あの盗賊騒ぎから街道を進むこと2日と少し。
無事、王都の門をくぐる。
いつものようにエリーを馬房に預け、荷物を降ろしてあげると私はさっそくいつもの安宿に入った。
部屋に入りまずは旅装を解く。
時刻は午後のお茶の時間くらい。
少し考えたが、面倒なことは先に済ませた方がいいだろうと思い、さっそく定期報告をしに教会本部へと向かった。
教会本部に着き、いつもとは違い受付で定期報告と教会長さんからの呼び出しその2つの用事があると告げる。
すると、少し待たされたあと、あのサリーというメイドさんがやって来て、
「どうぞ」
といつも通り言葉少なに私を奥へと案内してくれた。
やがて最近では見慣れてきた教会長さんの執務室の扉をくぐり、
「失礼します」
と一礼して中に入る。
すると、教会長さんはすでにソファに腰掛けてゆっくりとお茶を飲んでいた。
「お久しぶりね、ジュリエッタ」
といつものように柔らかく微笑む教会長さんに、
(いやいや、最近よく会ってるじゃん)
と心の中でツッコミを入れつつ、
「ご無沙汰しております」
と軽く頭を下げて私もソファに腰掛ける。
そんな私に教会長さんは、
「うふふ」
と小さく笑みを漏らすと、
「サリー、お茶をお願いね」
と、メイドさんに声を掛け、
「さっそくだけど」
と言って、話を切り出した。
教会長さんは私が書いた報告書を見返しながら、
「なんだかすごい内容でびっくりしちゃったわ」
と聞いてくる。
それに私も、
「ええ。自分が言うのもなんですが、突拍子もない話だと思います」
と、正直に今の自分の気持ちを答えた。
「そうね。聖魔法が魔物に効くなんて聞いたことがないもの。…私、どうしたものかと思って困ってしまっているのよ」
と、苦笑いで言う教会長さんに私も、
「ええ。私も厄介なことに気が付いてしまったと思って困っているところです」
と冗談交じりにそう答えた。
そんな私の冗談に、ほんの少しクスリとしながらも、
「まぁ、そうなのね…。どうしましょう」
と悩む教会長さんに対して私はひとつ深呼吸をすると、
「仮説には検証が付き物です。ただ、この仮説を検証しようと思ったらそれなりに強い仲間の協力が不可欠になるでしょう。そこでどうでしょうか?私が現在ともに戦っている仲間に武器を供与していただき、その検証に参加してもらうというのは」
と言って、教会長さんに真剣な目を向ける。
すると、教会長さんは驚いた顔で、
「まぁ、それはとってもありがたいけれど…」
と私に心配そうな顔を向けながらそう言ってきた。
おそらく教会長さんは私がより危険な目に遭うことを一番に心配してくれているのだろう。
しかし、心配ごとはそれだけではないはずだ。
あの仮説が立証されれば今後の聖女の在り方が変わる。
政治的には一大事だ。
聖女を魔物のいる戦場に送り込んで危険にさらすことにも反対の声があがりそうだし、おそらく聖魔法を戦いに使うなどもってのほかだという連中だって出てくることだろう。
それに、教会が武力を持つことにも反発がありそうだ。
騎士ではなく冒険者とともに活動することも良く思われない可能性が高い。
その辺りを勘案しながら、根気強く根回しをして、上手い解決方法を見出さなければならないのだから、教会長さんも本当は頭を抱えたい気持ちでいるに違いない。
政治に疎い私にだって、そのくらいのことは容易に想像できた。
しかし、それをわかったうえで、私はあの仮説をぜひ検証してみたい。
魔物の弱体化が図れれば討伐はより安全になるし、それは、人々の平穏な生活を守ることにつながる。
その可能性を手放すわけにはいかない。
それに、今私がそれを諦めてしまったら、下手をすればもう二度と、少なくともずっと先の未来までこの可能性に気付く者は出てこないだろう。
私はそう思って、教会長さんを真剣な眼差しで見つめ続けた。
教会長さんはしばらく私の真剣な目をしっかりと受け止めてくれていたが、やがて、
「ふぅ…」
と一つ息を吐く。
そして、困ったような微笑みで私を見ながら、
「わかりました」
とひと言だけそう言った。
私は、その言葉に最大級の感謝を込め、
「ありがとうございます」
と言って深々と頭を下げる。
すると、教会長さんは、また困ったような笑顔で、
「いい?絶対に無理はしないでね?」
と優しい言葉を掛けてくれた。
再び、
「ありがとうございます」
と言って、頭を下げる。
そんな私に対して教会長さんは、
「まずは武器だったかしら。…そうね、さっそくご本人たちの意向を聞いておきましょう。もちろん今後も継続的に協力してもらえるかどうかも含めてね。そこでいいお返事がもらえたら、良さそうな所に注文を出しておきますから、出来たらすぐに報せるわね」
と、いつものように微笑みながらそう言ってくれた。
その後、具体的な話を少しして、今後について打ち合わせる。
そして、
「いい。先ほども言ったけど、絶対に無理はしないでね」
と心配そうな顔を私に向けてくる教会長さんに、深々と頭を下げ、私は教会長さんの執務室を辞した。
その後、サリーさんの案内でまた受付のある場所まで戻って来る。
そこで、サリーさんが、
「お疲れ様でした。ああ、あと定期報告は今後必要ありませんので、その旨先ほど伝えておきました。今日はお帰りになってかまいませんよ」
と言ってくれた。
私は定期的に訪れるお説教の日がなくなったことを心の底から喜び、思わずサリーさんに向かって、
「ありがとうございます!」
と大きな声でお礼を言って深々と頭を下げる。
すると、サリーさんは「こほん」と小さく咳払いをした後、
「ではそういうことですので」
と軽くメイドの礼を取って、さっさと奥へと引っ込んで行ってしまった。
(あれがいわゆるツンデレってやつなのかな?)
と、どうでもいいことを思いつつウキウキとした気持ちで教会本部を後にする。
(さて、今日はどんな晩酌にしようかしら)
私はそんなことを考えながら、足取り軽く夕日に染まる下町を目指した。
宿に戻り、まずは銭湯に向かう。
そして、まずは洗い場で旅の埃を落とすと、いつものように、
「ふいー…」
と声を漏らしながらゆっくりと湯船に浸かった。
ついつい鼻歌を漏らしてしまう。
そのくらい今、私の心は嬉しさで満たされていた。
(もしあの仮説が立証されればこの世界はもっと幸せになるわ。それにみんなも協力してくれる。うん、いいことばっかり。ああ、あのお説教も無くなったしね)
と上機嫌でついつい笑顔になってしまう。
きっとそんな私はものすごく嬉しそうな顔をしていたのだろう。
となりのおばちゃんから、
「あら。お嬢ちゃん。『いい人』から結婚でも申し込まれたのかい?」
とからかわれてしまった。
そんなおばちゃんの冗談に、
「あははっ。そんなのよりもっと嬉しいことがあったのよ」
と軽く返し、
「お先」
と言って風呂から上がる。
(さて、とりあえずビールの気分ね。あと、今日はなんとなくガヤガヤした所で楽しく飲みたいわ)
と思いながら、さっさと着替えると、私はすっかり日の暮れた王都の町へと繰り出していった。
適当に町をぶらつき、今日はあえて賑わっていそうな店に入る。
店の扉をくぐると、そこは予想通り、冒険者や行商人、地元客など、いろんな人間の明るい声で溢れかえっていた。
「いらっしゃい!」
という給仕係のお姉さんの明るい声に、
「ひとりだけどいい?」
といつものように言って、案内されたすみっこの2人掛けの席に座る。
私は、
「とりあえず、ビールね。あと、先にちょこっとつまめる物が欲しいんだけどなにかあるかな?」
と聞き、
「それなら、うちの名物、肉串なら常に焼いてますから早いですよ。ビールと一緒に持ってきましょうか?」
と言ってくれるお姉さんに、
「じゃぁそれでお願い」
と言って、まずは「とりあえず」の注文を済ませた。
やがて、
「ビールと肉串、お待ちどうさま」
という声とともにやってきたビールを、心の中で「乾杯!」と叫び、ゴクゴクと一気にジョッキ半分ほど飲んで、
「ぷっはぁー…」
と豪快に息を漏らす。
そして、名物だという肉串をつまんでこれまた豪快に食べると、その濃厚な味でまたビールを飲んだ。
(いいわね。こういう香辛料の暴力みたいな味。いかにも酒場って感じだわ)
と、そのなぜか病みつきになるその味に笑顔をこぼし、さらにビールを飲む。
(おっと…。いくらなんでも飛ばし過ぎね)
と、自制してみるものの、香辛料の暴力とガヤガヤとして楽しそうな雰囲気、そして、今日の上機嫌には勝てず、私はまた肉串でビールを流し込むと、思いっきりジョッキを掲げて、
「お姉さん、もう一杯!」
と勢いよくお替りを注文した。
その後も、どうやら串焼きが名物らしいこの店の流儀に従って、串の盛り合わせを頼み、ビールを飲む。
そして、最後に軽くビールでいっぱいになったはずのお腹を焼きうどんで〆ると、私はいつものよりももっとふわふわとした足取りでその店を出た。