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第92話エリシア共和国へ05

翌朝。

早くに目覚め、みんなで夜明けを待つ。

やがて、空がぼんやりと白み始めるとさっそく「うん」とお互いにうなずき合って森の奥へと進んで行った。

淀みの中心がある方へ向かって迷いなく進んで行く。

進むにつれて私たちの緊張感は増していった。

徐々に重たくなる空気の中、先頭のベルが突然足を止める。

そして、少し先の方を指さしながら、

「大きいわね…」

と、ひと言つぶやいた。

私も見ると、藪の中を突っ切って大きな獣道が出来ている。

私はそんな痕跡を作る魔物に心当たりが無かったので、

「なんだと思う?」

と正直に聞いてみた。

しかしベルは首を横に振る。

アイカもその獣道をのぞき込むが、同様に首を横に振った。

ユナが、

「とりあえず、大物なのは間違いなさそうね…」

とつぶやく。

未知の魔物、それも大物。

その可能性に突き当たって私たちの緊張は一層高まった。


その広い獣道を辿っていく。

すると、途中から足跡もはっきりと残っているのが散見されるようになった。

その足跡がはっきりと残っている地点で少し足を止めて小休止を取る。

「なに、この足跡…」

「熊…よりも大きい?」

「ええ、少なくとも1.5倍はありそう」

「それも複数いるっぽいね」

と会話を交わし、みんなその謎の足跡に少し不安を抱えながら眺めた。


しばし沈黙のあと、

「とにかく進んでみましょう」

というユナの声で再び歩を進める。

空気はさらに重たくなり、私たちの緊張も最高潮に達しつつあった。


やがて、やや高台になった場所に出る。

「少し様子を見てみようか」

という私の提案で、木陰から慎重に辺りを見回すと少し離れた草地に大きな体の魔物の姿が見えた。

遠めに見るが、初めて見る魔物だ。

私はその姿を見て、図鑑の記録を思い出す。

それと同時に、ユナが、

「…象?」

とつぶやいた。

毛むくじゃらで鼻が長く、大きな牙がある。

数は3。

大きな個体が2匹で、小さな個体が1匹。

おそらく親子連れだろう。

ただし、その小さい個体でもちょっとした熊くらいはありそうだ。

私たちはただただ呆然とした。

「こりゃぁ…また…」

とアイカが一見呑気にも聞こえる感想を口にする。

そのくらいその魔物との遭遇は衝撃的な物だった。


「どうする?」

という問いにハッとして、ベルを見ると、ベルの目は真剣そのものだ。

おそらく、撤退という選択肢は考えていないのだろう。

私はそのことを感じて、みんなに、

「まずはみんなであの大きな個体をなんとか自分たちの方に引き付けてもらえるかな?上手くいけばその間に聖魔法で弱体化できるかも」

と思いついた作戦を伝える。

すると、ユナが顎に手を当てて考え込みながら、

「そうね。まともにぶつかっていくよりも賢明かもしれない」

と、その作戦に賛同してくれた。


「よし。じゃぁ、ユナは遠めから牽制で私とベルが前衛でかき乱す、って感じかな?」

とアイカが私の意を汲んで簡単に行動計画を立て、ベルもそれにうなずく。

私はユナに、

「いざという時の判断は任せていい?」

と確認し、力強くうなずいてくれるユナにうなずき返すと、

「じゃぁ、作戦開始ね」

と言って慎重にその場からの移動を開始した。


慎重に移動することおよそ1時間。

こちらの射程まで、あと少しという所まで近づく。

いったんその場に身を潜め、お互いにうなずき合うと、アイカの、

「行くよ」

という、小さい声を合図に、私たちはいっせいにその草地に飛び出して行った。

象の魔物がこちらを振り向く。

どうやら、察知していたらしい。

(あの鼻と耳は伊達じゃなかったのね…)

と、そんなことを思いながら、真っ直ぐに突っ込んでいくみんなの後で私は薙刀を地面に突き刺した。

(早く、強く、深く…)

そう意識しながら集中して魔力を流していく。

そして、いつにも増して大きな魔力を流し込むと、一気にその場を浄化しにかかった。


~~ユナ視点~~

(的が大きい分当てやすい…)

そう思って思いっきり矢を放つ。

案の定、矢は簡単に象の魔物に突き刺さった。

(よし!)

と思わず心の中で声を上げる。

しかし、象の魔物は何事も無かったようにアイカとベルに突っ込んで行った。

(効いてない!?)

そう気が付いて私は慌てて次の矢を構える。

今度は小さな個体を守るような位置にいる、おそらく母親だと思われる方に矢を向けた。


(慎重に、魔力を練って、狙いを定めて…)

そんなことを言い聞かせながら、今度は顔の辺りに狙いを絞って、全力の矢を放つ。

すると、今度は過たず眉間に辺りに矢を当てることができた。

「パオォォーン!」

と聞いたこともない鳴き声が辺りに響き、象の魔物がのけぞる。

(よし、今度は効いた)

そう思って再びアイカとユナの方に目を向けると、ちょうどアイカが象の魔物の突進を受けて軽く突き飛ばされた所だった。


その隙を狙ってベルが象の魔物の足の辺りを切り裂く。

しかし、浅いようだ。

「かなり硬い!」

とベルがいったん飛び退さりながらそう叫んだ。

足を斬られた象の魔物が、

「パオォォーン!」

と、また聞いたことも無い鳴き声を上げる。

(こっちは大丈夫そうね)

そう思った私は次に小さい個体へ目を向けた。

小さい個体はまだかろうじて立っている母親の影に隠れて狙いがつけられない。

(…やっかいね)

と心の中でつぶやきながら、再び母親と思しき個体に狙いをつける。

そして、また集中して魔力を練ると、思いっきり矢を放った。


その瞬間、辺りを青白い光が包み込む。

(ジルの魔法が本格的に発動したのね)

と背中にジルの大きな魔法の気配を感じながら、次の矢を構えると、今度こそ母親と思われる個体が膝をついた。

私の矢はまた眉間の辺りに当たっている。

それに見れば小さい個体も苦しそうだ。

(やっぱりジルの魔法が効いてる)

私はそう直感しつつも、素早く、アイカとベルが相手をしている大きな個体のほうへと目を向けた。


その刹那。

大きな個体がこちらを向く。

どうやらジルを狙っているらしい。

(なるほど…。本能的にジルのあの魔法が危険だって覚ったのね…)

と少し感心しながら、次の矢をつがえて弓を引き絞った。

突っ込んでこられればどうしようもない。

しかし、そこは仲間を信じる。

そう思って真っすぐその大きな個体を見据え、アイカとベルが隙を作ってくれるのを待った。


やがて、大きな個体が痛む足を引きずってこちらに体を向けた。

「させないよ!」

というアイカの声がして象の魔物の正面にアイカが陣取る。

その後ろにベルも控えていつでも飛び出せる位置を取っていた。


私もさらに集中を高める。

すると、またあの聞いたこともない、奇妙な鳴き声を上げて象の魔物がアイカに突っ込んで行った。

アイカが一気に魔力を高めてその突進を受け止める。

今度はなんとか持ちこたえたようだ。

次にまたベルがその隙を突いて飛び出し、同じように脚の辺りを斬り払う。

象の魔物の体勢が崩れた。

ガクリと膝をつく。

そして、動きが止まったその隙を突いて、私は眉間に矢を当てた。


ベルが首筋に剣を突き立てトドメを刺す。

「くっ…」

と言って顔をしかめているから、かなり硬かったのだろう。

しかし、ベルは素早く剣を引き抜くともう1匹の大きな個体と小さな個体がいる方へと素早く走っていった。

アイカもそれに続く。

もう一方の大きな個体はすでに動く体力は無さそうだがそれでも用心して、アイカが当て身をかまし、ベルがその脇から飛び出してトドメを刺した。

小さい個体にも同じようにトドメを刺す。

そして、完全に動く気配がなくなった所で、戦いが終わった。


私がほっと息を吐いたのとほぼ同時にあの青白い光が収まる。

どうやらジルの仕事も終わったらしい。

私がそう思って振り返ると、いつもとは少し違って、額に汗をかき、少し息の上がっているジルが、

「こっちも終わったよ」

と苦笑いでそう言った。


やがてみんながジルのもとに集まってハイタッチを交わす。

私が、

「…とりあえず、お茶にしましょうか」

と笑いながらそう言うと、アイカとベル、ジルが、

「賛成…」

「ええ、そうね…」

「喉がからからだよ…」

と疲れた声でそう言った。


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