翌朝。
少しだけ重たい頭を抱えて、市場で適当に選んだサンドイッチを食べた後、
(みんな元気かしら。久しぶりだから楽しみね)
と微笑みながら、町の中でもひと際目立つ高い塔を目指して貴族街を歩く。
やがて辿り着いた教会本部の門で門番の衛兵に、
「今日、冒険者が3人来ることになってるんだけど、もう来てる?」
と訊ねるとすでに来ているというので、私は急いで中へと入っていった。
本部の建物の中に入って受付の辺りを見回す。
すると、3人はホールの隅に置かれた待合用のソファに腰掛けていた。
「ごめん。待った?」
と声を掛けながら3人のもとへ歩み寄る。
「あ!ジル、待ってたよ!」
とアイカが相変わらず元気な声を上げ、3人がソファから腰を上げた。
お互いに、
「久しぶり」
と挨拶をして握手を交わす。
「なんかここ緊張するね」
というアイカに、
「あはは。私もつい最近になってようやく慣れてきたわ」
と苦笑いで答え、3人で談笑していると、奥から教会長さんのメイドのサリーさんがやって来て、
「おそろいですね。ご案内いたします」
と、いつものように淡々とした口調で私たちに声を掛けてきた。
「あ、はい。お願いします」
と私が答え、
「では」
と短く応じるサリーさんの後にみんなで続く。
途中。
いつものように、教会長さんの執務室へ続く廊下を歩きながら、アイカ、ユナ、ベルの3人が、
「うわー…。なんかすごいね」
「ええ。なんだか荘厳な感じっていうのかしら?」
「そうね。なんていうか威厳があるわね」
と周りをきょろきょろと見回しながらそう感想を述べた。
「おおよそ400年前、かのルイ・サボーの手によって建造されております」
と先頭を行くサリーさんがひと言この建築がどういうものかを解説してくれたが、その「かの」と言われた人物を誰も知らないようだったので、私が、
「昔の有名な建築家なんだけどね、強烈な聖女信者だったらしいわ。…まぁ、私に言わせれば、お近づきになりたくない感じの痛いおっさんね」
と個人的な見解付きで、注釈を加えてあげる。
すると、
「こほん」
とサリーさんが小さく咳払いをした。
私もみんなもその咳払いを苦笑いで受け止めつつ歩く。
すると間もなく教会長さんの待つ執務室の前に到着した。
「失礼いたします。皆様をお連れいたしました」
とサリーさんが中に声を掛けると中から、
「どうぞ」
と声がする。
その声を聞いたサリーさんが、
「どうぞ、中へ」
と言って扉を開けてくれると、私たちは
「失礼します」
と一声かけて執務室へと入っていった。
まずは私が、
「お久しぶりです」
と私が教会長さんに向かって礼を取る。
そして、3人も私に続いて見様見真似の礼を取った。
「うふふ。お久しぶりね。聖女ジュリエッタ。そして、他のみなさんは初めまして。教会長をしている、ルミエール・メイエンフリートよ。よろしくね」
と挨拶がてら自己紹介をしてくれる教会長さんに、ユナが、
「も、申し遅れました。私はユナ、そして、こっちがアイカでその隣にいるのがベルと申します」
と緊張気味に、やや慌てて自分たちの名を名乗る。
教会長さんは、そんな挨拶を受け、
「まぁ、みなさん可愛らしい方ばっかりね。うふふ。これからも聖女ジュリエッタを助けてあげてね」
と、いかにも気さくに微笑んだ。
「「「はい」」」
とみんなが緊張気味ながらも頼もしい返事をすると、教会長さんはまた微笑んで、
「うふふ。よろしくね。さぁ、まずはおかけになって」
と言ってみんなにソファを勧め、まずは自分が座る。
私たちはそれぞれに「失礼します」と断って、教会長さんの前に座った。
「まずはお茶にしましょう」
教会長さんがそう言うと、おそくら前もって準備しておいたのだろう、本当にすぐにサリーさんがお茶の用意を始める。
そして、全員の前にお茶が配られると、教会長さんは、サリーさんに何やら目配せをした。
「かしこまりました」
と言って、サリーさんが部屋から出て行く。
「さぁ、最初は今後の予定についてお話しましょう」
と言うと教会長さんはひと口お茶を飲み、
「皆さんだいたいのことはご承知だと思うけど、まずは教会の現状と聖女ジュリエッタに依頼していることを簡単に説明するわね」
と言い、これまでのことを極々簡単に説明してくれた。
一通りこれまでのことを説明し終え、
「このお仕事は民にとって重要なお仕事です。どうか、これからも協力してください」
と言って、頭を下げる教会長に、みんなが、
「い、いえ。こちらこそ」
「ええ。重要なお仕事が出来てこちらこそ光栄です」
「それに、ジルと冒険するのは楽しいですし」
とみんなそれぞれに答えてくれる。
その返事を聞いて私もそうだが、教会長さんも嬉しそうに微笑んだ。
いったん話が落ち着き、
「冷めないうちにお飲みになって」
という教会長さんの言葉で、それぞれがお茶を口に運ぶ。
相変わらず美味しいその紅茶でみんなが一息吐くと、そこへ扉を叩く音がして、外から、
「お持ちいたしました」
というサリーさんの声が聞こえた。
「ありがとう。お願い」
という教会長さんの言葉で扉が開き、台車を押したサリーさんが部屋に入って来る。
その台車の上には大きな木箱が乗せられていた。
「うふふ。お約束の武器ですよ」
という教会長さんの言葉に3人の目が輝く。
やはり新しい武器という言葉は冒険者を興奮させるものだ。
みんながうずうずとした感じでいると教会長さんは微笑みながらさっそくサリーさんに目配せをして、その木箱の蓋を開けさせた。
「さぁ、手に取ってご覧になって」
という言葉にまっさきにアイカが反応し、
「ありがとうございます!」
と言って席を立つと、さっそく木箱の中から盾とメイスを取り出し、
「うっわー…」
と嬉しそうな顔で感嘆の声を漏らした。
「失礼します」
と言って、ユナとベルもそれぞれ席を立つ。
2人も同様に箱から弓と剣を取り出すと、
「まぁ…」
「これは…」
という、うっとりとしたような興奮したような声を漏らした。
「うふふ。気に入ってもらえたかしら」
と言って微笑む教会長さんに、
「「「はい。ありがとうございます!」」」
と、3人の声が声をそろえて礼を言う。
「よかった。整備はバルドさんにお願いしておいたから、あとで聖女ジュリエッタから聞いてね」
「「「はい」」」
「うふふ。これからもよろしくね」
「「「はい!」」」
みんなが笑顔で返事をすると、教会長さんも満足そうに続いて、今後の予定の打ち合わせに入った。
今のところ、ユナとアイカは同じクレインバッハ侯爵領近郊の村に拠点を置いているが、ベルは王国の東側、リッツフェルド公国やラフィーナ王国に近い場所に拠点を構えている。
そのことについて教会長さんから、しばらくの間はいいが、これからのことを考えてそれぞれが同じような所に拠点を移さないかという話が出た。
「私たちは別に構わないけど…」
とユナが言ってアイカもうなずく。
「ええ。私もどこでもいいわ」
とベルも賛同するが、私は少し迷う。
あの家を出て行かなければならなくなると思うと寂しく重たい気持ちが湧き上がって来た。
「…私は…」
と言い淀む。
そんな私の態度にアイカが、
「ああ、そっか。ジルは今の拠点かなり気に入ってるって言ってたもんね」
と言いなにやら考え始めた。
「たしか、チト村だったわね」
というユナに、
「ええ」
と答えると、ユナとベルも考え込み始める。
私はいったいなんだろうかと思って、
「あの…」
と一応なにか言葉を発しようとするが、何を言っていいのかわからずまた言い淀んでしまった。
すると、アイカが、「うん」とうなずいて顔を上げ、
「ねぇ。じゃぁしばらくの間、そのチト村を拠点にしようよ。どうせギルドで依頼を探さなくてもいいんだし、のんびりできそうじゃん?」
と言う。
その言葉に、ユナとベルも、
「そうね。いいかも」
「ええ。じゃぁ決まりね」
と言って、即決した。
私は慌てて、
「え、いや、でも…」
と3人に声を掛ける。
そんな私にユナが、
「ねぇ、私たち3人が住めそうな空き家ってある?」
と聞いてきた。
「え?あ、ああ、えっと、たぶん…」
と、おそらく村長に聞けば空き家の1軒や2軒見つけてもらえるだろうし、大工の手もすぐに入れてくれるはずだと思いつつユナに答える。
すると、今度はベルが、
「じゃぁ、ジルは適当に空き家を探しておいてね。見つかったらすぐに行くわ」
となんでもないことのようにそう言った。
「え?でも…、いいの?」
とみんなに聞く。
すると、みんながクスクスと笑って、
「もちろん!」
「ええ。かまわないわ」
「そうね。身軽な冒険者稼業だもの。引っ越しなんて楽なものよ」
と笑顔で答えてくれた。
私はなんだか、自分がわがままを言っているようで申し訳ない気持ちになる。
しかし、そんな私の気持ちを察してくれたのだろう、ベルが、
「いいのよ。その村のこと相当気に入ってるんでしょう?遠慮しないで」
と言ってくれた。
「ありがとう」
と言ってみんなに頭を下げる。
「うふふ。水臭いのは無しよ」
「そうそう」
と言ってくれるユナとアイカの言葉で私は顔を上げ、もう一度、
「ありがとう!」
と笑顔でみんなに心かの感謝を込めてそう言った。
「うふふ。いい仲間を持ちましたね。聖女ジュリエッタ」
という教会長さんの言葉でみんながハッと我に返り、
「す、すみません」
と私が謝る。
「いえ。とってもいいものを見せてもらいましたよ」
とにこやかに微笑みながら発せられた教会長さんの言葉に、私たちはみんな照れてしまい、
「えへへ」
とイタズラを軽く叱られた子供のような顔で、お互いに見つめ合って微笑んだ。
やがて、笑顔のうちに打ち合わせが終わる。
私たちは、新しい武器と笑顔を携えて教会本部を後にした。