リエリ村を出てから7日。
裏街道と表街道が交わる割と大きな宿場町、リコリスの町に入る。
ここまで2つの村で仕事をしてきた。
どちらも目立った異常は無く、今のところは順調に行っている。
仕事をするべき村はあと3つ。
そのうちのひとつ、次に向かうディーラ村も少し怪しいと踏んでいる。
リエリ村同様、それほど重大なことにはなっていないようだが、資料によると、昨年は少し蕎麦の収量が少なかったらしい。
ディーラ村は宿場町の隣にあるだけあって少し大きな村で宿屋も銭湯もあるようだからそのまま、まっすぐ向かってもいいかと思ったが、私はいったんこのリコリスの町で食料を調達し、ゆっくりと体を休めてから万全の態勢で向かうことにした。
まずは馬房に向かい、少し甘え気味のエリーを撫でて荷物を降ろしてやる。
そして、私はいつものように適当な安宿を探しに町の中心付近へと向かった。
幸い宿はすぐに見つかり、部屋に入る。
時刻は昼を少し過ぎたくらい。
さて、どうしようかと思ったが私は近隣の状況の確認の意味も込めてギルドへ寄ってみることにした。
いつものように依頼が張ってある掲示板を見る。
すると、これから向かうディーラ村から、鹿の魔物退治の依頼が出ていた。
(うそ…)
と思いながら、よく見てみると比較的新しい。
(ここ最近か…)
と思い、とりあえず状況を聞いてみることにした。
受付のお姉さんに、
「近いうちにこのディーラ村に行く用事があるんだけど、この依頼他に受ける冒険者っていそう?」
と聞いてみる。
すると、そのお姉さんは、
「どうでしょうねぇ…。この寒い時期ですから。冒険者の動きが鈍いんですよ」
と、やや困り顔でそう答えた。
ここリコリスの町からディーラ村へは半日ほどで着く。
私は、迷わずその依頼を受け、明日には向かうと告げてギルドを後にした。
(この辺りは焼酎が美味しいから期待してたんだけど…。この依頼が終わるまではお預けね…)
と思って、少しため息を吐きつつ、とりあえず食料を仕入れに商店街へと向かう。
比較的大きな宿場町だけあって物資は割と充実していた。
適当に町をぶらつきながら食料を調達する。
見て回った感じだと、良さそうな蕎麦屋が何軒か見つかった。
(…くっ。蕎麦が美味しいとは聞いていたけど、今日は無理よね。…だってあれはお酒が欲しくなっちゃうもの)
と思いながら、宿に戻る。
そして、銭湯に向かって旅の疲れをゆっくり癒し、泣く泣く蕎麦を諦めると、適当な定食屋で生姜焼き定食をかき込み、その日は早々に床に就いた。
翌朝早く。
さっそくディーラ村に向かう。
予定通り半日ほどで村に着き、村長宅へと向かった。
聖女でもあり、依頼を受けた冒険者でもあると明かして驚かれるといういつものことを繰り返し、苦笑いしつつも、今回ばかりは悠長なことは言っていられないだろうと思い、さっそく祠に案内してもらう。
すると、予想通り、魔素の流入量が減り、浄化の魔導石の調整も雑な物だった。
(なにやってんのよ…)
といつものごとく憤りつつ、調整を済ませる。
そして、その日はさすがに移動できないと思い、村長宅に泊めてもらうと、翌朝、さっそく森へ向けて出発した。
いつものように初日はサクサクと進み、野営の準備を整え、魔素の流れを読む。
するとまだ遠くだが、はっきりと魔素が淀んでいる気配を掴んだ。
(ちょっと、なんでこんなことになってるの?)
と、思いつつもその日はゆっくりと体を休める。
そして翌朝早く、昨日魔素の淀みを確認した方向へと歩を進めた。
やがて空気の淀みが濃くなってくる。
痕跡もはっきりと確認できた。
笹薮は見事に貪り食われ、木の皮にもかじられた跡がある。
その無残に荒らされた光景に胸を痛めながら丹念に痕跡を追ってくと、ついにやや開けた場所でのんびりと休んでいる鹿の魔物を発見した。
(食後の休憩ってところかしら…)
そう思いながら、まずはじっくりと観察する。
体長は2、3メートルほどの大きなオス。
頭にはいかにも凶悪そうなヘラ状の大きな角が生えていた。
(意外と大きいわね)
そんな感想を持ちつつも、
(足場はいいし、戦いやすい。1匹ならなんとかなる)
そう思って軽く深呼吸をし、静かに気を練る。
そして、意を決すると、私はゆっくりとその鹿の魔物のいるほうへと足を踏み出した。
私の存在に気が付いた鹿の魔物がぴくんと反応して、ゆっくりと立ち上がる。
「ブモォォ!」
と野太い声を発した。
角をこちらに向けてくる。
あちらも臨戦態勢に入ったようだ。
私はゆっくり薙刀を中段に構え、鹿の魔物と対峙した。
鹿の魔物がのそりと動く。
おそらく私との間合いを測っているのだろう。
徐々に間合いを詰め、自分の射程に入った瞬間、一気に飛び掛かって来るはずだ。
私はその瞬間に立ち遅れないようにしっかりと相手の動きを見定めつつ、さらに気を練った。
ひりつくような時間が過ぎる。
やがて、
(来る!)
私がそう思った瞬間、鹿の魔物が一気に私の方へと突っ込んできた。
その角を何とか柄でいなし、横に飛ぶ。
転びそうになるところを何とかこらえて薙刀を構えなおした。
しかし、すかさずそこへ「ブン」という音とともに鹿の魔物の角が私に向かって振られる。
私は少し慌ててその角を柄で受けるが、その一撃のあまりの重さに今度こそ体勢を崩してしまった。
「うわっ…」
と思わず声を出す。
しかし、とっさに薙刀を回し受け身を取りながらも、鹿の魔物の前膝辺りを軽く斬りつけた。
鹿の魔物が、
「ブモォォ!」
と明らかに嫌がるように声を上げ、斬りつけられた前脚を跳ね上げる。
その隙に私は立ちあがり軽く突きを放った。
今度は肩の辺りに突き刺さる。
すると鹿の魔物は激高して、その角を大きく上段から私めがけて振り下ろしてきた。
私はその攻撃をいったん柄で受けて斜めにいなすと、すぐさま鹿の魔物の横をすり抜けるように踏み込み、すれ違いざまにその胴を薙ぎ払った。
「ブモォォ!」
という声が上がる。
おそらく断末魔というやつだろう。
そう思いながらも私は油断なく振り返り、まだビクンビクンとして、角の生えた頭や脚をジタバタさせている鹿の魔物の隙を見てその首筋にとどめの一突きを入れた。
完全に沈黙した鹿の魔物から魔石を剥ぎ取る。
その他に今回私が持って帰れるのは一塊の肉くらいだろう。
皮と角は村人か他の冒険者に任せてもいいはずだ。
そう思って私は簡単に作業を済ませると、いつものようにその場を丹念に浄化した。
「さて、今夜は鍋かしら?いや、ステーキもいいわね…」
と独り言をつぶやき、その場をさっさと後にする。
何はともあれ、一時的ではあっても村は窮地を脱したはずだ。
私は自分の仕事に一定の満足感を持ちながら、少しだけ村の方に戻ると、日が暮れ始めたのを見て、そこで野営をすることにした。
戦いの中で緊張していたからだろうか、少し肉肉しい物が食べたいような気持になってその日はステーキを選択する。
ジュージューと音を立てて焼ける肉の香ばしさに、すぐにでも食らいつきたくなるのをこらえて、いったん肉を休ませるという工程を挟み、頃合いを見て、さっそく肉にかぶりついた。
獲れたての肉は微かな野性味はあるものの、程よい弾力でうま味が強く、なかなかの味。
(うん。なかなかね。もう一塊あるから村長にはいいお土産になるわ)
と思いながら、またガブリとかぶりつく。
粉スープをお湯で溶いただけのスープとパンもお腹に入れると、冒険中にも関わらずけっこうお腹いっぱいになってしまった。
(ちょっと食べすぎちゃったわね)
と苦笑いで、このくらいの量ならなんとも思わないであろうアイカのことを思い出す。
そして、
(ユナとベルがいたらお米も炊いたのにな)
と意外と米好きな2人のことも思い出して、自然と顔を綻ばせた。
一仕事終えた満足感、たっぷりとお肉を食べた満腹感、そして、みんなのことを思い出してほっこりとした気持ちを抱え、私は野営中とは思えないほどほんわかとした気持ちで、熟睡しないように気を付けながらその日は早めに体を休めた。