裏庭に回って勝手口を開け、
「ただいま!」
と声を掛けると、
「おかえり!ジルお姉ちゃん!」
と言って、ユリカちゃんがいつものように飛びついてくる。
「アイカお姉ちゃんもユナお姉ちゃんもベルお姉ちゃんも、おかえりなさい!」
というユリカちゃんの言葉にみんなも、
「ただいま」
と声を掛けてユリカちゃんを撫で、笑みを浮かべた。
「うふふ。おかえりなさい」
「うん。ただいま」
「みなさんもご無事で何よりですねぇ」
「はい。ありがとうございます」
というやり取りを交わし、
「うふふ。じゃぁ、今日はみなさんの分もシチューを作らないといけないわね」
と言ってアンナさんが笑う。
「今日はみんなでご飯?」
とユリカちゃんが目を輝かせる。
「うーん。さすがにこの家でみんなでご飯は無理かしら」
とアンナさんが苦笑いを浮かべると、ユリカちゃんは一瞬でしょぼんとした顔になった。
そんなユリカちゃんに、
「あはは。じゃぁ、今日はうちで食べる?」
とアイカが気さくに声を掛ける。
「いいの!?」
とユリカちゃんのしょんぼりした顔がまた一気に笑顔になった。
「アンナさん。どうですか?」
と聞くユナにアンナさんが苦笑いで、
「じゃぁ、お邪魔しようかしら」
と答える。
「やった!」
とユリカちゃんが再び私に抱き着いてきて喜んだ。
「じゃぁ、あとでシチューを持って伺いますね」
とアンナさんが言って、私たちはいったん別れる。
「大勢でお食事って楽しいから好き!」
と嬉しそうにしているユリカちゃんに、
「じゃぁ、またバーベキューしよっか。あ。冬はお鍋とかいいかも」
と言うと、ユリカちゃんの笑顔がさらに輝き、
「楽しそう!」
と言って、私の足にしがみついてきた。
きっと喜びを全身で伝えたいのだろう。
私はそう感じて、ユリカちゃんの頭を撫でてあげる。
「えへへ」
とユリカちゃんがはにかんで、私も、
「うふふ」
と微笑んだ。
「こんばんは!」
「いらっしゃい!」
シチューの入った鍋を抱えてみんなの家の玄関をくぐる。
「急にごめんね」
「ううん。私たちも楽しいもん。大歓迎だよ。さ、上がって」
と迎えに出て来てくれたアイカと挨拶を交わしてさっそく家の中に入る。
小さなダイニングに通されるベルが、ちょうど6人掛けの、おそらく前の家族が使っていいたのだろう食卓の上にパンやお皿を並べてくれているところだった。
「いらっしゃい」
とベルがにこやかにユリカちゃんに挨拶をして、
「おじゃまします」
と、ユリカちゃんもお行儀よく挨拶をする。
奥からも、
「いらっしゃい」
というユナの声が聞こえたので、
「お邪魔するわね」
と答えてシチューの鍋を持って台所の中へと入っていった。
ご飯が炊ける良い匂いがする。
「うふふ。ベルったらシチューをご飯にかけるのが好きなんですって」
とおかしそうに言うユナと、
「へぇ…。それは変わってるわね。…美味しいのかしら?」
「試してみる?」
「うーん…。ビーフシチューとかならいいかもだけど、今日ってクリームシチューだからなぁ…」
という会話をしながらさっそくシチューを温め直しにかかった。
やがて、シチューが温まり、鍋を食卓に運ぶ。
私たちはパン、ベルはご飯の皿を受け取りさっそく食事が始まった。
「ねぇ、ベル。私もそのご飯にかけるの試してみてもいい?」
とアイカが果敢にシチューライスに挑戦し、
「お。これはこれでいいかも。うん。なんか癖になる」
と言うと、みんなもひと口分くらい試して、
「うん!これも美味しいね」
「うん。ありと言えばありだね」
「うーん…私はちょっと、かな?」
とか、などと感想を言いながら楽しくシチューを食べる。
いつも通りほっとする味のクリームシチューを食べながら、いろんな話をした。
ユリカちゃんがお友達とリリトワちゃんごっこをして遊んだ話。
ココが醤油差しを倒してしばらくの間、背中に茶色い斑点が出来ていた話。
ジミーが木彫りの熊をくれたけど、可愛くないからどうしよう?と言ったちょっとしたお悩み相談。
そんな話で盛り上がり、楽しい食事会は進む。
そして、食後のお茶の時間、ユリカちゃんが少し眠そうな顔をし出したのを合図にその日の食事会はお開きとなった。
ユリカちゃんを負ぶって星灯りに照らされるあぜ道を歩く。
どうやらすっかり眠ってしまっているらしい。
そんなユリカちゃんの寝顔を微笑ましく横目に見ながら、アンナさんが、
「みなさん良い人たちね」
と声を掛けてきた。
私は素直に、
「うん。良い仲間に巡り合えたって感じかな」
と答える。
するとアンナさんは嬉しそうな笑顔で、
「うふふ。良かったわね」
と言って微笑んでくれた。
私はこれから始まるみんなとの冒険がきっと楽しい物になるだろうことを思って、
「うん。これからも楽しい冒険が出来そう」
と素直に今の自分の気持ちを答える。
すると、アンナさんは心配そうな顔で、
「…でも、無理はしないでね」
と言ってきた。
私が少しきょとんとした感じで、
「え?うん」
と答えると、アンナさんは、
「ユリカが時々心配して私に聞いてくるのよ。『ジルお姉ちゃん、ちゃんと帰ってくるよね?』って」
と言って私に少し困ったような顔を向けてくる。
私は思わず胸が痛くなって、
「…そうだったんだ」
と答えてうつむいた。
するとアンナさんは、
「うふふ」
と笑って、私を見ると、
「だから私、いつもユリカに言って聞かせてるの。『ジルお姉ちゃんは聖女様だから無敵なのよ』って」
と言って微笑む。
私はその聖女が無敵だという嘘が面白くて、
「あはは。聖女が無敵なんて聞いたことないよ」
と言って笑ってしまった。
「うふふ。聖女様は特別な魔法が使える人だからどんな魔物も平気なのって言うと安心してくれるから、つい、ね」
とアンナさんも笑う。
私もまた笑いながら、
「あはは。じゃぁ、私本当に頑張って無敵の聖女様にならなくちゃ」
と冗談っぽく、でも、本気でそう答える。
「うふふ。そうね」
とアンナさんもまた笑った。
背中からユリカちゃんの静かな寝息が聞こえてくる。
私はその温もりに、
(大丈夫、お姉ちゃん、きっと無敵の聖女になって見せるからね)
と心の中で微笑みながらそう誓った。
翌朝。
学問所へ行くユリカちゃんと一緒に家を出てジミーのいる詰所へと向かう。
すると、ジミーとベルがそこにいて、
「おう。待ってたぞ。空き地の整備が終わったから今日からあっちだ」
と言って、さっそくその空き地に案内してくれた。
元は資材置き場にしていたというその空き地には、荒縄を巻いた2メートルほどの丸太が3本立てられていて、ちょっとした訓練場のような雰囲気になっている。
ジミーは、少し得意げな顔で、
「魔法は無理だが、あっちの土手に矢を射る的もあるから、弓の稽古もできるはずだ。あと、あっちのちょっと太目の丸太はかなり深く埋めてあるから盾とメイスでも十分にいけるだろう」
と言ってその訓練場のことを紹介してくれた。
「へぇ…。思ってたより立派ね」
と、感心してしまう。
「ええ。これならいつでも思う存分稽古ができそうだわ。今日帰ったらさっそくアイカとユナにも話してあげなくっちゃ」
とベルも嬉しそうな顔でそう言い、続けて、
「ジミーさん、ありがとう」
と言うと、軽くジミーに頭を下げた。
「おいおい。礼を言われるほどのことはしてないさ。そう言うのは、手伝ってくれた大工や農家のおっちゃんらに言ってやってくれ。俺はただ横で見てただけだからな」
と、なにやら照れた様子でジミーが頭を掻く。
私も一応、
「ありがとうね」
と言って軽く頭を下げておいた。
「…おいおい」
とジミーが苦笑いを浮かべる。
その様子を見ていたベルが微笑み、
「うふふ。さっそく稽古を始めましょう」
と言うと、私たちはさっそくその日の稽古を始めた。
午前中の稽古が終わりいったんそれぞれに家に戻る。
ジミーとベルは午後も手合わせをすると言っていた。
私は、ユリカちゃん次第だが、ユリカちゃんが友達と遊びに行くようなら、聖魔法の訓練をしようと思っている。
新しい薙刀を使うようになってからずっと感じていたが、私はまだ聖魔法を使う感覚に慣れていない。
いや、正確に言うと、瞬時に聖魔法を使うのに慣れていないと言うべきなのだろうか?
とにかくあの聖魔法を薙刀に乗せた時も、素早く浄化をした時も、なんとなく余計な魔力を持って行かれているような感覚があった。
おそらく、そこを効率的に行えるようになることが一つの鍵になる。
それにはもっと普段から聖魔法を使う感覚に体を慣れさせておくのが一番だろう。
そう思って、私は聖女の基礎訓練である「瞑想」をあの薙刀を使ってやってみることを思い立った。
昼食後。
元気に走って家を出て行くユリカちゃんを見送り、さっそく裏庭で薙刀を構える。
深呼吸をして目をつむり、ゆっくりと魔力を流していった。
徐々に流す魔力を多くし、薙刀を通して自分の体を循環させるように魔力を流していく。
そのまま集中して魔力を流し続けることしばし。
徐々に疲れてきた体に最後の鞭を入れ、一気に魔力を練るとそれを一気に解き放った。
「ふぅ…」
と息を吐いて、目を開ける。
するとそこにはアンナさんがいて、驚いたような顔でこちらを見つめていた。
「えっと…」
と声を掛けると、
「なんだかすごい光が見えたものだから…」
とアンナさんもぽかんとしている。
「あ…」
私はそう言って、頭を掻いた。
その後、心配して様子を見に来た村の人達に訳を説明して謝る。
「聖女様ってのは、すごいもんですなぁ…」
と割とのんびりした感想を言ってくれる村のみんなのおおらかさに感謝しながら、私はみんなに、
「村長にはあとで報告にいきます。あと、これからもちょくちょくやると思うんですけど、気にしないでください」
と告げた。
翌日。
訓練に集まったみんなにその話をして笑われる。
ジミーに至っては、
「そのうち、『光るお姉ちゃん』とか言われて子供たちの人気者になりそうだな」
と言って腹を抱えて笑っていた。
そのことにちょっとムッとしながらも、
「今度から訓練する時は、ここでやらせてもらうわ」
と言って、午後からも訓練場を使わせてもらうことにする。
こうして、私たちの新しい日常が始まり、その日々はしばらくの間穏やかに続いた。