おっちゃんの馬は少し足を引きずりながら、ゆっくりと進んでいく。
私たちもそのあとをのんびりついて行った。
のんびり進むこと4時間。
普通の倍ほどの時間をかけてようやく目的の村に到着する。
私は、普段は通り過ぎているから初めて寄る村の景色になんとなくの新鮮さを感じつつ、そのおっちゃんの家へと向かった。
そこで驚いたのだが、どうやら、このおっちゃんが村長だったらしい。
「申し遅れやした。このユット村で村長をしております、ベンと申しやす」
と丁寧に頭を下げてくるおっちゃんに、私も、
「村長さんならちょうど良かった。こう見えて私聖女なの。聖女のジルよ。よろしくね」
と自己紹介をする。
もののついでと言っては何だが、浄化の魔導石の様子も見てみようと思って、私は聖女だと名乗った。
「はぁ…。聖女様でいらっしゃいましたか…」
と驚きの表情を浮かべる村長のベンさんに、とりあえずバッチを見せながら、
「とりあえず、荷物を降ろしたら後で祠に案内してくれる?」
とお願いして、私の分の荷物を降ろさせてもらう。
「なんともありがたいことでごぜぇます」
と、また頭を下げてくる村長に、
「いいのよ。ついでだから」
と言って、さっさと荷下ろしを済ませると、まずはお茶をご馳走になった。
お茶の席でここ最近の村の様子を聞く。
聞く限りでは特に異常は無さそうだ。
(じゃぁ、浄化の魔導石も問題ないでしょうね)
と思いつつも、こればっかりは何があるかわからない。
私は、お茶を飲み終えると、お替りはどうかという村長の奥さんに丁寧な礼を言って、さっそく祠へと案内してもらうことにした。
村長の後について浄化の魔導石が納めてある祠に向かう。
祠に着くとさっそく作業に取り掛かったが、予想通り、浄化の魔導石には何の異常も無かった。
それでも、念には念を入れて調整し、作業を終える。
そして、私は、
「なんの異常もなかったわ」
と、今回は嘘偽りの無い報告をして、ほっとした表情を浮かべる村長さんと一緒に村長宅へと引き返していった。
時刻はそろそろ夕方。
ユット村ののんびりとした景色はすでにオレンジ色に染まっている。
その日私は、泊っていってくれというベンさんの言葉に甘えて、そのままお世話になることにした。
村長の奥さんお手製のイノシシ鍋をつつく。
食べながら村長の話を聞くと、この村では最近、蕎麦の生産が順調で収量もそれなりにあるから近隣の村に比べてやや豊かになったのだそうだ。
「これも村人みんなの頑張りのおかげでさぁ」
と言う村長の顔には、本当に嬉しそうな表情が浮かんでいた。
やがて夜になり、田舎のことで早めに床に就く。
私は、先ほどの村長の嬉しそうな顔を思い出し、
(この国のどの村も町も、こんな風に幸せになればいいな…)
と思いながらゆっくりと目を閉じた。
夜中。
「ひひんっ!」
という馬の嘶きで目を覚ます。
どうやら、エリーのようだ。
私は、ぱっと飛び起きてとりあえずブーツを履き、側に置いてあった薙刀を掴むと急いで部屋を飛び出した。
玄関を出て厩の方に回る。
すると、勝手口の辺りで何人かの気配があるのに気が付いた。
(ちっ!)
と心の中で舌打ちをする。
私は急いで勝手口を守れる位置を取り、薙刀を構えた。
「退けば見逃す!」
と、精一杯の大声で叫ぶ。
当然、それで退くとは思っていないが、一応念のためというのと、この声で異常に気が付いてくれという両方の意味を込めてまずはそう叫んだ。
「やれっ!」
と、どこかから声がかかる。
(させるかっ!)
そう思いながら、私はとりあえず飛び掛かって来たヤツの腹に革鞘を付けたままの穂を突き込んだ。
ふと気配を感じて身を屈める。
私の後、勝手口の扉に「ビシッ」という音とともに矢が刺さった。
その隙を狙って突っ込んできた盗賊の脚を払い、倒れた所で頭を踏み抜く。
手加減はしたからおそらく気絶くらいで済んでいるだろう。
そう思いながら、薙刀を回し今後は背後に迫っていた気配に向かって振り返りもせず石突を突き込んだ。
また飛んできた矢を転がるようにしてかわす。
私はまた心の中で舌打ちをしながら、また飛び掛かってきた盗賊の顔面を強かに打ち据えると、側に気配が無いのを確認し、矢が飛んできた方向へ走った。
また矢が飛んでくるのをギリギリでかわす。
すると、微かに、
「ちっ!」
と声が聞こえて藪の中から短剣を持った男が飛び出してきた。
迷わず薙ぎ払い、打ち据えて再び勝手口の方向をみる。
すると、勝手口から中に侵入しようとしていた盗賊がいた。
(ちっ!)
とまた心の中で舌打ちをしながら、
「待て!」
と声を掛け、その盗賊の背後から、薙刀を振り下ろす。
しかし、ギリギリの所でかわされてしまった。
私は一瞬の悔しさを覚えつつも、今度は逆に薙刀を振り上げる。
すると、薙刀の穂先がその盗賊の顎を捉え、次の瞬間「バタン」という音とともに盗賊が後ろ向きに倒れた。
私は、今度こそ辺りに気配が無いのを慎重に確かめ、勝手口の中に向かって、
「大丈夫!?」
と声を掛けた。
中に入って灯りのランプに火を入れる。
どうやら台所には何の異常も無いようだ。
私は急いで自分の部屋に戻り、枕元に置いてあったランプを取ると、
「大丈夫?」
と声を掛けながら、村長の部屋があると思しき方へと向かった。
やがて、中に人の気配がするように思った部屋の扉を叩き、
「村長、大丈夫?」
と声を掛ける。
すると、中かなら、
「へ、へい!」
と無事を知らせる村長の声が聞こえた。
「開けるわよ」
と言って、油断なくゆっくりと扉を開ける。
するとそこにはなぜか枕を頭に乗せ、花瓶を片手に持った村長の姿があった。
思わず笑いそうになるのをこらえて、
「もう、大丈夫。とりあえず賊は裏でノビてるから縄を持ってきてちょうだい」
と声を掛ける。
「へ、へい!」
と、まだ少し恐々とした感じで言いながらも納戸らしき所から縄を取り出してきた村長と一緒に勝手口に向かい、そこで伸びていた盗賊たちを縛って回った。
倒れている盗賊は全部で6人。
もしかしたら何人かは逃げてしまったかもしれない。
しかし、これだけの人数を派手に打ちのめしたんだ。
また襲って来るということは無いだろう。
そんなことを考えながら、少し離れたところで倒れている盗賊を縛り勝手口の方へと引きずっていく。
そして、
「気が付く前に厩かどこかに縛りつけておきましょう」
と言って、村長と2人で手分けして、時々気が付きそうになった盗賊のみぞおちに強烈な突きを入れたりしながら、盗賊を厩の柱に括りつけていった。
気が付けば東の空が白みかけている。
私と村長はとりあえず家の中に入ると、奥さんにお茶を淹れてもらって一服した。
その一服で村長はやっと落ち着きを取り戻したのだろう。
村長はハッとしたように、
「この度は何度も助けていただきありがとうございます」
と言うと、横にいた奥さんと一緒になって私に深々と頭を下げてくる。
私は、それを、
「あはは…。困った時はなんとやらってやつよ…」
と苦笑いで頭を掻きながら受け止めた。
やがて、盗賊は明日にでも隣町の衛兵に引き渡されるだろうということを聞いて安心しながら朝食をいただく。
朝食をいただくと、私はすぐに出発のために荷物をまとめ始めた。
出発間際、
「些少ですが…」
と遠慮がちにおそらく金銭が入っているであろう袋を渡してくる村長に丁重な断りを入れ、エリーに跨る。
そして、私はおそらく私の姿が見えなくなるまで頭を下げて見送ってくれているであろう村長夫妻に向かって後ろ手に手を軽く振ると、やや照れくさいような気持ちから逃げるようにエリーに速足の合図を出した。
再び裏街道に戻り、のんびりと進むエリーの背に揺られながら、
(はぁ…。とんだ寄り道になっちゃったわね…)
と思いながら苦笑いする。
しかし、私の胸の中には、
(とにかくみんな無事でよかった)
という思いだけが広がった。
晩秋の冷たい風を受けて晴れやかな気持ちで裏街道を進む。
嬉しさで上気した頬に当たるその風を私は心地いいと感じた。