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第8話実家03

少し豪華な馬車に乗せられ、王宮に向かう。

憂鬱とうい言葉以外何も浮かんでこなかった。

やがて、馬車が王宮の豪華な門をくぐる。

またしばらく進みようやく王宮の正面玄関に着いた。

(え?通用口じゃなくて、正面から入るのか?)

とその待遇に驚きつつ、執事の案内を受けてやたらと広い玄関に続く階段を上がる。

私が玄関に近づくと、扉の側に控えていた衛兵がその大きな扉を開けてくれた。

「ようこそおいでくださいました。賢者ジークフリート様」

という使用人一同の礼で迎えられる。

私は、

(こういうのが嫌なんだよ…)

と思いながら、ずらりと立ち並び頭を下げる使用人たちの真ん中を通りながらため息を吐いた。

やがて、控室のようなところに案内され、着替えさせられる。

手伝うと言ってくれたメイドには丁重にお断りを申し上げた。

着替えが終わりしばし待たされる。

(えらく上等な紅茶なんだろうな…)

と、なんだか良い香りのする紅茶を飲みつつ、ぼんやりしていると、部屋の扉が軽く叩かれ、

「準備が整いました」

と言って執事が迎えにやってきた。

「はぁ…」

とため息を吐いて立ち上がる。

そして、この世の中のすべての退屈と欺瞞が詰まった晩餐会の会場へと嫌々足を向けた。

「賢者ジークフリート様、ご入場なさいます」

という掛け声がかけられ、仰々しく扉が開く。

すると、周りから一斉に拍手が巻き起こり、その中を王の前まで歩かされた。

なんとなくそれっぽい礼を取り、

「本日はお招きいただきありがとうございます」

と心にも無いことを言う。

すると王から、

「うむ。まずは先の魔王討伐ご苦労であった。…ずいぶんと長い事雲隠れしていたようだが、ゆっくりと休めたか?」

と嫌味を言われてしまった。

仕方がないので、

「いえ。あと100年は休ませていただきたいところです」

と正直な気持ちを伝える。

またあの時と同じように王の横にいる偉そうなおっさんが眉をしかめた。

しかし王は、

「はっはっは。勇者殿から聞いていた通りだな」

と鷹揚に笑う。

(…どうやらその辺りはケインが上手くやってくれたみたいだな)

と安心しつつ、次の発言を待っていると、

「念のために聞いておくが、そろそろ国に仕えんか?」

と王が苦笑いでとんでもないことを言ってきた。

「いやです」

と正直に答える。

会場がざわついた。

(あ…)

と自分の正直さを一瞬だけ呪う。

しかし、それを聞いた王は、

「はっはっは。言いよるわい」

と言ってまた鷹揚に笑った。

私も、よくわからないが、

「はっはっは」

と王に合わせるように笑って、無事謁見らしきものは終わった。

その後、王が乾杯の音頭を取って晩餐会が始まる。

あの王との会話があったからだろうか、みんな恐々といった様子でこちらをちらちら見てくるが誰も話しかけてこない。

私はその状況をいいことにさっさとその会場を後にした。

「お、お待ちください」

と慌てて執事が追いかけてくるが、

「いや、私がいてもいなくても一緒だろ」

と言って、その制止をかわす。

「いや、しかし…」

と執事は食らいついてくるが、私は、

「あー。すまんが、王に伝えておいてくれ。できれば今後二度と関わらないでくれ、とな」

と言って、やんわりその執事を遠ざけた。

控室に戻り、さっさと着替えて、部屋を出ようとしたが、ふと部屋の鏡台の所に便箋が置いてあるのが目に留まり、

「あー。これもらってもいいか?」

と聞いてから一筆したためる。

宛先は勇者ケイン。

内容は、

「すまん。やっちまった」

という書き出しに始まり、簡単な状況説明をした後、

「よろしく頼む」

で締めくくった。

(すまんな…)

と思いつつ、

「重要なものだ。確実に届けてくれ」

と言って、執事にその手紙を託す。

執事は、

「かしこまりました」

と言って引き受けてくれた。

来た時とは違い、今度は通用口をくぐる。

また馬車に乗り、貴族街を抜けたところで馬車を止めてもらった。

「ご実家までまだ少しありますが、よろしいのですか?」

と心配そうに聞いてくれる執事に、

「ああ、ちょっと一杯ひっかけてから帰りたくてな。…あと、今日はいろいろとすまんかった。ありがとう」

と言って、軽く今日の礼と詫びを伝える。

「とんでもないことでございます」

と言って、帰って行く馬車を見送り私は慣れ親しんだ下町の繁華街へと足を向けた。

適当ににぎわっている酒場に入り、

「すまん、とりあえずビールをくれ」

と言って、カウンターの席に座る。

「はーい!」

という元気な声が聞こえて、しばらくすると、ビールがやって来た。

「お待ちどうさまです。お食事は何になさいます?」

と聞いてくる若い女性の給仕係に、

「あー。腹が減ってるんだが、なにか腹にたまるものはないか?」

と聞く。

すると給仕係の女性が、少し考えて、

「じゃぁ、ピザなんてどうです?おススメは厚切りベーコンとアスパラのピザですよ」

と言うので、さっそくそれと口直し用にピクルスを頼んで一気にビールをあおった。

冷たさと炭酸の刺激が喉を通り、胃へ落ちていく。

(ああ、五臓六腑に沁み渡るってのはこのことだよ…)

と思いながら、

「ぷはぁ…」

と息を漏らした。

その後やってきたピザのチーズをびよーんと伸ばしながらおもいっきり頬張ってビールで流し込み、

(そうそう。こういうのが人間の幸せってやつだよ…)

と思いながら、至福の時間を過ごす。

やがて、何杯のビールを飲んだだろうか、良い感じにふわふわとしてきた所で、その店を出た。

実家に戻り、裏口をそっとくぐってリビングに入る。

すると、

「おかえりなさい。遅いから心配してたのよ」

と言って、寝間着姿のセレナが出迎えてくれた。

ソファの上にはチェルシーもいる。

「すまん。飲み直してきた」

と少しの嘘をついて、チェルシーの横にどっかりと座った。

「にゃぁ…」(酒臭いぞ…)

というチェルシーに小声で、

「すまん」

と謝って、さっそくセレナが気を利かせて持ってきてくれた水を飲む。

「ありがとう」

と礼を言うと、セレナが、

「どうせなにか失敗したんでしょ?」

と困ったような顔でそう言ってきた。

「ははは…。セレナにはかなわんな…」

と言いつつ、さっきの出来事をぽつぽつと語った。

「まったくもう…」

と言いつつ、セレナが笑っている。

「すまんな。一応、家族には迷惑を掛けないように手は打っておいたから心配しないでくれ」

と言うと、セレナは、

「そんなこと気にしないで」

と微笑みながら言ってくれた。

もう一度、

「すまんな」

と謝る。

「ううん。いいの。ジーク兄さんには自由がよく似合うって、みんなわかってるから」

と言ってくれるセレナの言葉に思わず泣きそうになってしまった。

「すまんな」

ともう一度、今度は少し苦笑いを浮かべながら謝る。

すると、

「うふふ。ジーク兄さんって面白い人よね」

と言って、本当におかしそうにセレナが笑った。

「どういうことだ?」

と聞くとセレナはまだおかしそうに、

「だって、そうでしょう?昔っからあんなに優秀だったくせに、肝心なところで常識が無いっていうか、常識なんてものを軽く飛び越えてくるんですもの」

と言ってくすくすと笑う。

そんな意見に、私が、

「おいおい。それじゃぁまるで私が変人みたいじゃないか」

と笑いながら突っ込むと、

「あら。違ったの?」

と返されてしまった。

「にゃぁ…」(我もこの10年でそれは何となくわかったわい…)

とチェルシーもセレナに同調して器用にため息を吐く。

そう言われると私も笑うしかなかった。

「はっはっは。そうだな。そう言われてみれば私は変わり者かもしれん」

と言ってセレナと一緒になって笑う。

「まぁ、ジーク兄さんったら」

と言って、またセレナがおかしそうに笑った。

「ふみゃぁ…」(なんとものんびりした家族よのお…)

とチェルシーが呆れたようなおかしそうな声でそう言うと、その場になんとも言えない長閑な空気が流れる。

(やっぱり家族ってのはいいもんだ…)

私はそんなことを思いながら、その日はゆったりとした気持ちで床に就いた。

翌朝。

「元気でな」

「ケガなんてしないでね」

「あと、お腹もこわさないで。夜はちゃんとお布団かけて寝るのよ」

「また帰ってこい」

「ええ。いつでも帰ってきてね」

「「おじちゃん。ばいばーい」」

という声に、

「ああ。また帰ってくるさ」

と声を掛けて実家を出る。

私は後ろ手に手を振りながら、慣れ親しんだ道を歩き、馬車の乗り場へと向かった。

やがて乗り込んだ馬車が動き出し、懐かしい景色が段々と遠ざかっていく。

「にゃぁ」(また酢豚を食いにくるぞ)

「ああ。あれは絶品だからな。食い逃したのは痛い」

「にゃぁ」(ふっふっふ。残った餡をチャーハンの掛けて食べるというのがなんとも背徳的でよかったのう…)

「お。あれをやったのか。くっ。羨ましいな」

「にゃぁ」(はっはっは。なんだか知らんが勝ち誇ったような気分だな)

「く。なんだか知らんが負けたような気分だ」

と呑気な会話を交わしながら、私はその過行く景色を見つめ、そっと目を細めた。

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