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第77話騎士団長、来たる03

翌日からも稽古が続く。

いつものように型を繰り返し、次はジミーを相手にゆっくりとした打ち合い。

そして、ザインさんから自分の型の弱点を教えてもらった。

その点を忘れないように型に取り入れ、また繰り返すという日々が続く。

そして、いよいよザインさんが翌日には発つというその日、私とジミーで手合わせをすることになった。


ここ数日の稽古で気が付いたが、対人戦においてジミーはかなり腕が立つ。

もちろん、これまでに魔物相手の剣を見てそれなりの腕前だと気が付いてはいたが、対人戦においては私なんかより、はるかに上を行っている。

おそらく、ジミーは最初からそのことに気が付いていただろう。

しかし、私は今回の稽古でようやくそのことに気が付いた。

これまでジミーを何となく侮っていた自分を恥ずかしく思う。

しかし、それはそれとして、目指すべき存在、超えるべき存在がこんなにも身近にいる。

私はそのことを幸運に思って、これからの手合わせに全力で臨もうと密かに気合を入れた。


「では互いに準備はいいかな?」

というザインさんの声に軽くうなずき、ジミーと相対する。

私もジミーも中段に構えをとり互いに見合った。

まずはジミーが動く。

真っ直ぐ私に突っ込んできて、そのまま胴を打つかと思われた所で、急に腰を落とし下から跳ね上げるように木剣を振り上げてきた。

私はそれを何とか後ろに退きながら受け流す。

そして、息つく間もなく叩き込まれた横なぎの一閃を何とか受けると、いったん大きく退いて体勢を整えた。

また突っ込んでくるジミーに突きを放つ、と見せかけて、そのまま右へ薙ぐ。

しかし、それを読まれていたのかジミーに、受けられ、あまつさえ薙刀を跳ね上げられてしまった。

そこで勝負が決まる。

私のガラ空きになった懐にジミーがさっと飛び込み、胴の辺りに木剣を添えられて私は負けた。


悔しさが湧いてくる。

結局私は何もできなかった。

しかし、それでも、

「ありがとうございました」

と言って頭を下げる。

ジミーも、

「ああ。こっちこそありがとう」

と言って頭を下げた。


頭を下げ合う私たちのもとへザインさんがやってくる。

そして、私に向かって、

「ジル殿はここ何日かでずいぶんと成長されたようですな。今後もルークを相手に稽古してやってください。そうすればコイツのサボり癖も少しはマシになるでしょう」

と笑顔で言ってくれた。

私はその言葉にうなずき、

「いい勉強になりました。ありがとうございます」

とザインさんに頭を下げる。

そして、あからさまに面倒くさそうな顔をしているジミーに向かって、

「そういうわけだからよろしくね」

と、いつもの明るい調子で声を掛けた。

「…ったく」

とジミーが苦笑いで答える。

そうして、これからしばらくの間私とジミーは時間があれば一緒に稽古をすることが決まり、ここ最近の稽古漬けの日々は和やかに幕を閉じた。


~~ジミーとザインの会話~~

なんだか晴々とした表情で帰って行くジルをザインのおやっさんと一緒に見送る。

ジルの姿があぜ道の向こうに見えなくなり、俺たちも今日の稽古を終えることにした。

ザインのおやっさんに、

「ありがとうございます」

と声を掛ける。

「ん?」

というおやっさんに、

「ジルのことですよ」

と言った。

「ああ。それなら構わん。久しぶりに活きのいい物を見せてもらった。ふふっ。まるでガキの頃のお前を見ているようだったぞ」

とおやっさんが笑う。

俺はその笑顔に対して、

「おいおい。俺はあんな跳ね返りじゃありませんでしたよ」

と、一応抗議をしておいた。

するとおやっさんはまた、

「はっはっは」

と大きく笑って、

「たしかに、あそこまででは無かったかもしれんな。…独学であれなんだ。お前がぼさっとしてたら、アッと言う間に抜かされるぞ?」

と俺にからかうような目を向けてくる。

俺はそんな視線を苦笑いで受け止め、

「ええ。まったく。恐ろしいもんですよ」

と肩をすくめながらそう答えた。


それを聞いておやっさんはまた、

「ははは。いい競争相手ができたじゃないか。これで少しはここでの生活に張り合いもでるだろう」

と楽しそうに笑う。

俺はまた苦笑いで、

「ええ。もう少し村騎士っていうやつの生活を満喫させてもらいますよ」

と冗談っぽく答えた。

しかし、その返事を聞いておやっさんはその表情を引き締めると、

「ルーク。お館様にはもう少し時間が必要だと伝えておいてやる。その間にしっかり自分の道を見極めろ。お前がどういう道を選んでも誰も文句は言わん。だが、エイミーに胸を張れないような生き方だけはしてくれるなよ」

と俺の目を真っすぐに見据えながらそう言った。

その言葉に俺は黙って頭を下げる。

そんな俺の肩をおやっさんは軽く叩いて、

「大丈夫だ」

と言ってくれた。


~~再びジル視点~~

充実の稽古を終えて、あぜ道を歩く。

新しい目標が出来たからだろうか、体は疲れているはずなのに、行きよりも足取りは軽い。

私はどこかウキウキとした気持ちでアンナさんの家を目指した。


「ただいま」

と明るく声を掛ける。

すると、

「おかえりなさい、ジルお姉ちゃん!」

という元気な声が聞こえてユリカちゃんが嬉しそうに私のもとへと駆け寄って来た。

「あのね、お昼ナポリタンだって!」

という、ユリカちゃんの嬉しそうな声についつい私も顔を綻ばせてしまう。

「やったね!」

と言って軽くハイタッチを交わし、

「早く、早く!」

と急かすユリカちゃんに手を引かれながら私は食卓へと向かった。


小さな食卓に美味しそうなナポリタンが並ぶ。

みんなでいっせいに、

「いただきます」

と言って食べ始めると、小さなダイニングに笑顔の花が咲いた。

「おいしいね!」

と口の周りを赤くしながら、ユリカちゃんが満面の笑みを浮かべる。

私はその口の周りを軽く拭いてあげながら、

「うん、美味しいね!」

と、こちらも満面の笑みを返した。

晩秋の弱い、しかし、温かい日差しが窓から差し込み、食卓をキラキラと輝かせる。

私はその光景を幸せに感じながら、楽しい昼食の時間を過ごした。


翌朝。

ザインさんの見送りに向かう。

私が詰所に着くと、すでにザインさんは出立直前という様子だった。

「すみません。お待たせしましたか?」

と聞く私にザインさんは軽く首を横に振り、

「いいえ。たった今出てきたところです」

と言ってくれた。

私はそんなザインさんに、

「お世話になりました。ありがとうございました」

と言って頭を下げる。

すると、ザインさんは、にこやかな笑顔で、

「こちらこそ、楽しませてもらいましたよ」

と答えてくれた。

そしてザインさんはジミーに振り返り、

「しっかりな」

と声を掛ける。

ジミーもそれにうなずき、2人は握手を交わした。

短いやり取りに色々な思いが込められている。

私は、そう感じた。


やがて、ザインさんが馬に跨る。

そして、馬上から、私に向かって、

「これのことをよろしくお願いします」

と声を掛けてきた。

私はその言葉に、苦笑いで

「はい」

と答える。

すると、ザインさんはにっこりと笑って、後ろ手に手を振りながら街道の方へと向かっていった。


やがてザインさんの姿が見えなくなる。

私はザインさんの背中が見えなくなった田舎道をぼんやりと見つめながら、

「さっそく今日からよろしくね」

と、ジミーに声を掛けた。

その言葉にジミーが、

「ああ。お手柔らかにな」

と短く苦笑いで答える。

そんな会話で、その日から私の日課にジミーとの稽古が加わった。


稽古を終え、今日も勝てなかった悔しさと、どこか晴々とした気持ちを抱えてあぜ道を歩く。

晩秋の村の畑には冬野菜の葉が青々と茂っていた。

(もう少ししたらアンナさんのシチューにハクサイがたっぷり入る頃ね)

と呑気なことを考えながら家路をたどる。

ふと、強く吹いた木枯らしに身を震わせた。

「寒っ」

と思わず声を出す。

どうやら稽古でかいた汗が冷えてきたようだ。

私は、

(今日のお昼はシチューだと嬉しいな)

と考えながらそこからはやや足早にアンナさんの家を目指し、急いで玄関をくぐった。


「ただいま」

という声に、今日も元気な、

「おかえりなさい」

の声が返って来る。

私は急いでダイニングに向かうと、開口一番、

「今日のご飯はなに?」

と聞いた。

「あらあら」

とアンナさんが笑う。

そして、ユリカちゃんが、

「今日はジルお姉ちゃんが大好きなクリームシチューだよ」

と今日のお昼の献立を教えてくれた。

「やったね!」

と言って、ユリカちゃんと軽くハイタッチを交わす。

そんな私にユリカちゃんが、

「ジルお姉ちゃん、食いしん坊さんだね」

と言って笑った。

「うふふっ」

とアンナさんも笑う。

「そうだね、今日はたくさん運動したからお腹ペコペコなんだ」

と言って私が笑うとユリカちゃんが、

「あはは。ジルお姉ちゃん、子供みたい」

と言ってみんなで笑い合った。


小さなダイニングに笑顔が広がる。

そして、アンナさんが温かい湯気の立つクリームシチューを持ってきてくれると、今日も楽しい食事が始まった。

「ねぇ、お昼食べたらお人形さんで遊ぼう?」

というユリカちゃんに、

「うん、いいよ」

と笑顔で応える。

温かい食事と楽しい会話のおかげだろうか。

いつの間にか、私の冷えた体はほんのりとした温かさを取り戻していた。


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