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第78話冬休み01

ジミーとの稽古が私の日課に加わってから3日。

(あとちょっとって所までいったんだけどなぁ)

と今日もまた勝てなかったことを悔しく思いながらアンナさんの家の玄関をくぐる。

すると、いきなりユリカちゃんが無言で飛びついてきた。

「ど、どうしたの!?」

と慌ててユリカちゃんを抱きとめながらなにかあったのかと聞く。

すると、ユリカちゃんは私の足にしっかりとしがみつきながら、ひと言、

「…お手紙」

と言った。


どうやら私のいない間に教会長さんからの手紙が届いていたらしい。

私はゆりかちゃんを抱きかかえ、今にも泣きそうなその背中をぽんぽんと叩きながら、

「大丈夫」

と一声かける。

そして、ユリカちゃんを抱き上げたまま、手紙を取りにリビングへと向かった。


さっそく手紙を開く。

すると、そこには、

『冬の間は近隣の村を周って浄化の魔導石の状況調査をしてちょうだい。緊急事態が無い限り春までは依頼を出さないつもりよ』

と書かれていた。

周る地域を地図で確認してみると、チト村の北側に集中している。

添付された資料を読んでみるが、特に異常が発生している兆候はない。

もちろん何があるかわからないから気を引き締めて行かなければならないだろうが、今回は冒険者としての仕事というより、はぐれ聖女としての仕事が主になるから、幾分気楽なものだ。

おそらく教会長さんが気を利かせてくれたのに違いない。

私はそんな教会長さんの心遣いにほんの少しだけ感謝しつつ、巡るべき行程を辿りながらおおよその日数を計算してみた。

調査に立ち寄る村は10か所ほどあるが、一筆書きに行ける所ばかり選んであるから、おそらく1か月と少しあれば回りきれるはずだ。

そうなると、冬のうち半分はチト村で過ごせることになる。

私はそう簡単に見立てると、私の横でしょんぼりしているユリカちゃんの頭を軽く撫でてあげながら、

「またお仕事だけど、それが終わったら冬の間はお休みしていいって書いてあったわ」

と簡単に今回の予定を説明した。

するとユリカちゃんは私を見上げて、「こてん」と首をひねる。

「うふふ。つまりね、今回のお仕事が終わったら、長くお休みがもらえることになったのよ」

と、また同じことを説明する。

すると、ユリカちゃんはやっと事情を飲み込めたのか、ほんの少し笑顔を取り戻して、

「じゃぁ、帰ってきたらいつもよりたくさん遊んでもらえるの?」

と聞いてきた。

私はそんなユリカちゃんに

「ええ。雪合戦もできるし、リリトワちゃんごっこもたくさんできるわよ」

と答える。

すると、ユリカちゃんはさらに笑顔を取り戻し、

「お仕事頑張って、早く帰って来てね!」

と言ってくれた。


翌日はのんびりと準備に充てて、翌々日。

幾分か寂しそうにしながらも、笑顔で手を振ってくれるユリカちゃんに何度も手を振り返して出発する。

そして、いつも通りジミーに、

「頼んだわよ」

と声を掛けると、いつものように裏街道へ向かって進んで行った。


最初の目的地、チト村の2つ先の村、ボーラ村には今日中に着く。

教会長さんから送られてきた資料を見ても異常は無かった。

おそらく教会長さんは、いくつかの村を回った結果を見て、どの程度の経験を持っている聖女に問題があるのか、そしてそれに対してどういう教育が必要なのかをあぶり出したいと思っているのだろう。

これだけ一気に調査をすればその点が少しは明らかになるはずだ。

そうなると、この調査は教会の今後の教育方針にも関わって来る。

私はしっかり調査することを改めて誓いながら先を急いだ。


予定通り、夕方。

ボーラ村に着く。

さっそく村長宅を訪ねて聖女であることを示し、明日、浄化の魔導石を簡単に確認させてもらうことを告げて今晩の宿を請うた。

村長に話を聞くが、やはりなんの異常も無いと言う。

私は、

「我々の気付かないところで、何かあったんでしょうか?」

と心配そうに聞いてくる村長に、

「いえ。ちょっとした確認でこの辺りの村を回っているついでですから何も心配ありませんよ」

とだけ答え、その日は早々に休ませてもらった。


翌朝。

さっそく浄化の魔導石がある祠に案内してもらう。

軽く確認してみたが、多少雑な点はあったものの概ね問題無く、簡単な調整をしただけで、作業は終了した。

村長にも何も問題が無かった旨を伝えて、さっそく次の村へと向かう。

私とエリーは初冬の風にやや身を縮めながらも、のんびりとした気持ちで村と村との間をつなぐ田舎道を進んでいった。


それから、2つほどの村を回り出発してから5日目。

4つ目の村に入る。

時刻は夕方前。

この村には宿屋も銭湯もあるということだったので、さっそく宿を取り、村長宅に挨拶に向かった。

簡単に話を聞き、少し遅い時間で申し訳ないと思ったが、簡単に済むからと言って浄化の魔導石がある祠に案内してもらう。

案の定、ここでもやや大雑把な調整がなされていたが、大きな問題は無く、簡単な調整だけで仕事は終わった。

やや心配そうな村長に、また、

「なにも問題ありませんでしたよ」

と、ちょっとした嘘を交えて報告する。

とりあえずほっとした様子の村長を見て、

(やっぱり聖女の仕事って大切なんだな…)

と改めて感じながら宿に戻った。


まずは銭湯に向かい、旅の埃を落とす。

いつものように、

「ふいー…」

と声を漏らしながら湯船に浸かると、一仕事終えた満足感が広がり、ここまでの旅の疲れが一気に抜け出ていったような気がした。

宿屋に戻り少し身支度を整えると、さっそく食堂に向かう。

定食のパンとスープを後にしてもらって、まずはおかずで1杯やることにした。


お風呂上がりの火照った体にビールを流し込む。

思わず、

「くー…っ」

という声が出た。

今日のおかずはローストチキンとマッシュポテト、それにいろんな野菜のピクルスが付いている。

私は迷わず2杯目に赤ワインを頼み、その渋みと肉の脂の甘味の対比を楽しみながら、ゆっくりと食事を楽しんだ。

ワインは軽く2杯程度で収めておいて、パンと野菜たっぷりのスープでお腹を〆る。

私は程よく満足したお腹を抱えて小さな宿の小さな部屋へと戻っていった。


翌朝。

割と早い時間に目覚めたので、ゆっくりと朝食を取って宿を出る。

次の村は少し遠い。

おそらく途中で野営を挟むことになるはずだ。

だったらのんびり行けばいい。

そんなことを思って、私はのんびりとエリーの背に揺られた。


予想通り、途中で日が暮れ始める。

私はいつものように道の脇にある適当な空き地を見つけると、そこで野営の準備に取り掛かった。

冬用の少し生地の厚いテントを張り、携帯用の小さな焚火台に火を熾す。

まずはゆっくりと暖を取りながらお茶で体を温めた。


ぼんやりとここ最近のことを振り返る。

新しい武器を得て、聖魔法に魔物を弱体化させる効果があるかもしれないということに気が付いた。

そのことが証明されれば、きっと教会や聖女の役割は大きく変わっていくことだろう。

私はその時どう振舞えばいいのだろうか?

いや、私がそういう政治的な動きの中で上手く立ち回れるはずがない。

いざ、そういうことになったら、教会長さんを頼るしかないだろう。

それにおそらくクレインバッハ侯爵や場合によってはエリオット殿下が協力してくれるはずだ。

私はそのことを申し訳なくもありがたく思う。

そう思って、とりあえず、そういう大人の話は棚に上げておくことにした。


次に、自分の実力について考えてみる。

新しい武器を得た。

しかし、私はまだそれを十分には使いこなせていない。

おそらくはあの騎士がやっている気を練って一気に解き放つという技が何かのきっかけになってくれるはずだ。

私はそう確信している。

対人戦の訓練にしてもそうだ。

これまで私の型の中に足りていなかったものをいくつも教えてもらうことが出来た。

それに、短い間とはいえザインさんの教えを受け、ジミーという恰好の稽古相手が身近にいてくれたことも私にとっては幸運なことと言えるだろう。

そう考えると、私はものすごく恵まれている。

温かい家。

頼もしい仲間。

心強い上司。

そして、朧気ながら自分を成長させてくれる道も見つけることができた。

これから先、どうなるかはわからない。

しかし、まずは今進んでいるこの道を真っすぐに進んで行けばいいだろう。

そう思って、少しぬるくなったお茶を口に運ぶ。

すると、私の横でエリーが、

「ぶるる」

と小さく鳴いた。


気が付けば空は幾分暗さを増してきている。

「ごめん、ごめん。そろそろご飯の時間だったね」

と言いながら、私はさっそく調理に取り掛かった。

手早くスープを作り、エリーにはニンジンをあげて一緒に食べる。

私の、

「美味しい?」

という言葉に、エリーが、

「ぶるる」

と嬉しそうに答えてくれた。

私も、微笑んでスープを口に運ぶ。

焚火とスープの温かさに癒され、その日は静かに夜を迎えた。


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