翌朝。
さっそく薙刀を地面に突き刺し、魔素の流れを読む。
やはり遠くの方に淀みらしき引っ掛かりがあるのが感じられた。
「少し大きいかも」
とみんなに伝える。
すると、みんなの顔が引き締まった。
いよいよ冒険が始まる。
そんな緊張感が私たちに漂い、みんなで軽くうなずき合うと、私が探った方へ向かって慎重に歩を進めていった。
一日歩き、夕方。
再度方向を読む。
朝よりもその淀みの中心がはっきりと感じられるようになってきた。
「あと、半日って所かしら…」
なんとなくの感想をみんなに伝えると、
「ここからは油断はなしだね」
「勝負は明日かしら」
「ええ、そうね。さらに気を引き締めましょう」
と言って、表情を引き締めてくれる。
私はそんな仲間を心強く思いながら、
「とりあえず、今日の所は早めに休んで明日は夜明けと同時に行動ね」
と言うと、さっそく簡単な料理に取り掛かった。
軽くベーコンを炙ってパンに挟んだだけのサンドイッチと粉スープをお湯で溶いた物だけの簡単な夕食。
それでも、温かいものがお腹に入ると自然と心が安らいだ。
手早く、しかし、ゆっくりとその味をかみしめる。
そして、簡単に食後のお茶を済ませると、交代で見張りをしながらゆっくりと体を休めた。
翌朝。
さっそく出発する。
おそらく今回もそれなりに厳しい戦いになるだろう。
そのことはみんなわかっているようで、慎重な足取りにもそのことが表れていた。
昼頃。
小休止がてら魔素の流れを読む。
すると、淀みの中心がずいぶんと近づいているのがはっきりと感じられた。
「そろそろよ」
とみんなに伝える。
「「「了解」」」
という頼もしい返事が返って来て、私たちはほんの少しお茶を飲むと、さっそく装備の最終確認をして、決戦の地へと向かった。
しばらく歩くと、開けた丘陵地帯に出る。
高い木は無く、所々に岩が突き出た草原地帯だ。
辺りを注意深く見ていると、少し離れたところに動くものが見えた。
「山羊かしら…」
というユナの言葉にうなずいて、
「けっこう数がいるわね…。20くらいかしら」
と答える。
「ええ。どうする。この間みたいに一気に浄化してから突っ込んでもいいけど?」
と私に戦術を聞いてくるベルに、
「今回はある程度近くまで行きましょう。ちょっと試してみたいこともあるし、みんなもそれぞれ試してみたいことがあるでしょ?」
と返すと、
「そうね。さっそくあの騎士の剣術で学んだことを試したいと思っていたところよ」
「私もあの一気に気を練って防御魔法を強化するのを覚えたからやってみたい」
「ええ。私の弓も魔法もけっこう精度が高くなったのよ」
とみんなそれぞれに自分の試してみたいことを言ってきたので、私は、
「じゃぁ、ユナは遠目から狙って。私たちはみんなで前に突っ込んでいきましょう」
と今回の作戦を伝えた。
「「「了解」」」
という返事で一斉に動く。
まずは所々にある岩陰を使って様子を見ながら、慎重に近づいていった。
やがて、適当な岩陰に荷物を置き臨戦態勢を取る。
「行くわよ」
という私の声に、みんなが静かにうなずいて、私たちはまっすぐ山羊の群れに向かって突っ込んで行った。
山羊の魔物も私たちに気づいてこちらを威嚇してくる。
迷わず走って突っ込んでいく私たちの横をユナの矢がものすごい勢いで追い抜いていった。
「メェェ~!」
と、低いがどこか間抜けな声がして、1匹の山羊の魔物が倒れる。
それに気が付いた山羊の魔物たちは集団になってこちらに襲い掛かって来た。
まずは先頭にいたアイカが少し大きな個体の突進を止める。
次にベルがその横から飛び出し、首筋を一閃してその個体を沈黙させた。
私も負けじと薙刀を振り、アイカを援護する。
私の一閃で足を斬られた山羊の魔物の頭にアイカのメイスが叩きつけられた。
続けざまに突っ込んでくる山羊の魔物たちを斬り、叩きのめし、矢で貫きながらの戦闘が続く。
その最中、私はほんの一瞬の間を利用して、密かに聖魔法を発動し、薙刀に流した。
完全に乱戦の様相を呈してきた戦いだったが、最後に大きな個体の強烈な突進をアイカが踏ん張って止める。
私はその隙を逃さず飛び出し山羊の魔物の足を払うように斬った。
すると、山羊の魔物が、
「メェェ~!」
と苦しそうな声を上げ、どさりと倒れ込んだ。
(やっぱり…)
私はそう思いながら、素早くトドメを刺す。
そして、辺りに動くものが無いのを確かめて、
「ふぅ…」
と一つ息を吐いた。
「ねぇ、最後って…」
とアイカが私に近づきながら、最後の一撃について聞いてくる。
私は、
「ああ、あれはね」
と言って、薙刀に聖魔法を乗せた一撃である事を明かした。
「聖魔法!?」
とアイカが驚く。
私はそんなアイカに、
「ええ。詳しくは後で説明するわ。とりあえず剥ぎ取りと浄化を済ませてしまいましょう」
と言うと、さっそく魔石を取り出しにかかった。
やがて、魔石を取り終え、山羊をなるべく一か所に集めると、聖魔法を発動し浄化を始める。
辺りを青白い光が包み込み、地面に不規則な筋が走った。
私はそれを丹念に追いながら、解きほぐし、淀みを解消していく。
やがて、作業が終わりみんなを振り返ると、ユナがお茶を差し出してくれた。
「ありがとう」
と言って受け取り、さっそくひと口飲む。
「で。あれの説明。お願いできる?」
と、やはり遠くから私の最後の一撃を見ていただろうユナが私に説明を求め、ベルもこちらを向いてうなずいた。
「うん。そんなに難しい話じゃないんだけどね」
と言って話を切り出す。
「みんなも魔力や魔法を武器に乗せているでしょ?だから聖魔法でもそれが出来ないかってずっと考えてたの。それで、あのジミーから習った魔力を武器に乗せるってやり方を応用して、さっき試してみたってわけ」
と簡単にやってみようと思ったきっかけを話すと、みんながややぽかんとした顔になった。
その顔を見て、私は、
「ほら。聖魔法って魔物を弱体化させるでしょ?だったら、直接打ち込んでも同じように魔物に対してかなりの痛手を負わせることができるんじゃないかって考えたの」
と説明を加える。
すると、ユナが苦笑いで、
「また、突飛な発想ね…」
と言った。
アイカとユナも、
「教会の人が聞いたら驚くだろうね」
「ええ。真面目な聖女さんだったら激怒するか卒倒しかねないんじゃない?」
と言って来る。
私は、その言葉に苦笑いを浮かべ、
「まぁ、そうね。自分でもよくこんなこと思いついたなって思ってるもの。…『神聖なる聖魔法の力をそんな野蛮なことに使うとは何たることですか!』的な感じで教導官あたりが怒っても不思議じゃないわね」
と言って、肩をすくめて見せた。
「あはは!」
「その光景目に浮かぶわね」
「ふふっ。でもあの教会長さんは喜びそうじゃない?」
とみんなが笑う。
私も、
「ええ。教会長さんなら笑いながら、『聖女ジュリエッタらしい聖魔法の使い方ね』って言ってくれそうな気がするよ」
と笑いながら言った。
みんなの笑い声が草原を抜ける風に乗って、夏空に響き渡る。
私たちは今回もそれぞれに何かしらの手応えを得て、無事、この冒険の山場を越えることが出来た。
「さて、今日はここで野営ね」
というユナの言葉を受け、やや大きな岩の影に移動すると、さっそく野営の準備に取り掛かる。
一応、任務も完了したことだし、まだ油断できないとはいえ、少しくらい手の込んだ物を作ってもいいだろうと判断して、今日は私とユナでパスタを作ることにした。
とはいえ、ショートパスタをスープと一緒に煮込むだけで、具もドライトマトとベーコン、それに少量のチーズを振りかけるだけの簡単なものだ。
それでも、温かい物はほっとする。
明日からも油断できない行程は続くが、その日はみんなで焚火を囲み、楽しくおしゃべりをしながら夕食を楽しんだ。