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第5話ダンジョン03

翌日も森の中を順調に進んで行く。

(さて、いくらなんでももう少し狩りたいところだな。オークの群れでも出て来てくれればいいが…)

と思ってさくさくと歩を進めていると、

「にゃぁ」(お待ちかねのオークじゃぞい)

とチェルシーがつまらなさそうにそう言った。

「お。いいな」

と言いつつ、チェルシーが指し示した方へ歩いていく。

オークは実態を持たない魔物の中では割と上位の方に入る。

4、5匹も倒せば当面の路銀には困らなくなるはずだ。

そう思って私は若干ウキウキとした気持ちでオークの痕跡を探して歩いた。

やがて痕跡を見つける。

(お。意外と数が多そうだ)

と、ひとりほくそ笑みつつその痕跡を辿っていく。

すると、ややあって10匹くらいのオークがなにやら貪り食っているのを発見した。

餌は野生の獣だろうか。

(ほんと、よく食うよなぁ)

とあきれ顔でその光景を見る。

しかし、

(おっと。さっさとやってしまわねば)

と思って、私はさっそく行動を開始した。

素早く突っ込んでいってまずは手近にいた2匹に続けざまに風魔法を放つ。

「ブギャァ!」

と醜い声で悶絶するその2匹に構わず私はヤツらの群れの真ん中まで行くとそこで堂々と陣取った。

怒り狂って殴りつけてくるこぶしを防御魔法で防ぐ。

そして、出来た隙を突いて、また風魔法を叩き込んだ。

そんな感じで、群がるオークをかわしては魔法を叩き込むという作業をしばし繰り返す。

すると、耐えきれなくなった個体から順に霧になって消え始めた。

(あと…4匹か)

と、そんな作業が若干面倒になってきた私は動きの鈍ったヤツらの中央に立ち、風系の小規模な範囲魔法、旋風を発動する。

私を中心にちょっとした暴風が吹き荒れた。

その風に巻き込まれたオークの体に次々と傷がついて行く。

そして、残りのオークもあっさりと消えてなくなった。

「ふぅ…」

と息を吐いて、腰の辺りをトントンと叩く。

胸に下げた特製抱っこ紐の中から聞こえる、

「…うみゃぁ」(…もう少し、揺れんように戦ってくれんかのう)

という愚痴に、

「すまん、すまん。ちょっと運動がしたかったんだ」

と苦笑いで軽く謝罪の言葉を述べると、私はさっそく魔石を拾い集め始めた。

やがて作業が終わり、

「そろそろ、路銀には十分だが、どうする?」

と一応チェルシーの意向を聞いてみる。

チェルシーは当然、

「にゃぁ」(帰って肉だ)

と、やや不機嫌に答えてきた。

「あいよ」

と答えてさっさと荷物を担ぎ直す。

(意外とずっしりしてるな)

と、その魔石の重さを感じつつ、私たちは来た道を戻り始めた。

数日後、無事、村に着き、とりあえず一泊する。

冒険ともいえない冒険の汗を流し、久しぶりにまともな食事を堪能した。

それからまた1日半かけて出発地点の町へ向かう。

こちらも難なく旅ともいえない旅を終えると、私はさっそくギルドに魔石を持ち込んだ。

「えっと、ゴブリンが55匹で銀貨55枚、狼は10ですから、銀貨10枚ですね。熊は大きい方が金貨1枚で小さいほうが粒金貨5枚です。あと、オークは11匹ですから金貨11枚ですね」

と丁寧に内訳を教えてくれながら、金を出してくれる受付の女性に、

「ああ。ありがとう」

と礼を言って金を受け取る。

金貨は日本的な感覚で言えば10万円くらいだろうか。

粒金貨は1万円。

銀貨は5千円といったところだ。

なので、今回の稼ぎはおおよそ150万円とちょっとになった。

のんびりピクニック気分で狩りをしてきたお駄賃としてはそれなりだろう。

そんなことを思って、受け取った金を無造作にポケットに突っ込むと、

「さて。飯だな」

と胸の中で呑気に丸まっているチェルシーに声を掛けた。

「にゃぁ!」(肉じゃ!)

と言うチェルシーに、

「おいおい。たまには野菜も食えよ?」

と冗談半分で注意をすると、

「にゃぁ!」(ならばロールキャベツを食わせるがよい!)

となんとも素敵な要求が飛び出してきた。

「お。いいな、それ。たしかこの辺に美味い店があったと思うが…」

と思って、猫を相手に独り言を言っている奇妙なおっさんを少しかわいそうな目で見ている、受付の女性に、

「なぁ、たしか、この辺にロールキャベツの美味い店があったよな?」

と聞く。

すると、その女性は、ハッとして、

「え、ええ。それならこの先の『子熊亭』だと思いますが…」

と、なんとも言えない表情でそう答えてくれた。

「ああ、そんな名の店だったな。さっそく行ってみる。ありがとう」

とできる限り爽やかに礼を言う。

そして、

「みゃぁ」(早くいくぞ)

とせかしてくるチェルシーに苦笑いを浮かべつつ、私はその「子熊亭」を目指し軽い足取りで歩いていった。

やがてその「子熊亭」に着き、

「猫も一緒だが構わんか?」

と一応聞いて、

「あら。かわいい子猫ちゃんですわね。もしかしてラッキーキャットですか?だったら大歓迎ですよ」

と言ってくれる優しい女将さんの案内で席に着く。

(やっぱりラッキーキャットの人気はすごいな)

と思いつつ、席に着き、

「にゃふ」(むっふっふ)

とご満悦気味のチェルシーを苦笑いで撫でてやると、さっそくロールキャベツを注文した。

大盛りにしてもらって、チェルシー用の取り皿を頼む。

その注文を聞いて女将さんは、

「まぁラッキーキャットって人と同じものが食べられるって本当だったんですねぇ」

と言いつつ、

「いい子で待っててね」

と言ってチェルシーを微笑みながらひと撫でするとさっそく店の奥へ注文を通しに行ってくれた。

待つことしばし。

お待ちかねのロールキャベツがやって来る。

女将さんが気を利かせてくれて、最初から私の分とチェルシーの分を別々の皿に入れて持ってきてくれた。

「はい。どうぞ」

と言って、またチェルシーをひと撫でして笑顔で戻って行く女将さんの背中を見送り私たちはさっそく、

「いただきます」

「にゃ」(いただきます)

と言って、そのロールキャベツを口に運んだ。

(お。キャベツがとろっとろだ…。それにこのうま味の効いたスープ。やっぱりこれは絶品だな)

と感心しながら味わっていると、私の向かいでチェルシーも、

「にゃぁ!」(美味いぞ!)

と感動の声を上げる。

それから2人とも、夢中になってそのロールキャベツを食べ始めた。

やがて、腹が満たされ、食後のお茶にする。

「さて、明日からどこを目指すかねぇ…」

と言う私に、チェルシーは、

「にゃぁ…」(どこでもいいが、美味い物が食えるところにしてくれよ…)

とやや眠たそうな声でそう言ってきた。

(美味いものねぇ…)

と何となく考えていると、ふと、実家の飯の味が頭に浮かぶ。

(…ああ、そう言えば魔王討伐に出て以来帰ってないなぁ)

と思い出し、ふと懐かしい顔を思い浮かべた。

こちらのことはたまに手紙で元気にしていると伝えてはいるが、居所のはっきりしない冒険者稼業のことで、あちらの状況は全くわからない。

(そうだな。そろそろ王様とかその辺も諦めてくれているころだろうし、ほとぼり的なものは冷めてるよな。よし、じゃぁ、ちょっと実家に寄ってみるか)

と思って次は実家を目指すことを決める。

そして、テーブルの上で満足げに丸くなっているチェルシーに向かって、

「とりあえず、実家に顔を出そうと思ってるんだが、どうだ?」

と聞いてみた。

「にゃ?」(かまわんぞ?)

というチェルシーの目には、「飯は美味いんだろうな?」という疑問がありありと浮かんでいるように見える。

私はそんなチェルシーに、

「安心しろ。うちの飯はそれなりに美味い」

と答えて安心させると、また、チェルシーを軽く撫でてやった。

「にゃぁ」(うむ。ならばよい)

と鷹揚に答えるチェルシーをそっと抱えて抱っこ紐の中に入れてやる。

「ごちそうさま。美味かったよ」

と言って、店を出ると、夕暮れに染まっていた。

(うーん。空腹だったとはいえ、なんとも中途半端な時間に食べてしまったな…)

と思いつつ、とりあえず適当に宿のありそうな方面に向かって歩く。

夕暮れの宿場町は家路を急ぐ人やこれから飲みにでも行くのだろう冒険者でわりと賑わっていた。

そんな雑踏の中に私も足を踏み入れる。

ガヤガヤとした雰囲気の中を、人々の顔を見ながら歩いていると、

(ああ、この平和を守ったんだなぁ…)

という妙な感慨が込み上げてきた。

(おいおい。お前は何様だ?)

と、ついつい偉そうなことを考えてしまった自分に対し、自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

すると、私の胸元から、

「にゃぁ…」(人間は忙しないのう…)

というチェルシーののんびりとした声が聞こえてきた。

「はっはっは。そうだな。そうかもしれんな」

と言って笑う。

(ヒトもエルフも消滅と復活を繰り返しながら悠久の時を生きる魔王から見れば一瞬を生きる忙しない生き物に映るのだろうな)

と妙に納得しながら、胸元でまた丸くなるチェルシーを眺めた。

(でもな、チェルシー。その忙しなさの中にも、喜怒哀楽ってものがあって、だから私たち人間の生活ってのはこんなにも美しく見えるんだ…)

と、心の中でそんな言葉を投げかけながらそっとその頭を撫でてやる。

すると、

「…うみゃぁ」

と鳴いてチェルシーが気持ちよさそうな表情になった。

微笑みを浮かべながら雑踏の中を歩く。

夕日に染まる街並みを見て、

(明日からまた旅だな)

と心の中でつぶやいた。

魔王とともに歩むあてのない旅はまだ始まったばかりだ。

そのことを不安に思う気持ちよりもどこか楽しみに思っている自分がいる。

私はそのことがなんともおかしくて、また微笑みながら歩き、適当な宿屋の扉をくぐった。

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