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第74話報告へ04

翌朝。

意外にもすっきりとして気持ちで起きる。

ただし、体は若干重たい。

(ちょっと飲み過ぎたのかしら?でも、嫌な気は全然しないわね)

と思いながら、水差しから水を1杯飲むと、さっさと着替えて朝食を食べに市場へと出かけた。


(昨日は散々お肉を食べたし…)

と思いながら、適当な屋台でコーンポタージュスープとパン、サラダを買い、軽めに済ませる。

甘じょっぱくて、飲んだ翌日にはもってこいのスープでお腹を温めると、私はさっそく王宮の方へ足を向けた。

おそらく昨日の楽しさがまだ残っているのだろう。

ウキウキとした気分で石畳の道を歩く。

前回リリエラ様と会ってからまだそんなに時間は経っていない。

(急な訪問だし、会えるかしら?)

という一抹の不安を持ちながらもいつものように王宮の一番小さな門へと向かい、顔なじみの衛兵さんに声を掛けた。


前回同様、

「しばらくお待ちください」

と言って、小走りで奥へ向かっていく衛兵さんを見送り、晩秋の王都の冷たい風を感じながら門の側でしばし待つ。

すると、衛兵さんは意外と早く戻って来て、

「どうぞ」

と言ってくれた。

「え?」

と思わず声を出す。

まさかすぐに招き入れられるとは思わなかった。

私は、もう一度、

「え?いいんですか?」

と問い直す。

すると、その衛兵さんは、

「はい。今日は大変お加減も良く、ぜひお会いしたいとのことでした」

と笑顔で言って私を招き入れてくれた。


「大変お加減も良く」と言った衛兵さんの言葉を嬉しく思いながら、リリエラ様の住まう離れに向かう。

いつもの小路には秋の花が咲き誇り、楚々とした香りを漂わせていた。

(相変わらずいいお庭ね)

と微笑ましく思いながら歩く。

やがて、その小路を抜け、玄関の前に来ると、

「いらっしゃいませ、ジュリエッタ様」

とセシルさんが私を笑顔で出迎えてくれた。

「こんにちは、セシルさん。突然すみません」

と軽く頭を下げる。

「いいえ。お嬢様も大変お喜びです。さぁ、どうぞ」

そう言って、セシルさんは私をさっそく中へ案内してくれた。

豪華ではあるが、品があって落ち着いた室内の装飾がいかにも、楚々として美しいリリエラ様に良く似合うと思いながら、セシルさんについて行く。

時刻はまだ昼前ということもあって、まずはサロンへと通された。


「ジルちゃん!」

と嬉しそうな声を上げてリリエラ様が抱き着いてくる。

「うふふ。こんなに早く会えるなんて素敵だわ」

と私を見上げながらそう言うリリエラ様に、私も、

「うん。私も嬉しいわ、リリーちゃん」

と言い、目を合わせて微笑み合う。

その感じがなんともくすぐったくて、

「うふふ」

「ははは」

と2人してクスクスと笑い合った。


「さぁ、お茶にしましょう。今日は調子もいいし、ジルちゃんにも会えた。うふふ。なんていい日なのかしら」

と嬉しそうに私の手を引くリリエラ様の元気な姿を嬉しく思いながら手を引かれるがままについていく。

そして、なんと横並びでソファに座ると、さっそくお茶の時間になった。

素朴な甘さのメレンゲクッキーを食べ、そのほろほろとした食感を楽しみながら、話をする。

クレインバッハ侯爵邸に招かれたことや実家に帰ったことを話すと、特に実家の様子は詳しく聞かれた。


私が帰った時の昼定食は鶏の香草焼きで値段は銅貨5枚だったこと。

賄いにはあの変わり種の親子丼を食べたこと。

常連客の職業や人となり、両親のこと、そもそも居酒屋の雰囲気というもの。

そんな庶民の暮らしの話をして盛り上がる。

リリエラ様にとっては聞くこと全てが新鮮だったようで、

「私もその照り焼きとスクランブルエッグの親子丼が食べてみたいわ」

と羨ましそうな目でそう言った。

私は苦笑いで、

「さすがに、あれは…」

と言うが、リリエラ様は、

「あら、どうして?」

と小首をかしげる。

私が、どう説明したものかと迷っていると、給仕をしてくれていたポーラさんが、横から、

「うふふ。では、お昼はそれにいたしましょう。さすがに丼とはいきませんが」

と、笑いながら言ってくれた。

「まぁ、素敵!」

とリリエラ様が胸の前で手を合わせて大袈裟に喜ぶ。

その姿がなんとも可愛らしくて、私はつい微笑ましく眺めてしまった。

そんな私にリリエラ様が、

「うふふ。おそろいね」

と嬉しそうな声を掛けてくる。

私も、

「ええ。おそろいです」

と言ってまた2人して笑い合った。


楽しいお茶が進み、待望の食事の時間になる。

食堂へ移り、

(さて、貴族様風だとあれはどんな形になるのかしら?)

と私も楽しみに思いながら、あの変わった親子丼が運ばれてくるのをまった。

前菜やサラダに続き運ばれてきたのは、広めのお皿にちょこんと盛られた卵と鶏肉。

どうやらその下にご飯が敷かれているらしい。

(うわー…。綺麗な盛り付け)

と感心しながら、さっそくいただく。

(ん!卵ふわとろ。しかも、けっこうお出汁が効いてる?コンソメかしら。鶏肉も甘酸っぱくて…。ワイン酢ね。とってもいい香り。あ、それにお米はリゾットなんだ。…この短時間で、このアレンジ…。王宮の料理人さんってすごいのね…)

と感心しながら、実家で食べた物とはまったく別物の料理に舌鼓を打つ。

すると、同じくひと口食べたリリエラ様が、

「まぁ…。とっても美味しいわ。うふふ。ジルちゃんはこういう物を食べて育ったのね」

と嬉しそうに微笑んだ。

私は、

(いやいや、こんな手の込んだ物庶民は…)

とも思いつつも、

「あはは…。丼に入っていないだけで、こんなにも違うんですね」

と、楽しそうなリリエラ様の夢を壊さない程度の言葉でその場を収めた。


その後も食事は楽しく進み、チト村の秋祭りの日のことやユリカちゃんやアンナさんと過ごす楽しい日々なんかの話で盛り上がる。

私は、そんな話を聞くたびに、

「楽しそうね」

と目を細めながらも、どこか寂しそうな表情をするリリエラ様に少しだけ心を痛めながらも、なるべく楽しく聞いてもらえるようにやや大袈裟な身振り手振りを交えて普段の生活のことを話して聞かせた。


そして、楽しい時間ほど早く終わる。

またサロンに移り、食後のお茶を楽しんでいると、

「お嬢様、そろそろ…」

と、セシルさんから声が掛けられた。

リリエラ様が、

「えぇー…」

と子供みたいな声を上げる。

私も少し困ったような笑顔で、

「もう少しお話がしたかったです」

と正直な感想を述べた。

「………」

リリエラ様が無言でセシルさんを眺める。

しかし、セシルさんは苦笑いで、

「お体に障りますよ」

と、答えた。

「…はーい」

と、リリエラ様がまた子供っぽい返事をする。

この喜怒哀楽を素直に出す所、しかし、それでもその気品をまったく損ねないところがリリエラ様の魅力だ。

私はそんなことを思いながら、

「また、すぐに伺います」

と言って、残り僅かな紅茶を飲み干すと、静かに席を立った。


名残惜しさを心の底から感じつつ玄関へ向かう。

玄関先まで見送りに出て来てくれたリリエラ様と軽く抱擁を交わし、また、

「きっとすぐにきてね」

「ええ。必ず」

という言葉を交わして私は離れを後にした。

午後。

晩秋の風は朝より少し温んでいる。

私はその爽やかな風と庭に咲く花々のほのかな香りを感じながら王宮の外へとつながる小さな門をくぐった。


嬉しい気持ちと寂しい気持ちの両方を抱えて石畳の道を歩く。

日はまだ傾いていない。

(さて、今回のお土産は何にしようかしら?)

と思いながら、私はまず主に裕福な商家や貴族を相手にするおもちゃ屋へと足を向けた。


少し抵抗を感じながらも思い切って店に入る。

少しは怪訝そうな目で見られるかと思ったが、意外にも、

「いらっしゃいませ」

と、にこやかに対応してくれる店員さんをありがたく思いつつ、いくつかのぬいぐるみや木のおもちゃを手に取って眺めた。

ふと、女の子を模した木のおもちゃに目が留まる。

(あら。これって着せ替えが出来るのね)

と思いながら、その横に何着もの人形用の洋服が飾られているのを見て、

(…このくらいならアンナさんがちゃちゃっと作ってくれそう)

と思ったら、急にその人形で遊ぶユリカちゃんの楽しそうな表情が浮かんできた。


「すみません、これください。あと、着せ替え用の服…えっと、ああ、このメイドさんの服とお姫様っぽいやつも」

と言って側にいた店員さんに注文する。

(あ、そういえば値段…)

と思ったが、

「かしこまりました」

と言って、さっさとその人形と着せ替え用の洋服を棚から取り出し会計に向かう店員さんに、

「いくらですか?」

とは聞けず、私はそのまま店員さんの後をついて会計に向かった。


値段は富裕層向けのおもちゃだけあって大銀貨1枚。

実家の定食が20食は食べられてしまう金額だが、ユリカちゃんが楽しく遊んでくれるなら安い物だろう。

そう思って私は、小さな木箱に入れられ、綺麗な布で包まれた人形を受け取ると、

(良いお土産が買えたわね)

と、大満足でその店を後にした。


足取りも軽く、石畳の道を下町に向かって歩く。

きっとこれから厄介なことも待っているのだろう。

しかし、私はそれでもみんなと一緒ならなんとかなるような気がして、

(大丈夫、きっとなんとかなるわ)

と、楽しげに心の中で前向きな言葉をつぶやいた。

ふと見上げれば、秋晴れの空が赤く染まり始めている。

私はどこかウキウキとしら気持ちでその空を見上げ、

「さて、帰ろう」

とつぶやくと、また軽い足取りで宿を目指して歩き出した。


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