みんなに稽古場の話をした日から10日ほど経っただろうか。
今では、私とベルがジミーと一緒に稽古をするのが日課になっている。
最初はみんなで押しかけていたが、さすがに、アイカとユナにこの詰所の裏は手狭だった。
しかし、最初にジミーからあの気を溜めて一気に解き放つという方法のちょっとしたコツを習い、ずいぶんと良い感覚を持ったらしい。
2人は、森の入り口辺りで邪魔にならないところを選び弓と盾の稽古をしたり、魔力を練る練習をしている。
ジミーという先生役を得たことで、私たちの稽古はずいぶんと充実した。
なかでもベルは熱心に教えを乞うている。
ジミーもそんなベルに教えるのが楽しいようで、2人は朝だけでなく時間があれば午後も稽古をするようになっていた。
そんな中。
早くも教会長さんから手紙が届く。
(落ち着いたらすぐに、って言ってたけど、本当にすぐだったわね)
と思いながら、まず指示書を見ると、今回の行先はリッツフェルド公国の東にある森に隣接する村という事だった。
(…遠いなぁ…)
と、これまで受けた依頼の中で最も遠くまで行かされるその依頼の内容に少しだけげんなりする。
しかし、同封されていた手紙を開くとそこには乗船券が8枚入れられていた。
(お。気前がいいわね。え?しかも二等船室!…二等船室ってことはあれよね。馬も一緒に乗れるし雑魚寝じゃないっていう…)
と、一般庶民には少々お高い船旅、しかも、上等な客室に入れることを思って少し興奮する。
そして、私の横でいつものようにつまらなさそうな顔をしているユリカちゃんの頭を軽く撫でてあげると、さっそくみんなに知らせに行った。
「え?二等船室!?」
とアイカが驚く。
「さすが、教会ね…」
とユナも感心したようにそうつぶやいた。
そこへベルが、
「私、船って初めてなんだけど…」
と不安そうな顔を見せる。
初めての経験は誰だって不安だ。
そう思って私はベルに、
「大丈夫よ。たまに揺れで気持ち悪くなる人がいるみたいだけど、ちゃんとお薬持って行くから心配ないわ」
と言って安心させようとしたが、ベルは首を振り、
「…泳げないの」
とつぶやいて、恥ずかしそうにうつむいた。
ベルの意外な弱点に驚きつつも、ユナが、
「大丈夫、人数分の浮き輪はちゃんと船に積んであるのよ」
と言い、アイカも、
「そうそう。それに脱出用の小舟も積んであるから心配ないよ」
と言ってみんなでベルを安心させようとする。
その声を聞いて、ベルはまだ少し不安そうながらも、
「そ、そうね。ええ、大丈夫よね、きっと…」
と、何かを覚悟したような顔で、うなずいてくれた。
「でも、船ってことはあれよね。トリスタン市国の港に寄るってことよね?」
と私はやや強引に話題を変える。
するとみんなが、「だから?」というような顔を私に向けてきた。
私がややドヤ顔で、
「トリスタン市国って言えばカレーじゃない。きっといろんな種類のカレーが食べられるわよ」
と冗談っぽく言うと、やっぱりアイカが真っ先に反応して、
「そうだった!カレーじゃん!」
と嬉しそうな顔で叫ぶ。
すると、
「ああ、そうだったわね。それは楽しみだわ」
とお米好きのベルも笑顔を取り戻してくれた。
「うふふ。ジルも食いしん坊さんだったのね」
と言ってユナが笑う。
「えー。私はどっちかっていうと呑兵衛よ?」
と私が答えると、
「あははっ。そうだったね」
「ええ。そうだったわ」
と言ってアイカとユナが笑い、ベルもクスクスと笑ってくれた。
翌日を準備に充てて翌々日。
さっそく出発する。
集合は村の門の前。
私はいつものように頑張って笑顔で送り出そうとしてくれるユリカちゃんを抱きしめると、エリーに跨って、村の門へと向かった。
門の前でみんなと落ち合う。
ジミーに、
「任せたわよ」
と声を掛け、
「おう」
と、やる気があるんだかないんだかわからないけど、なんとなく信頼できる返事をもらうと、私たちはさっそく村の門をくぐった。
今回の旅の行程は片道十数日ほど。
まずはクレインバッハ侯爵領まで行き、そこで船に乗る。
そこから行きは2日ほどの船旅を挟んでこの国の南東にある半島、トリスタン市国に入る予定だ。
今回の目的地、リッツフェルド公国東側の森に隣接する村、ソト村はそこから北上することさらに3日ほど。
私とアイカ、ユナは久しぶりの船を楽しみに、ベルは初めての船旅にやや緊張感を持ちながら、私にとっては慣れた裏街道を進んでいった。
旅は順調に進みまずは無事、クレインバッハ侯爵領に到着する。
私たちは船着き場がある町に向かうと、そこで明日の乗船手続きをして、いったん近くの宿に入った。
さっそく市場に買い出しに向かう。
船の受付をしていた女性の話だと、船の中でもサンドイッチなんかの簡単な食事は買えるそうだが、普通に買うよりも高いらしい。
お湯なら船内でもらうことができるらしいので、私たちはいつもの行動食やパンと粉スープ、それに干し果物なんかのおやつを多めに買っていくことにした。
たんまりと買い物をして、宿に戻る。
宿はいつもの通りの安宿なので、私たちは簡単に各自の荷物を整理するとさっそく町へと繰り出していった。
まずは銭湯で旅の埃を落とす。
私がいつものように、
「ふいー…」
と声を漏らすと、みんなもいつものようにクスクスと笑った。
風呂から上がり、
「さて、何を食べようか」
というアイカの言葉にみんなでワイワイ話し合う。
この町は交易の町だけあって、なんでもあるが、この時期は岩牡蠣が美味しいということで、話し合いの結果炉端焼きに行くことにした。
「海のお魚は一夜干しがおススメね。あと今の時期だったらスズキの新鮮なのが食べられるわよ」
というユナに導かれてやや賑わっている店に入る。
「らっしゃい!」
という威勢のいい掛け声に迎えられて長いカウンターの端の方に4人で陣取った。
「とりあえず、ビール」
と声を掛け、目の前に並べられた食材を見る。
私が、
「岩牡蠣はいくとして、あのスズキは新鮮そうだからお刺身かしら?あ。アマダイの一夜干しがあるわね。…でも高そう」
と言うと、アイカが、
「いいじゃん、いこうよ。ほら、例の貴族様からたんまりもらったんだしさ」
と言って、私にキラキラとした目を向けてきた。
私はそんなアイカの態度を見て微笑みながら、
「そうね。思い切って頼みましょう」
と言って、アマダイの一夜干しを注文の候補に入れる。
すると、ユナが、
「うふふ。でも4人で金貨100枚っていうのはさすがに驚いたわよね」
といかにもおかしそうにそう言った。
私は相変わらずどこかずれているエリオット殿下の顔を思い浮かべ、
「…あはは。私たちとは金銭感覚がだいぶ違うみたいね」
と言って苦笑いする。
「ええ。でも、そのおかげでたっぷり贅沢できるんだし、感謝しましょう」
というユナに、
「そうだよ。せっかくのご厚意ってやつなんだからしっかり受け取ってしっかり使わないとね」
となぜかアイカが得意げな顔でそう言うと、
「ふふ。アイカに掛かれば一瞬で食べ物に変わって胃袋に消えそう」
とベルがツッコミを入れた。
「えー、なにそれ…。まぁ否定はしないけどさ」
と言って、わざとむくれたような表情を作りアイカに、
「うふふ。じゃぁ、あっちの高そうな牛肉もいっとく?」
と聞くと、私以外の全員が目を輝かせて、
「「「賛成!」」」
と声をそろえた。
「「「「乾杯!」」」」
と声をそろえてビールを流し込む。
お風呂でほんのりと温もった体に冷たいビールが沁みた。
「「「「ぷはぁ…」」」」
とまたみんなの声がそろう。
そこから楽しい食事が始まった。
ぷりぷりで濃厚なうま味の岩牡蠣をはふはふと頬張り、ふんわりとして香ばしい身のアマダイを美味しくいただきながら、お酒を飲む。
ワイワイと楽しい食事が続き、いくつかの干物とお肉を追加で頼んで焼きおにぎりで〆た。
大満足で店を出る。
「いやぁ…。満足したよ」
というアイカに、
「〆に焼きおにぎり5つなんて初めて見たわ」
とベルが感心したような言葉を掛けると、
「うふふ。アイカったらいつも通りね」
とユナが笑った。
みんなふわふわとした足取りで宿を目指す。
「さて、明日から船旅ね」
という私に、
「楽しみ!」
「ええ。楽しみだわ」
「…そうね」
とそれぞれの答えが返ってきた。
「大丈夫よ」
とベルに声を掛ける。
「…ええ」
と何とか苦笑いを浮かべるベルに、アイカとユナも、「大丈夫」と声を掛けて微笑んだ。
(ふふっ。ベルったら案外可愛らしいのね)
と思って微笑みを浮かべる。
そんな私に、
「…もう」
とベルが拗ねたような顔を見せた。
「あははっ!」
とアイカが笑って、ユナも、
「うふふ」
とそれに続く。
ベルも苦笑いでそれに答えて、私たちは月明かりに照らされた石畳の道を笑い合いながら宿に戻った。