カラコルの実を採り終えた翌日。
さっそく帰路に就く。
このあとこの薬草を無事、エリオット殿下、ひいてはリリエラ様に届けなければならない。
みんなも、依頼人が誰かは知らないが、私の友達がこの薬草を待っていてくれているということはわかっているので、かなり急ぎ足で村を目指してくれた。
2日後。
無事、ハイン村に着き、村長に報告と薬草の情報を提供してくれた礼を言う。
村長は、像の魔物がいたことに驚いていたようだったが、すぐに私たちの無事を喜んでくれて、その日は心尽くしのもてなしをしてくれた。
久しぶりにゆっくりとお風呂に浸かり、温かい食事をいただく。
私たちはとりあえず今回の冒険の成功を喜びつつ、ゆっくりと旅の疲れを癒させてもらった。
翌日。
さっそくハイン村を発ち、夕方、手前の宿場町に入る。
ギルドに像の魔物のことを報告すると、かなり驚かれた。
さっそく回収を手配しなければと焦ったように動き出す受付のおじさんをよそ目に私たちはさっさとギルドを後にする。
ギルドを出て宿に向かいながら、
「ここから王都までは…10日くらいかな?」
というアイカに、
「そうね。ちょっと急げばそのくらいかも」
と答えると、アイカが、
「そっか…。じゃぁあのラクレットってのはお預けだね」
と言って少ししょんぼりとした顔になった。
そんなアイカの顔がおかしくて、私は笑いながら、
「メイエンの町は通ることになるから、たぶん食べられるわよ。私もチト村へのお土産にあのチーズを買いたいし」
と、少しくらい寄り道をしても大丈夫だと教えてあげる。
するとアイカが一瞬でぱぁっと目を輝かせ、
「ほんと!やったー!」
と大袈裟に喜んだ。
小さな宿場町の舗装されていない細い道に私たちの長い影が伸びる。
そんなほのぼのとした夕暮れの道で私たちはいつものように明るい声を掛け合いながら、宿へと向かった。
翌日からの旅は順調に進む。
アイカ念願のラクレットも食べたし、私のお土産も無事に購入できた。
そして、10日後。
ようやく王都の門に並ぶ。
順番を待っている間、
「やっとだね」
「ええ。無事について良かったわ」
「早く届けに行きましょう」
「うん。みんなありがとう」
と会話を交わし、今か今かと自分たちの順番が来るのを待った。
やがて、無事に門をくぐり、さっそく馬たちを馬房に預けに行く。
時刻は昼を少し過ぎたくらい。
私はどうしようか迷ったが、みんなには先に宿に入ってもらうようお願いして、一人で王宮の方へと向かった。
(なんか嘘ついてるみたいで気持ち悪いな…。でも、まさか、依頼人のことを教えるわけにはいかないし…)
と思いつつ、貴族街を抜けて王宮の前を通る。
そして、あの小さな門にたどり着くと、
「今回はエリオット殿下へのお届け物を持ってきただけですから、リリエラ様にはお声がけしないでください…。あの、お加減のことは伺っていますので」
と、いつもの衛兵さんに声を掛けた。
すると、いつもの衛兵さんは、
「かしこまりました。それでも一応、お泊りの宿を伺ってもよろしいですか?」
と言うので、いつもの安宿の名前を告げる。
その宿屋の名を聞いて、その衛兵さんは、
「ああ。いつものあの宿ですね。かしこまりました。このお荷物は責任を持って届けさせていただきます」
と言って、すぐにリリエラ様が住まう離れの方へと走っていってくれた。
私はその背中を嬉しい気持ちで見送る。
そして、重要な仕事を終えた満足感を抱え、なんとも晴れがましい気持ちで来た道を引き返していった。
宿に戻ると、さっそくみんなに、無事に依頼を達成したと報告する。
みんなそのことを喜んでくれて、さっそく銭湯に向かいここまでかなり急いできた旅の疲れを洗い流すことにした。
その日の夜は、定食屋で簡単に食事を済ませ、早々に宿に戻る。
無事に依頼を達成した今、特に急ぐ用もないので、それぞれの出発を明後日にし、打ち上げは明日の夜、盛大に行う事にした。
部屋に戻り、手早く寝る支度を整えると、ゆったりとした気持ちでベッドに横になる。
(いろいろあったけど、今回も楽しかったわね…)
と今回の冒険を振り返った。
あの像の魔物と戦った後のことを思い出す。
また私は、いや、私たちは自分たちに足りない物を見つけた。
その現実をまざまざと思い知らされた瞬間は、やはり落ち込んだ。
しかし、今は違う。
新しい目標を見つけた。
そのことを喜びに思っている。
きっとみんなもそう思っていることだろう。
私はそのことを何よりも嬉しく思い、微笑みながらそっと瞼を閉じた。
翌朝。みんなで市場に向かい、朝食を取る。
アイカは朝からあの肉と脂の暴力のようなサンドイッチを2つ食べ、さらにデザートにと言って、揚げパンを一つ食べた。
そんな姿に半分呆れ、半分は感心しつつ、のんびりと町をぶらついてから宿に戻る。
すると宿の前にやたらと豪華な馬車が止まっていて、
「お初にお目にかかります。聖女ジュリエッタ様とそのご一行様でいらっしゃいますでしょうか?」
と、いかにも執事といった老齢の男性から声を掛けられた。
私以外の3人はあまりのことに固まっている。
私は、その状況に、
「あはははは…」
と引きつった笑顔を浮かべながら、
「はい」
と短くその執事さんに返事をした。
「おお。それは良かった。主がぜひともお礼にお食事をと申しております。ささ、どうぞ、お乗りください」
という執事さんの言葉に、
「えっとー…」
と答えて、みんなの方に視線を向ける。
すると、みんなは青ざめた顔で、いっせいにブンブンと首を横に振った。
私はその様子を見て、まだひきつった笑顔を浮かべながら、その執事さんに、
「あの。えっと、私だけってわけには…」
と、一応聞いてみる。
するとその執事さんも悲しそうな顔で首を小さく横に振り、
「主からは皆さまお連れするようにと申し使っておりますれば…」
と私にやや上目遣いの視線を送ってきた。
私は、また、引きつったような笑顔で、
「ですよねー」
とその執事さんに答える。
そして、ぎこちない感じでみんなの方を振り返ると、
「あー。なんていうか…。その、大丈夫。悪い人じゃないから」
と、なんだか訳の分からないことを言って、みんなを巻き込むことにした。
「ああ、ようございました。ああ、服装はお気になさらずとも大丈夫でございます。今回は主の命で気軽に入れる店を用意させていただきましたので」
という執事さんの言葉を聞いて、
(よかった…。さすがに王宮の離れとかエリオット殿下の別邸とかだったらどうしようって思ってたけど、一応殿下もその辺りは気遣ってくれたのね)
と安心しつつ、
「大丈夫。普通のお店だって」
とみんなが安心するように声を掛ける。
しかし、みんなはまだぽかんとして、かつ、青ざめているというなんとも妙な表情を崩していない。
そこで私は申し訳ないと思いながらも、
「だ、大丈夫だから。さぁ乗って、乗って」
と言って無理やり背中を押した。
「あ、ちょ、ジル…」
と最初に背中を押されたベルが泣きそうな顔で私を振り返る。
しかし、私は心を鬼にして、
「お願い。巻き込まれて!」
と言ってベルの背中を押し続けた。
「あ、ああ、………」
と声にならない声を上げつつも、ベルが何とか馬車に乗る。
次に私はユナとアイカを振り返ると、
「…ごめんね」
と、何もかもを諦めたような笑顔でひと言そう言った。
返事の代わりに、
「「…あはは」」
という引きつった笑いが2人から帰って来る。
「さ、さ。どうぞお嬢様方」
という執事さんからもユナとアイカに声が掛けられた。
ふらふらと、かつ、ぎこちない感じの足取りで2人とも馬車に乗り込む。
そして、最後に私も馬車に乗り込むと、無情にも扉が閉められ、馬車が動き出した。