろうな…」
と呑気に答える。
「にゃぁ…」(風来坊よのぉ…)
と言うチェルシーに、
「まぁ、とりあえず次の宿場町で適当に依頼でも見てみるか。それによって行先を決めよう」
と言って地図を見た。
どうやら、今日中には次の宿場町までつけそうだ。
(まぁ、どんな依頼があるかわからんが、たいていなんとかなるだろう。うん。気楽にいこう)
と、軽く考えてみる。
そして、私とチェルシーは、そんな軽い気持ちで秋の澄み渡った空の下、呑気に街道を進んでいった。
夕方前。
目的の宿場町に入る。
「とりあえず宿を取って風呂だな」
「にゃぁ」(腹が減ったぞい)
「うーん。とりあえずさっぱりしたい。ちょっと待っててくれんか?」
「にゃぁ…」(仕方ないのう…。急げよ?)
と、そんな催促を受けた私は急いで宿を探し、手早く風呂を済ませた。
「すまん。待たせたな。何が食いたい?」
「にゃぁ」(今日はこってりがっつりの気分じゃの)
「そうか。じゃぁ揚げ物なんてどうだ?」
「にゃ!」(良いの!)
と目を輝かせるチェルシーを苦笑いで見つめながら、
「じゃぁ、それっぽい店を探すか」
「にゃっ!」(行くぞ!)
と言って宿を出る。
宿場町の雑踏を歩きながら、辺りの店を物色してみた。
やがて、大通りを抜け町の住人が良く使っていそうな細い路地に入る。
「お。何軒か飯屋が並んでるな。えっと…」
と、その何軒か並んでいる店の看板を見てみると、「トンカツ」という文字が目に入った。
「お。トンカツなんてどうだ?」
「にゃっ!」(よいな!)
というチェルシーのひと言で今日の夕食が決まる。
私たちは迷わずその店の扉を開け、
「猫がいるがかまわんか?」
といつものように声を掛けると、了承を得てさっそく席に着いた。
「…はぐはぐ」(…ぬぉ。こいつは美味い。肉もさることながらソースの甘味と酸味の具合が絶妙じゃ)
「ああ。揚げ方も良いな。きちんと外はカリカリ中はしっとりの両立が図られている。素晴らしい腕前だ」
とまるで批評家のようなことを言いながら、夢中で食べる。
「にゃぁ」(おい。こっちにも米を分けろ)
「ん?おお、すまん、すまん」
「にゃぁ」(うん。やっぱりトンカツには米じゃ)
「はっはっは。キャベツも食えよ。胃がもたれるぞ」
「にゃぁ」(ふん。魔王の胃袋を舐めるな。…まぁ、キャベツは美味いから食うがの)
と、会話を交わしながら楽しく食べ、大満足で店を出た。
「にゃぁ…」(ふぅ…。食った食った)
「はっはっは。トンカツは米が進むからな」
「にゃぁ」(ああ。まさしく魔性の食い物ぞ)
「ああ。世のご婦人方の敵だな」
と呑気に会話をしながら、宿に戻る。
宿に着き部屋に入ると、適当に淹れたお茶を飲みながら、
「さて。明日はギルドで簡単な依頼でも見てみよう」
「にゃ?」(草むしりか?)
「ん?まぁたぶんな」
「みゃう…」(あんな不味いものの何がそんなにいいじゃ…)
「ははは。魔王と違って人間は病気になるからな」
「にゃっ」(ふっ。軟弱者めが)
という会話をして、ざっくりと明日の予定を決めた。
翌日。
朝からさっそくギルドに向かう。
朝の時間のギルドはわりと混雑していたが、掲示板の中からそれなりに経験が無いと達成できなさそうな薬草採取の依頼を見つけると、その依頼票を適当にちぎって受付に持って行った。
「あら。これ、リエラ草の依頼、受けてくださるんですね。ありがとうございます」
という受付のおばちゃんに、
「ん?急ぎだったのか?」
と聞くと、
「うーん。急ぎってわけじゃないんですけどね。そろそろ風邪の時期が近いのに在庫が心もとないと思ってたところなんですよ」
と、困ったような顔でそう言う。
それを聞いた私は、
「そうか。じゃぁできるだけ多く取って来よう」
と言って、さらに礼をいってくるおばちゃんに後ろ手に手を振りながら、さっさとギルドを後にした。
「さて。のんびり行くか」
と、独り言なのかチェルシーに声を掛けたのかわからないようなひと言をつぶやいて町を出る。
私は街道から脇の田舎道に入ると、森がある方へと進んで行った。
「ふぅ。意外と遠かったな」
と言いつつ、森の中を少し進んだところで野営の準備に取り掛かる。
この辺りはまだ近隣の農家や初心者冒険者がよく出入りをする所なのだろう。
道もあり、割と歩きやすかった。
「まぁ、本格的な探索は明日からだ。…といっても、この手の薬草が生えている場所はなんとなくわかるから明日1日あれば大丈夫だと思うがな」
と何となくの目算を伝えつつ、チェルシー所望の鶏の炊き込みご飯を作る。
どうやら、今日も米が食いたい気分らしい。
私は野菜と肉を切り、米を炊いて醤油の香ばしい香りが辺りに漂って来るのを火の側でのんびりと待った。
やがて、良い香りがしてきて、チェルシー待望の炊き込みご飯が完成する。
それを2人ではふはふ言いながら食べ、その日は何事も無く終わっていった。
翌日から本格的な森歩きが始まる。
とはいえ、ダンジョンの中ほど厳しくはない。
私はそれこそ本当にピクニックのような気持ちでさくさくと森の中を歩いていった。
(たまにはこういう冒険もいいな。いい気分転換になるし、なんだか初心を思い出す…)
などと思いながらも地形と何となくの勘を頼りに薬草を探す。
(リエラ草はやや陽当たりのいい林の中で群生してるが、目印はオロック草だったな)
と、基本的な知識を思い出しながら、歩いていると、小さく目立たない白い花がちらほらと咲いているのが目に入ってきた。
(お。あったなオロック草。…これも一応喉の薬になるが…。うん。風邪が流行る季節ならあって困る物でもあるまい)
と思って、丁寧に摘み取っていく。
やがて、オロック草がいい感じに袋いっぱいになってきた頃、目的のリエラ草の群生地に出くわした。
(ほう。十分だな。採り過ぎない程度にできるだけ取っていくか)
と思い、腰を据えて採取にかかる。
昼を挟んで、まるで草むしりのような作業を続けること数時間。
やっと、麻袋2つ分ほどのリエリ草を採取し終えた。
(採り過ぎたか?)
と思ったが、周りにはまだまだたくさんのリエリ草が生えている。
(うん。これくらいなら、来年も生えてきてくれるだろうな)
と満足して、群生地の脇の倒木の上でのんびりと丸まっているチェルシーのもとへ戻った。
「すまん。待たせたな」
という私に、
「にゃぁ…」(ああ、とっとと飯にしてくれ…)
とあくびをしながら、答えるチェルシーを見て、
「へいへい」
と苦笑いを浮かべつつ、さっさと飯の支度に取り掛かる。
夕食はなんにしようか迷ったが、ベーコンの上にとろける系のチーズを乗せ、炙って出してやった。
「にゃぁ」(うむ。ありきたりじゃが美味いのお)
と言って、ガツガツ食べるチェルシーの横で私もそれをパンに挟んで食う。
意外にも明るい月灯りの下、私たちの夜は平穏に更けていった。
翌朝。
帰路に就く。
他に役に立ちそうなものは無いかと思って少し回り道をして帰ることにした。
「んにぃ…」(なんじゃ、まっすぐ帰らんのか…)
と少しごねるチェルシーに、
「風邪が流行る時期ならキッカの実辺りが無いかと思ってな。あれは熱冷ましにいい」
と言って、それらしい場所を目指す。
地図を見ると、陽当たりの良さそうな丘があるから、この辺の植生からしておそらくあるだろうと踏んでいた。
「にぃ…」(人間というのは大変じゃのう…)
と、呑気にあくびをしながらいうチェルシーに、
「ああ、意外と面倒くさい生き物なんだよ」
と苦笑いで返し、森の中を進んで行く。
やがて、数時間ほど歩いた頃。
その群生地に辿り着いた。
さっそく拾い集める。
薬に使うのは種の部分。
落ちた実から適当に種を抜き取って袋に放り込んでいった。
やがて、袋いっぱいに種が集まり、
「さて、帰るか」
とチェルシーに声を掛け、荷物をまとめる。
「…んみゃぁ…」(…まったく、やっと終わったか…)
と退屈そうに言うチェルシーを撫でてやって、私はさっそく帰路に就いた。