家に戻ると台所へ向かう。
「すまん。遅くなった」
と言って、母さんに肉を渡すと、
「あら。奮発したのね」
と言って微笑まれた。
「まぁな。心配かけた詫びみたいなもんだ。ああ、あとメンチカツもつけてもらったから今度礼でも言っといてくれ」
と言ってリビングに向かう。
するとそこではチェルシーが2人の子供に触られて、
「んみゃ!」(これ、もっと優しくせんか!)
と叫び声を上げていた。
「はっはっは」
と笑いながら、チェルシーを子供たちの可愛らしい魔の手から救い出す。
「「あ。猫ちゃん!」」
と声をそろえて抗議してくる幼児に、
「もうちょっと優しくしてやってくれ」
と笑顔で答えつつ、
(ああ。この子達が姪っ子か…)
と感慨深く思いながらその頭を軽く撫でてやった。
「おじちゃんだぁれ?」
と右側の子が聞いてくる。
「ん?おじちゃんは2人のお父さんの弟って言ってもわかりにくいな。2人の叔父さんだ」
と答えたが、2人はよくわからないようで、きょとんという顔になった。
そこへ兄嫁のミリアさんがやって来て、
「イザベル、イライザ、ご挨拶なさい。ジーク叔父様よ」
と言って、まだ、「?」という顔をしているイザベルとイライザという2人の姪っ子に挨拶を促がした。
「はっはっは。突然でびっくりしただろう。おじさんはジークだ。よろしくな」
と言って、また2人の頭を撫でてやる。
すると、2人はおっかなびっくりながらも嬉しそうな顔をして、
「イザベル!」
「イライザ!」
と自己紹介してくれた。
「そうか、そうか。元気に挨拶できて偉いな」
と言いながら微笑んで見せる。
すると、イザベルが、
「猫ちゃん!」
と言って、チェルシーを要求してきた。
「ふみゃぁ!」(幼子はいやじゃ!)
というチェルシーを抱きかかえて、2人の側に近づけてやる。
そして、
「いいか、2人とも。猫は2人よりずっと小さいだろ?だからお姉さんになった気分で優しく撫でてあげてごらん」
と言い聞かせてみた。
「「うん」」
と2人はうなずいて、先ほどまでとは打って変わって慎重にチェルシーに触る。
すると、チェルシーが、
「にゃぁ」(うむ。そのくらいなら問題無いぞ)
と偉そうなのか気持ちよさそうなのかよくわからない表情でそう言った。
「お。良い感じだな。そうそう。そのくらい優しくしてあげるんだ」
と言いつつ、私は2人の頭を撫でる。
すると、2人とも嬉しそうな顔をして、
「猫ちゃん気持ちいい?」
「やさしくしてあげる」
と言ってまたチェルシーを優しく撫で始めた。
「可愛い盛りだな」
と側にいたミリアさんに声を掛ける。
「ええ。でも、毎日元気で大変」
と苦笑いで答えるミリアさんに、
(うーん。子育てというのは楽しいばっかりじゃないんだな…)
と思いつつ、
「そろそろ学校に行き始めるくらいか?」
と聞いてみた。
そんな質問にミリアさんは、
「どうでしょう。うちの子達は少し成長が遅いみたいだから、もう2、3年はかかるみたいね」
とエルフならではの年齢と成長速度が一致しないという不思議な現象を思いつつ、困ったような微笑ましいような表情を浮かべてそう言う。
「なるほど。私も成長が遅い方だったからな。その分両親には苦労をかけたんだな…」
と自分のことを振り返りそんな感想を持った。
「まぁ、元気に育ってくれてればそれでいいんだけどね」
と言うミリアさんの顔はいかにも母親らしい優しいもので、なんとも慈愛に満ちている。
私はそんな表情を見て、
(そうか。私もこういう表情を向けられて育ったんだな…)
と妙な感慨にふけった。
そこへ、
「できましたよ」
という母さんの声がかかる。
私は、
「さぁ、今日はすき焼きだぞ」
とイザベルとイライザに声を掛け、
「「やった!」」
「にゃぁ!」(やった!)
と一斉に声を上げた3人を連れて食堂に向かった。
狭い食卓に肉と野菜がてんこ盛りに盛られた大皿が置いてある。
みんなが少し狭苦しい感じで席に着くと、母さんが、
「じゃぁ焼くわね」
と言って、我が家に何か良いことがあった時の恒例行事、すき焼き大会が始まった。
卵をくぐらせた肉をひと口食べ、
(お。肉屋のおっちゃん本当に一番いい肉をくれたらしいな)
とその味に舌鼓を打つ。
私の横でチェルシーも、
「んみゃぁ」(うん。これは美味いな)
と言いながらガジガジと肉に食らいついていた。
「そういえばジーク兄さん。今回はゆっくりしていけるの?」
と聞いてくるセレナに、
「いや、決めてないが、あんまりゆっくりはしない方がいいだろうな」
と答える。
横から、
「あら、どうして?」
と母さんが聞いてきて、少し寂しそうな顔をしたのに、
「いや、あんまり長居してるとそのうち王宮に呼び出されたりしそうだからな…。まぁ、2、3日なら大丈夫だろうから、ほんのちょっとゆっくりさせてもらうよ」
と苦笑いで答えた。
「あら。忙しないのねぇ」
とまた母さんが寂しそうな顔で言う。
そこへ父さんが、
「仕方ないさ。こいつの風来坊ぶりはいくつになってもかわらんじゃろう。こうしてたまに顔を見せてくれるだけでも親孝行ってものさ」
と母さんを慰めるようにそう言った。
「ははは。相変わらずだな」
と兄さんが笑う。
私はそんなみんなに、
「ははは。すまんな」
と言って軽く謝った。
「気にせんでいい。自由に生きなさい」
と鷹揚に言ってくれる父のおおらかさに感謝しつつ、またすき焼きを頬張る。
すると、隣から、
「にゃぁ!」(おかわりじゃ!)
とチェルシーの元気な声がした。
「はっはっは。そうか、美味いか」
と、いかにも猫を普通に可愛がっているような感じで答えて、肉を取ってやる。
その日のすき焼き大会はそのまま盛り上がり、〆のうどんまで楽しく続いた。
翌日は、簡単な魔道具の修繕を手伝う。
「お前が作ってくれたいろんな魔道具のおかげでうちの経営もずいぶんと楽になったよ」
と言ってくれる父に、
「なに。たいしたことじゃないさ。それに店の経営が順調なのは父さんと兄さんが頑張ってるからだろう?」
と答えて、これまでの話なんかをぽつぽつしながら、その日はのんびりとした一日を過ごした。
その翌日。
(明日には発つか…)
と思いながら、居間でぼんやり学生時代に読んでいた本を懐かしく読み返す。
すると、店の方から、
「ジーク兄さん、お客さんよ」
というセレナの声がして、私の中に嫌な予感がこれでもかというほど渦巻いた。
「いないと言ってくれ」
と一応言ってみるが、
「無茶言わないでよ」
と呆れたような声が返ってきたので、仕方なく店の方へ出て行く。
すると、そこには予想通り、騎士らしき人物いて、
「賢者ジークフリート様。今夜の晩餐会へご出席ください」
と言い、堅苦しい敬礼をしてきた。
「断れないか?」
と一応聞いてみる。
しかし、案の定その騎士は、
「私も命令ですので…」
と困ったような表情を浮かべた。「あー。礼服とかそういうのが無いんだが…」
とこちらも困ったような顔でそう言うと、その騎士は、
「ご心配には及びません。王宮にて用意されるとのことです」
と言ってくれた。
(なんとも準備のいいことで…)
と思いつつため息を吐いて、
「わかった。伺おう。支度するからちょっと待っててくれ」
と言って、いったん奥に下がる。
「ごめんなさい。ジーク兄さん。私断れなくって…」
と言って来るセレナに、
「いや。それは仕方ないさ。気にしないでくれ。ああ、それよりもチェルシーを頼む」
と慰め、留守中のチェルシーの世話を頼んだ。
「ええ。それは大丈夫だけど…」
というセレナの足元にはチェルシーがいる。
私はチェルシーを抱き上げて、
「あー。なんていうか、偉い人達とつまらない食事をする会に残念ながら呼ばれてしまったんだ。今日は大人しく留守番していてくれ」
と直接お願いした。
「にゃぁ」(そういう所で美味い物はでるのか?)
と聞いてくるチェルシーにセレナの前でなんと答えたものかと思いながら、とりあえず、セレナの方に、
「今日の晩飯はなんだ?」
と聞く。
「え?ああ、今日は酢豚とチャーハンの予定だけど…」
と唐突な質問に、きょとんとして答えるセレナにうなずき、今度はチェルシーに向かって、
「良かったな。今日はチェルシーの好きなケチャップたっぷりの酢豚だぞ。晩餐会の料理ってのは見た目は豪華だが、冷えてて不味いから羨ましい限りだ」
と言って暗に、晩さん会の飯よりうちで食う方が何倍も美味いと教えてやった。
「にゃぁ…」(なんじゃ、つまらんのう…)
とチェルシーがげんなりとした顔をする。
私は、
「ははは。この埋め合わせはそのうちするからな」
と言ってチェルシーを撫でてやると、簡単に支度を整えて、さっそく待っている騎士のもとへと向かった。