緊張と沈黙が支配する馬車の中で、もう一度、
「ごめんね」
とみんなに声を掛ける。
「…うん」
「…ええ」
「………(こくり)」
とみんなが一応反応してくれたから、許してもらえたんだろう。
私は勝手にそう理解して、
「大丈夫よ。これから合う人は、なんていうか意外と庶民派だし、悪い人じゃないから…」
と、あえて笑顔でそう言った。
しかし、内心は、
(ど、どうしよう。殿下に会うって先に言っておいた方がいいのかな?でも、言ったら逃げ出されそうだし…。そなると、いろいろとっていうかせっかく出来た仲間の関係に亀裂が…)
と考えておろおろしてしまっている。
私の考えは堂々巡りし、しかし、意を決して、私が、
「あのね…」
とこれから合う人物の名を告げようとした時、馬車が止まってしまった。
みんなが一瞬びくりと動く。
やがて、先ほどの執事さんの手で馬車の扉が開けられ、私たちはぎこちなく馬車を降りた。
「エル・シオール」
そんな文字が書かれた小さな看板が目に入る。
私はその文字を見て、
(こ、ここって、クレインバッハ侯爵家御用達じゃん!…誰よ、気軽に入れる店っていったのは!)
と、頭の中で思わずツッコミを入れてしまった。
(あれ?でも、侯爵家御用達だから、王家御用達よりは格下の店ってことよね?ああ、だったら気軽なお店って言えなくもないのかな?)
と一瞬考えて、
(んなわけあるかい!)
と、またツッコミを入れる。
すると、そんな私の横で、ユナが、
「こ、ここ、こ…」
という小さな声を発した。
(…あちゃー。そう言えばユナの実家って侯爵家のお出入りの店だったわね)
私はそういえばと思い出して、
『ちょっと高そうに見えるけど、気軽なお店だから気にしないでね』
と、嘘を吐くことを諦めた。
私は、相変わらず固まっているみんなに向かって、
「あ、あの。だ、大丈夫よ。貴族様じゃなくても一応、入れるお店だから」
と言ってみるが、3人とも泣きそうな顔で私を見てくる。
私はもう何もかもを諦めて、
「…ごめんね」
と、また謝った。
「さぁ、中へどうぞ」
と笑顔で言って扉を開けてくれる執事さんが悪魔に見える。
私は、
「あはは…。さぁ、行きましょう…」
と固まっているみんなに声を掛け、その背中を軽く押しながら、その店の扉をくぐった。
「いらっしゃいませ。お待ち申し上げておりました。ご案内させていただきます」
と言って店の人らしき男性がうやうやしく声を掛けてきてくれる。
私は、その人の格好を見て、
(…執事さんみたいな服じゃなくて、高そうなスーツね。えっと、まさか…)
と、店の主人が直々に出迎えに来てくれているのではないだろうかという可能性を薄々感じつつ、その人に案内されるがまま、店の奥に入っていった。
後を振り返ると、みんな何かを諦めてしまっているようだ。
私は本当に申し訳ない気持ちで、いっぱいになりながら、心の中でまた、
(…ごめんね)
と謝る。
そして、とうとう私たちはやたらと豪華な扉の前まで案内されてしまった。
扉の前に控えていたメイドさんが、
「いらっしゃいませ。お待ち申し上げておりました」
と言って扉を開けてくれる。
そして扉が開くやいなや、そこに立っていたエリオット殿下が、
「よく来てくれたね、ジュリエッタ。あと、そのお仲間の皆さんも、ようこそ」
と言っていつものように若干軽めの微笑みを浮かべて私たちを迎え入れてくれた。
(王族が席を立って迎えちゃっていいの!?)
とか、そういうツッコミはさておき、私は開口一番、
「お招きいただきありがとうございます、エリオット様」
と言って礼を取る。
そして、
「おお、今日は『様』で呼んでくれるんだね、ジュリエッタ」
と訳の分からないところに感動している、エリオット殿下の言葉を流すと、
「今回一緒に冒険をした仲間の、ユナ、アイカ、ララベルです」
と、みんなのことを紹介した。
すると、まっさきにユナが、
「ゆ、ユナにございます」
と、貴族向けの礼っぽいものを取る。
アイカとベルはその様子を見て、見様見真似で礼のようなものを取り、
「あ、あ、アイカです」
「ララベルでございますです」
と、なんとか自己紹介をした。
「いやいや。そんなに硬くならなくてもいいよ。ジュリエッタの友人なら、私とも友人みたいなものだからね。はっはっは」
と、若干空気の読めないことを言うエリオット殿下をほんの少し無視して、
「あはは…。そういうわけらしいからくつろいでね」
と、みんなに声を掛ける。
「さぁ、立ち話もなんだ。席に着いてくれたまえ。ああ、食前酒は気軽に飲めるように、ホワイトエールを選んでおいたよ。町の居酒屋っていうのを参考にしたんだけど、どうだい?」
と、上機嫌に話しながら、席に着くエリオット殿下に、
(町の居酒屋でホワイトエールがある店なんてないですわ、殿下)
と心の中で冷静なツッコミを入れつつ、
「さ、さぁ、エリオット様も、ああおっしゃっているから、とりあえず席に着きましょう」
と、まだ頭を下げているみんなを促がして私たちも席に着いた。
そこから、緊張感に包まれた午餐が始まる。
まずはエリオット殿下が、
「今回は、妹のためにありがとう」
と軽く頭を下げながら依頼への礼を述べた。
その言葉にまずは私が、
「とんでもございません」
といって、深々と頭を下げみんなもそれに倣う。
するとさっそく、そこへものすごく高そうなグラスに入ったホワイトエールが運ばれてきた。
エリオット殿下は、それを一番に受けると、
「はっはっは。まずは、乾杯しよう。きっとお酒が入れば緊張もほぐれるだろうからね」
と軽く言い、
「勇敢なる冒険者に」
と言ってグラスを掲げた。
その声に、私が、
「とんでもございません。乾杯」
と言ってグラスを掲げると、みんなも見様見真似でグラスを掲げる。
そして、私がグラスに口を付けたのを見て、恐る恐る、ほんの少しだけグラスに口を付けた。
そこから私の必死の仕切りが始まる。
みんなにカトラリーの使い方を教え、
「そう言えば、今回はどんな冒険だったんだい」
と気軽に聞いてくるエリオット殿下の話の相手をし、時折、無表情で固まるみんなに、
「これ、美味しいわよ」
と話を振ってなんとか緊張をほぐそうとしたりして、私は必死にその場を盛り上げた。
そんな私の努力の甲斐もあってか、最後にはほんの少し場の空気が和む。
ユナはかろうじて、実家がクレインバッハ侯爵家出入りの商人である事なんかをぽつぽつと話したり、アイカが王都の郊外出身である事なんかを話すことが出来た。
意外と人見知りのベルは終始無言だったが、最後にはナイフとフォークを逆に持つこともなく、普通に食事ができるようになっていたから、きっと落ち着きを取り戻してくれたのだろう。
今は落ち着いてチョコレート菓子をちびちびと食べてくれている。
私はそんな様子にほっとしつつも、
(最後まで気を抜いちゃだめよ)
と気を引き締めてその場を最後まで乗り切ることを決意した。
ようやく、食後のお茶を飲み終わり、もう一度、
「今回は本当にありがとう。おかげで助かったよ」
と気軽に礼を言うエリオット殿下に、私が、
「いえ、こちらこそお忙しい中このような席を設けていただき感謝申し上げます」
と言って全員で頭を下げる。
やがて、先ほどの執事さんがやって来て、エリオット殿下にそっと耳打ちをした。
「ん?ああ、そうだったね。うん。みんな、今回の依頼の代金はギルドに預けておいたから後で受け取ってくれ。あと、そろそろ仕事の時間らしいから、残念だけど今日はここでお開きにしよう」
そう言って、エリオット殿下が立ち上がると、私たちも席を立つ。
そして、来た時と同じように立派なスーツを着た紳士の案内で店の入り口までくると、そこで私が代表してエリオット殿下と別れの挨拶を交わした。
型通りの挨拶が終わり、
「今回は本当にありがとう」
と本日何度目かの礼を言って、握手を求めてくるエリオット殿下とそれぞれが握手を交わし、エリオット殿下の馬車を見送る。
そこでようやく、突然の午餐会は終わりを迎えた。
「宿までお送りします」
と言ってくれる執事さんに丁重に断りを入れて、みんなで歩いて下町を目指す。
しばらくしてアイカが、
「…味がしなかったよ」
と苦笑いでつぶやいた。
「そうね」
とユナも苦笑いで続く。
ベルは無言で肩をすくめた。
私は再び、
「ごめんね、巻き込んじゃって」
と言って謝る。
すると、アイカが、
「いやいや。今思えばあんな高い店自分じゃ入れないし、それに貴族様と食事なんて経験これから一生ないだろうからね。ある意味貴重な時間だったよ」
と、笑いながら言ってくれた。
ユナとベルも口々に、
「そうね。いい経験になったわ」
とか、
「一生の思い出ね」
と言って笑ってくれる。
私はその言葉にほっとし、みんなといつものように明るい調子で話しながら下町の宿を目指した。
やがて、下町に入り、
「はぁ…やっと着いた」
とアイカが本音を漏らして、
「そうね。やっぱりこっちの方が落ち着くわね」
とユナも苦笑いでこぼす。
ベルもやっといつもの笑顔を取り戻して、
「ふふっ。そうね」
と言って笑った。
「はぁ…。ほっとしたらお腹空いてきちゃったよ」
と、アイカ言い、その言葉にユナも、
「うふふ。そう言われるとそうね」
と続く。
そんな3人に、私は、
「じゃぁ、今日の打ち上げは焼き鳥にしよっか?」
と提案した。
「それ、いいね!ビールはもちろん大ジョッキで!」
「ええ。マナーなんか気にせずがぶりとかぶりつきたいわ」
「〆は出汁茶漬けをかき込むわよ」
と3人が思い思いに気兼ねない食事のことを思って嬉しそうな顔になる。
私はそんな笑顔の3人に向かって、
「じゃぁ、ちょっと早いけど、宿に戻ったらさっそくお風呂にいっちゃおうか?」
と提案してみた。
「いいね!」
とアイカが勢い込んで返事をしてくる。
ユナとベルもそれにうなずいてくれた。
午後の日差しに照らされた下町の少し凸凹とした石畳を軽快に歩く。
私たちは明るく今夜の打ち上げの話で盛り上がりながら、活気に満ちた下町の喧騒の中へと溶け込んでいった。