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第76話騎士団長、来たる02

翌朝。

ユリカちゃんの温もりを感じながら目覚める。

まだ寝ているユリカちゃんを起さないように私はそっと着替えて裏庭に出た。

納屋から練習用の木の薙刀を取り出し、薪割りに取り掛かる。

台の上に薪を置き、

(魔力を練って、溜めて、一気に解き放つ)

と繰り返しながら徐々に集中を高めていった。

一度、

「ふぅ…」

と息を吐き、しっかりと薪を見据えて自然に薙刀を振り下ろす。

すると、薙刀が台に触れた感触があったのち、薪が2つに割れてコロンと転がった。

(お。今のは割と上手くいったわね)

と、なかなかの手応えに満足しつつも、私はその感触を忘れないうちにまた次の薪を置き、また同じように薙刀を振った。


しばらく続けて、ひと汗かいたところで家の中に戻る。

台所で朝食を作ってくれているアンナさんに挨拶をして、いったん部屋に戻った。

まだ眠そうなユリカちゃんを起こして一緒に身支度を整える。

そして、みんな揃って小さな食卓を囲みいつものように暖かい朝食を食べた。


学問所へ行くユリカちゃんを見送り、私は自室に戻る。

今日は何をして過ごすか。

読書や薬作りと迷ったが、今日はジミーを訪ねてみることにした。

最近、少しずつではあるが、あの騎士の剣が身に着き始めているような気がする。

こういう時は、方向性が合っているかどうか、一度見てもらった方がいいだろうと思い、さっそく練習用の薙刀を小脇に抱えて、村の門のところにある詰所へ向かった。


あぜ道をてくてく歩き、詰所に着いたところで、

「ジミー。いる?」

と、気軽に声を掛ける。

しかし、返事がない。

(あら。珍しくお出かけ?また、森にでも行ってるのかしら)

と思って、仕方なく引き返そうと思った時、詰所の裏の方から、なにやら音が聞こえたような気がした。

ふと気になったので、裏に回ってみる。

すると、そこではジミーとあの騎士団長が木剣を持って剣の稽古をしていた。


しばらく見ていたが、どうやらジミーが少し押されているようだ。

ジミーの素早い動きに対して、騎士団長、たしか、ザインさんと言ったか、は割と余裕を持って、ジミーの剣を捌いている。

私が、

(へぇ、2人ともすごいじゃん…)

と、なんとも上から目線の感想をもっていると、やがて、ジミーの剣がはじかれた。


一応、悔しそうな顔をするジミーに、

「怠け過ぎだ」

とザインさんが言葉を掛ける。

その言葉にジミーはいつもの調子で、

「休暇中なんですから、勘弁してくださいよ」

と軽く返し、

「いてて…」

と言いながら、手首をさすった。

おそらく最後の一撃で痺れてしまったのだろう。

私がそんなことを考えていると、ザインさんが私を振り返り、

「お久しぶりですな。聖女ジュリエッタ」

と声を掛けてきた。

私も、

「ええ、お久しぶりです。あと、私のことはジルと呼んでください」

と挨拶を返す。

「かしこまりました。ではジル殿と。…で、その薙刀を持っているということは稽古に来られたのですかな?」

と言うザインさんの質問に私は、

「ええ、まぁ…」

と答えるが、そこで思い切って、

「あの、私にも稽古をつけてもらえませんか?」

と願い出てみた。


「ほう…」

と驚いた顔をするザインさんに、もう一度、

「お願いします」

と言って頭を下げる。

しかし、ザインさんは少し困った顔で、顎に手を当てながら、

「うーん…」

と唸った。

一瞬の間が空く。

そこへジミーが、

「そいつなら大丈夫ですよ」

とザインさんにひと言告げた。


「ん?そうなのか?」

と聞くザインさんに、ジミーは、

「ええ。あの薙刀で薪が割れるくらいには」

と言うと、ザインさんの目の色が変わる。

そして、

「ほう…」

と、先ほどとは違う意味の驚きの表情を浮かべた。


ザインさんが数歩動いて私に向き直る。

「私も薙刀というのは初めてですから、お互い勉強になりそうですな」

と言う口調はいかにも温和だが、自然体でただ立っているだけのように見えてまったく隙が見当たらない。

私はそんな立ち姿を見て、

(さすがは騎士団長様ってところかしら…)

と心の中で苦笑いしつつも、気合を入れて、ザインさんに向き合った。


「お願いします」

「ええ。こちらこそお願いします」

と互いに礼を交わして私は脇構えを取る。

ザインさんは八相に構えた。

ザインさんの構えは、一見左側に大きな隙があるように思える。

(ナメられてる?)

一瞬そう思ったが、

(いや、あれはわざと隙を作ってくれているんだ。『稽古なんだから、この隙に打ち込んできなさい』ってところかしら?)

と思い直して、深呼吸して気を練り、軽く一歩踏み込んでまずはザインさんの左足の脛を払いにいった。

その払いをザインさんは木剣を下に向け、左手一本で軽く受け止める。

私は少なからず衝撃を受けながらも、いったん退いて今度は中段に構えた。

自分の気持ちを落ち着かせるように、ひとつ息を吐き、また八相に構え直したザインさんを見る。

そして、今度は先ほどよりもやや深く踏み込むと、また左を払うかと見せかけて、正面から突きを放った。

その瞬間、ザインさんも動く。

そして、気が付けばザインさんの木剣が私の首筋に軽く添えられていた。


「な…」

としか声が出ない。

「型も技もしっかりしています。しかし、対人戦は経験が浅いようですな」

と、木剣を引きながら言うザインさんに私は慌てて、

「あ、ありがとうございました」

と、頭を下げる。

すると、ザインさんも、

「いえ。こちらこそ勉強になりました」

と軽く頭を下げてきた。

その言葉を聞き、私の中でようやく悔しさが湧いてくる。

(遊ばれた…)

そんな思いが強く私の心に滲んできた。


そこへジミーが、

「気にするな、このじいさんは化け物だ」

といつもの軽い調子で声を掛けてくる。

おそらく慰めてくれたのだろう。

しかし、私はその言葉を聞いてさらに悔しさを増した。


「こら。誰がじいさんだ」

と言うザインさんに、ジミーは、

「はっ!失礼しました、団長殿」

と、いつものように軽くおどけて返事をする。

そんな気心しれた仲の微笑ましいやり取りを見ても私の心は晴れなかった。


その後は、型を決めてゆっくりと打ち合う。

ザインさん曰く、私の薙刀は人間を相手にするには少し真っ直ぐ過ぎるのだそうだ。

対人戦はやはり人間を相手に稽古しなければ磨かれない。

そんな話をした流れで、私は明日からもこの稽古に参加することになった。


翌日。

朝食を済ませると、学問所に向かうユリカちゃんを見送って私も家を出る。

詰所の裏に着くとすでにジミーとザインさんが型の稽古を初めていた。

「遅くなりました」

と言って、その中に加わる。

軽く体を動かし、いつもやっているように丹念に自分の型を繰り返しながら、体を温めた。


「さて、はじめますかな」

というザインさんの言葉をきっかけに、私とジミーがゆっくりとした打ち合いを始める。

そこへ時々ザインさんが指導をしてくれて、私に対人戦の呼吸というものを教えてくれた。

2、3時間も稽古しただろうか。

気が付けば私もジミーも汗だくになっている。

「さて、ジル殿。今日はこのくらいにしておきましょう。ああ、ルークは午後もあるからそのつもりでいるように」

というザインさんの言葉に私は、

「ありがとうございました」

と頭を下げ、ジミーは、

「マジっすか…」

とげんなりした言葉を口にした。


そんな師弟のやり取りを今日は微笑ましく見つめる。

今は悔しさよりも、

(ザインさんがいる間に少しでも多く学ばせてもらわなくっちゃ)

という思いの方が強い。

ザインさんが滞在するのはあと10日ほどとのこと。

今回の稽古で完璧に上達できるとは思っていない。

しかし、なにかのきっかけはつかめるはずだ。

そう思って私はウキウキとした気持ちでさっそく家路に就いた。


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