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第86話新しい春04

オオトカゲの依頼を受け、ギルドの前で簡単に打ち合わせをしてからみんなと別れる。

私はさっそく食料を調達しに市場に向かった。

買い出しを終え、宿に戻る。

(楽しみね…)

と、ひとり微笑みながら防具の整備をしていると、いい時間になったのでいつものように銭湯に向かった。


翌朝。

気持ちを引き締めて宿を出る。

途中で買ったサンドイッチを食べながら馬房に着くと、そこにはすでにベルが待っていてくれた。

「おはよう」

とお互いに朝の挨拶を交わす。

すると、間もなくアイカとユナもやって来て、またお互いに挨拶を交わすと早速それぞれの馬に乗り、王都の門をくぐった。


街道を行くみんなの表情は笑顔で、なんだか新しいおもちゃを与えられた子供のような目をしている。

(やっぱりみんな楽しみなんだな…)

と思いながら、

(私もこの新しい薙刀をもらった時、こんな顔をしていたのかしら?)

と自分の時のことを思い出してみた。

やはり嬉しかったし、早く試してみたいと思っていたことを思い出し、思わず笑みを浮かべてしまう。

そんな私を見てベルが、

「どうしたの?」

と聞いてきた。

私はその問いに、

「ううん。なんだか私が新しい武器をもらった時の気持ちを思い出しちゃって」

と正直に思ったことを話す。

すると、ベルが笑って、

「気持ちはわかるわ」

と答えた。

アイカとユナもその話に加わり、

「楽しみだよね。なにせ新しい武器だもん」

「ええ。今からウズウズするわ」

と言って笑う。

私たち4人はそれぞれに楽しみな気持ちを胸に軽い足取りで街道を進んで行った。


途中の宿場町で一泊して2日目。

目的のキト村に到着する。

時刻は午後。

私たちはさっそく宿をとり、私だけがみんなと別れて村長宅を訪ねた。

「冒険のついでに軽く見させてください」

と言って、さっそく祠へ案内してもらう。

そして、浄化の魔導石に魔力を流すと、すぐに綻びが見つかった。

(王都のこんな近くの村で…)

という驚きが広がる。

(聖女の質の低下ってこんなに顕著なの?)

と嘆きつつも、私は丹念に仕事をしていった。


やがて作業が終わりしきりに礼を言う村長にやや恐縮しながら宿に戻る。

そして、みんなに、やはり浄化の魔導石に問題があったことを告げた。


「じゃぁ、ちょっと気合を入れなきゃだね」

「ええ、油断は禁物ってところかしら」

と言ってくれるアイカとベルに頼もしさを感じる。

ユナも、

「村の人達のためにも頑張らなくちゃいけないわね」

と言ってくれた。

みんなの表情が引き締まる。

私はそんなみんなの様子を見て、心の底から嬉しさを感じ、

「ありがとう。よろしくね」

と言って微笑んだ。


翌朝。

さっそく森に入る。

今回の討伐対象であるオオトカゲの魔物が発生する場所はおおよそわかっているが、それでも効率的に進むため、夕方ごろになって魔素の流れを読んでみた。

案の定近い。

おそらく明日には着くだろう。

そう思って私たちは魔素の淀みが感じられた方向へ少しだけ進み、適当な場所を見つけると、その日はそこで野営をすることにした。


いつものように調理班と設営班に分かれる。

今日の主な調理役はユナに担ってもらうことになった。

どうやらユナは最近料理に目覚めたらしい。

家ではもうピザまで焼けるようになったという。

野菜を切り米を炒める手際を見ていても、心配な点は一つも見当たらない。

むしろ、私よりも上手いのではないかというほどの腕前になっていた。

今日の献立はピラフ。

具はシンプルにタマネギとニンジン、それにベーコン。

最後にドライトマトを入れてトマト味にするのがポイントなんだそうだ。

(この短期間で恐ろしい成長ね…)

と感心しつつその調理の様子を見る。

当然のように調理は順調に進み、やがて辺りに良い匂いが立ち込め始めた。


「こっちは終わったよ」

と言ってアイカがこちらにやって来る。

「あ。トマトピラフ?ユナのトマトピラフって意外と美味しいんだよ」

と言うアイカに、

「あら、『意外と』は余計よ?」

とユナがわざとらしくちょっと怒ったような顔を作ってツッコミを入れた。

「あはは。ごめん、ごめん」

と謝るアイカも笑っているから、きっといつものこんなやり取りをしているんだろう。

こんな些細なやり取りからも2人の息が合っていることがうかがえた。

私はそんな光景を少しだけ羨ましく思いつつ、

「さて、蒸らし終わるまでにスープでも作っておくよ」

と言ってお湯を沸かす。

やがてユナの、

「できたわよ」

という声を合図に和やかな雰囲気で食事が始まった。


みんなで美味しくトマトピラフを食べる。

「どうかな?」

とユナは少し心配そうに聞いてくるのに、私とベルが、

「すごく美味しいよ」

「ええ。野菜の甘味が活かされていて優しい味ね」

と褒めるとユナは嬉しそうな顔で、

「誰かに美味しいって言ってもらうのってこんなに嬉しいものなのね」

と言ってはにかんだ。

私はその言葉で父さんのことを思い出す。

父さんはいつも、

『お客さんの喜んでくれる顔が一番の報酬だからな』

と言って、真剣に、しかし、楽しそうに仕込みをしていた。

ふと、

(アンナさんもそんな気持ちで毎日料理してるのかな?)

と思い、

(私、アンナさんにちゃんと毎日『美味しい』って伝えてたかしら?)

と自分の行動を振り返る。

そう考えると、自分では感謝もしているし、ちゃんと美味しいと言っているつもりだけれどなんだかちゃんと伝えきれていなかったような気になった。

(帰ったらちゃんと伝えなきゃね)

と思いつつ、またユナのトマトピラフを口に運ぶ。

そしてもう一度ユナに、

「とっても美味しいわ」

と伝えた。


翌朝。

昨晩の美味しい食事のおかげか、緊張感の中にも幾分かの楽しさを含んで出発する。

「いよいよだね」

とアイカが嬉しそうにメイスを見つめながら楽しそうな顔でそう言った。

「もう、アイカったら。油断しちゃだめよ?」

とユナが注意するが、そのユナもどこか楽しそうな顔をしている。

ベルの顔にも楽しさが表れていているように見えるから、きっと同じような気持ちなのだろう。

私たちは、魔物が近くにいるとは思えないほど軽い足取りで淀みの中心を目指して進んだ。


ほどなくして、空気が重たくなってくる。

さすがに私たちの中から油断が消えた。

それぞれに辺りを注意深く観察しながら進んで行く。

やがてユナが、痕跡を発見した。

「数はそんなに多く無さそうね」

そう言いつつも慎重に痕跡を辿っていく。

するとすぐに開けた場所にオオトカゲの魔物が10匹ほどたむろしているのを発見した。


状況を確認したユナが、

「試すにはちょうどいい数ね」

と言ったのに、

「ええ」

とベルがうなずく。

そこでアイカが、

「ねぇジル。今回は私たち3人に任せてもらってもいいかな?」

と言い出した。

私は存分に武器を試してみたいというみんなの気持ちもわかるので、

「ええ。かまわないわ」

と気軽に答える。

その言葉を聞いたみんなは楽しそうな表情で、

「よっしゃ。じゃぁ、さっさと片づけちゃおう」

と言ったアイカの声をきっかけにオオトカゲの魔物の群れの中に突っ込んで行った。


まずはユナの矢が先陣を切る。

次にベルの剣が確実に1匹の首筋を捉えた。

アイカも負けじと盾で受けながらメイスを叩き込む。

するとその横をユナの矢が通り抜けまた確実に1匹仕留めた。

勝負はあっけなく終わる。

私はみんなの満足げな表情を見て、新しい武器が気に入ってもらえたことを確信した。


「さて。とりあえず剥ぎ取りしてしまいましょうか」

という私ののんびりとした声に、みんながうなずいてさっそく魔石を取り出しにかかる。

作業の最中、

「どうだった?」

と一応聞いてみると、

「魔力の乗りが今までの弓と全然違うの。精度も段違いに上がったわ」

「ええ。それは私も感じた。切れ味と軽さがまったく別物ね」

「うん。盾は軽いしメイスは硬くてこれならなんだって打ち壊せそうだよ」

それぞれに嬉しそうに新しい武器の感想を教えてくれた。

私はそのことを嬉しく思いつつ、さっさと剥ぎ取りを終わらせ、いつものように浄化をして一連の作業を終えた。


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