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第75話騎士団長、来たる01

リリエラ様と無事に面会できた翌日。

晴々とした気持ちで宿を出る。

まずは市場に寄り、食料の補給を済ませた。

寒くなりはじめて旬を迎えたニンジンをたんまりと買い込み、エリーの喜ぶ姿を思い浮かべながら馬房に向かう。

馬房の世話係のおっちゃんに適当に挨拶をしてエリーのもとへ向かい、

「お待たせ」

と声を掛けてまずは、たっぷりと撫でてあげた。

いつもより少し甘えてくるエリーに、

「ニンジンたっぷり買ってきたわよ」

と言って、何本かニンジンをあげる。

「ひひん!」

と鳴いて美味しそうに食べるエリーをまた撫でてやりながら、

「ふふっ。美味しかった?」

と笑顔で声を掛けた。


「さて。荷物を積んだら出発よ」

と声を掛け、エリーに荷物を積ませてもらう。

やがて、荷物をあらかた積み終わると、エリーがソワソワし始めた。

おそらく出発が待ち遠しいのだろう。

そんなエリーに苦笑いしながら、跨らせてもらう。

「よし。行こう」

エリーにそう声を掛けて、軽く前進の合図を出すと、エリーは、

「ぶるる!」

と鳴き、楽しそうな足取りで歩き始めてくれた。


無事に王都の門をくぐり、いつものように進むこと4日目。

明日にはチト村に着く。

そんな場所で、日が暮れてきたのを合図に適当な場所で野営の支度を整え始めた。

いつものように簡単に設営をして料理を作る。

エリーに買ってあげたニンジンがまだ残っているのをみて、今日はポトフにした。

お茶を飲みながらコトコト煮込む。

その時間で、今回の旅のことを簡単に振り返ってみた。


盗賊騒ぎもあったが、やはり一番の収穫は教会長さんとの面談で、これからもみんなの協力を得たいということが了承されたことだろう。

(…まぁ、新しい武器ってのはちょっと吹っ掛けすぎかな?と思ったけど、結果大丈夫だったからいいのよね?)

と、ほんの少しの反省をしつつ、これからもみんなで冒険できるようになったことをまずは喜ぶ。

しかし、大切なのはその後だろう。

あの仮説、聖魔法が魔物を弱体化させるということを証明したいのなら、魔物との戦闘中に実際に試して、その強弱の変化を捉える必要がある。

あの魔法を使っている時、私は無防備だ。

それに、私という戦力が減る分、みんなにも負担を強いてしまう。

そういう考えに至ると、そこで急に、

(みんなを危険に巻き込むことになるけど、みんなは了承してくれるかな?)

という不安に襲われた。


私は、なんの疑いも無く、みんなはきっと協力してくれるだろうと思い込んでいたが、断られる可能性だってある。

(あれ?なんで私その可能性を考えていなかったんだろう?)

そう思うと、段々と不安な気持ちが増してきた。

その不安をかき消すように、ぶんぶんと頭を振る。

(大丈夫、みんなきっとわかってくれるわ)

そう思うが、どうにも気分が晴れない。

すると、

「ぶるる!」

とエリーが鳴いた。


慌ててハッと我に返る。

どうやら私はエリーが心配になってしまうほど、イジイジと落ち込んでしまっていたらしい。

私が顔を上げて振り返ると、エリーがすぐそばまで寄って来て、顔を擦り付けてきた。

きっと心配してくれているんだろう。

私は、

「大丈夫よ」

と言ってその顔を撫でる。

(エリーにまで心配かけて…。なにやってんのよ)

そんなことを思うと、余計な想像でグジグジと落ち込んだり悩んだりしている自分が急に恥ずかしく思えてきた。


気を取り直すように、まだ少しだけ温かいお茶をひと口飲む。

「ふぅ…」

と一つ息を吐く。

また私の横で、

「ぶるる…」

と小さく鳴いて心配そうにしているエリーに、

「ありがとう。大丈夫よ」

と言って、また撫でてあげた。


やがて、私の鼻腔をポトフのいい香りがくすぐる。

「さて。そろそろかな。今日も一緒に食べようね」

と言って立ち上がり、荷物の中から私の食器とエリーのニンジンを取り出し、食事の準備を整えると、

「いただきます」

と、あえて元気な声を出し、さっそく熱々のポトフを口に運んだ。


「あっふ…」

と思わず言ってハフハフすると、晩秋の夜の空気を私の息が白く染める。

私の隣で、エリーがまた、

「ぶるる」

と鳴いた。

おそらく美味しいと言っているんだろう。

私もひと言、

「美味しいね」

と返して、また、はふはふしながらポトフを食べる。

また白く染まった息が晩秋の夜に溶けていった。


翌朝。

すっきりとした気持ちで目を開ける。

昨日の不安は完全になくなったわけではないけれど、一晩経ってずいぶんと落ち着いた。

(きっと大丈夫)

今は前向きにそう思える。

(きっとみんな協力してくれるはずよ。それを信じましょう)

という気持ちが大きい。

(きっとエリーが励ましてくれたおかげよね)

と思って、今日も朝から元気に甘えてくるエリーをこれでもかというくらい撫でてあげた。


簡単に朝食を済ませて出発する。

エリーの背に揺られながら感じる空気には確実に冬の気配が漂っていた。


ほどなくしてチト村の門が見えてくる。

私はいつものようにジミーに声を掛けた。

「ただいま」

と明るく声を掛ける。

すると、詰所の奥から、

「おう」

と声が聞こえた。

いつもののんびりとした返事に、

(ああ、村は平和だったのね)

と安心感を覚えつつ、

「ちゃんと仕事してたんでしょうね?」

と半分笑顔でわざとらしく問い詰める。

するとまた奥から、

「ああ。一応な」

と、いかにも苦笑い交じりの声が聞こえてきた。


その返事に私は心の中で苦笑いを浮かべつつ、

「じゃぁ、また厄介になるから頼むわね」

と声を掛けて、さっそくアンナさんの家に向かおうとする。

すると、詰所の中からジミーがひょっこり顔を出して、

「近いうちに団長が来ることになった。挨拶くらいさせてやってくれ」

と、少し面倒くさそうな表情でそう言ってきた。

私は一瞬何のことだろうか?と思ったが、

(ああ、そう言えばクレインバッハ騎士団の団長さんがそんなこと言ってたわね)

と思い出し、

「ええ。わかったわ」

と答え、エリーに前進の合図を出すとジミーに向かって後ろ手に手を振りながら、さっさと村の中に入っていく。

そして、いつものようにアンナさんの家の裏庭に入った。


裏庭に入ろうとした瞬間、

「おかえりなさい、ジルお姉ちゃん!」

という声が掛けられる。

どうやらユリカちゃんは裏庭で、遊んでいたらしい。

そんなユリカちゃんに、

「ただいま!」

と声を掛け、私はさっそくエリーから降りた。

いつものように飛びついてくるユリカちゃんを抱き上げ、頬ずりをする。

2人して、「うふふ」とくすぐったそうに笑い合っていると、奥からアンナさんも出てきて、

「おかえりなさい」

と声を掛けてきてくれた。

「ただいま」

とこちらにも挨拶を返し、ひとまずユリカちゃんを地面に降ろす。

「うふふ。今回のお土産はお人形よ」

と言って、頭を撫でてあげると、ユリカちゃんは、

「やったー!」

と無邪気に喜んでくれた。


「ふふっ。荷物を運び入れたら。一緒に遊びましょう。着せ替え用の服も買ってきてあるの」

私が追加で、そういうと、ユリカちゃんはますます目を輝かせ、

「早く。早くお家に入ろう!」

と私を急かしてくる。

「うふふ。じゃぁお手伝いしてくれるかな?」

と微笑みながらそう言うと、ユリカちゃんは、元気よく、

「うん!」

と答えて重たい荷物を持とうとしてくれた。

もちろん持ち上がらないので、私も手伝って荷物を家の中に運び入れる。

「うんしょ、うんしょ」

と声を掛けながら一生懸命、しかし、どこか楽しそうに荷物を運ぶユリカちゃんを微笑ましく思いながら、私も一緒になって、

「うんしょ、うんしょ」

と掛け声をかけて、勝手口をくぐった。


途端に良い匂いがしてくる。

すると、私たちの後から荷物を持ってついてきていたアンナさんが、

「今日はクリームシチューなの。うふふ。素敵な偶然よね」

と言って笑った。

みんな笑顔で家の中に入っていく。

(ふふっ。今日からまた楽しい日々の始まりね)

そう思って私は、ユリカちゃんと一緒に荷物を運び入れながら、あの小さなリビングを目指した。


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