「ただいま!」
いつものように勝手口から声をかけ、駆け寄って来たユリカちゃんを抱き上げる。
肩に登ってきたココもちょこちょこと撫で、アンナさんにも笑顔で帰還の挨拶をした。
「まずはお茶にしましょうね。うふふ。今日のご飯はシチューでいいかしら?」
と聞いてくれるアンナさんに、
「うん!」
「やったー!」
と私とユリカちゃんの声がそろう。
みんなで荷物を降ろし、小さなリビングに入ると、実家とはまた違った安心感が私の胸に広がった。
「やっぱり、いいなぁ…」
と思わずつぶやく。
そのつぶやきに、
「ん?」
と首を傾げるユリカちゃんの頭を撫でてあげながら、
「帰って来られて嬉しかったってだけよ」
と言って微笑んで見せると、ユリカちゃんもニッコリと微笑んで、また、
「おかえり」
と言ってくれた。
そんな微笑ましい帰還で再び始まった平穏な日々はまたしても手紙で破られる。
(…早くない?)
素直にそう感じた。
私が帰ってきてから、まだ4日。
頭の中で軽く計算してみるが、私がクルツの町から出した手紙は今頃やっと王都に着いているくらいのころだろう。
そのことを不審に思いつつ、教会の紋が入ったその封筒を開ける。
すると、中に入っていたのは定期報告のための呼び出し状だった。
「はぁ…」
思わずため息を吐く。
そんな私を見て、ユリカちゃんが、
「…ジルお姉ちゃん、もうお仕事?」
と悲しそうな目で私を見上げてきた。
私はユリカちゃんの頭を軽く撫でてあげながら、
「ううん。今回はもうちょっといられるよ。ゆっくり行けばいいみたいだからね」
と言って、その呼び出しをほんのちょっとの間無視することを決める。
そして、
「さて。今日は何をして遊ぼうか?」
「うーん。みんなと鬼ごっこ!」
「よし、じゃぁ広場に行ってお友達を探そう」
「うん!」
とユリカちゃんを遊びに誘うと、さっそく2人で手をつなぎながら村の広場を目指して家を出て行った。
夕方。
遊び疲れて帰って来た私たちは、お風呂を沸かしてして先に入らせてもらう。
そして、お風呂から上がると出来立ての美味しいご飯を食べて、いつものように少し遊び、今日も一緒の布団で眠りについた。
たくさん遊び、ゆっくりお風呂に入って、美味しい食事をとり、安らかに眠る。
こんな幸せな日々がずっと続けばいい。
そう願わずにはいられない。
私はそんなことを考え、ユリカちゃんの温もりを感じながらその日もゆっくりと体を休めた。
それからそんな平和な日々が10日ほど続く。
しかし、今度こそ本当に教会長さんからの呼び出し状が届いた。
緊張気味に封を切る。
おそらく、あの件に関することだろう。
そう思って手紙の中身を見ると、案の定『詳しく話を聞かせて欲しい』というようなことが書いてあった。
おそらく、この件はこれからの聖女の在り方に係わる重大事項だ。
私は心の中で一度大きく深呼吸をすると、気を引き締めて荷造りをしに部屋へと戻って行った。
夕食の時。
仕事になったことを告げると、少ししょんぼりしてしまったユリカちゃんを宥めて今日も一緒にベッドに入る。
私にくっついてスヤスヤと眠るユリカちゃんの頭を軽く撫でてやりながら、私は何もない天井を見上げ、
(教会長さんは理解してくれるかな?あれってこれからの聖女の在り方を変えるかもしれないことだから、けっこう重要なことだと思うんだけど…)
とぼんやりこれからのことを考えた。
そんな私の横でユリカちゃんが寝返りを打つ。
私はそんなユリカちゃんを微笑ましい気持ちで見つめながら、はだけた布団を掛け直してあげると、自分の布団も軽くかけ直し、ゆっくりと目を閉じた。
翌朝。
後ろ髪を引かれつつ出発し、村の門でジミーに声を掛ける。
「よろしくね」
「おう」
という短い会話だが、以前に比べればずいぶんと信頼感が増した。
そんなことをなぜかなんとなく嬉しく思いながら門をくぐる。
そしていつものように裏街道へと入っていった。
街道を進み3日目。
途中にある村へと延びる道を通過し、そろそろ昼の時間。
(たしか、この先に馬車が止められるくらい開けた場所があったわよね。今日は時間もあるし、お昼はスープでも作ろうかしら)
と考えながら、その場所を目指す。
すると、休憩地点に1台の馬車が止まっているのが見えてきた。
(あら。珍しく先客がいるのね)
と思いながら近寄っていくと、
「おーい!」
と、その止まっている馬車の横にいた男性がこちらに声を掛けてきた。
なんだろうかと思いながら、その馬車に近寄っていく。
そして、馬車の近くまでやってくると、
「どうしたの?」
と声を掛けてあげた。
「呼び止めてすまねぇこってす。なぜか馬が急に動かなくなっちまって…。それで、この先の村にそのことを伝えに行ってくれる人はいねぇかと思ってたところなんでさぁ」
とその男性、いかにも農家風の良い人そうな感じのおっちゃんが頭を下げながら申し訳なさそうにそう言って来る。
私はそのおっちゃんの困り果てた顔を見て、
「まぁ、とりあえず馬を見せてもらうわね」
と言ってまずはおっちゃんの馬を見せてもらうことにした。
まずは軽く撫でてあげて、私は大丈夫な人間なんだということをわかってもらうと、
「はーい。ちょっとごめんねぇ」
と言いながら馬の脚を見せてもらった。
一見異常は無さそうに見える。
しかし、少し腫れているだろうか。
おそらく軽くひねりでもしてしまったのだろう。
そう考えて私は、
「ねぇ、包帯とか持ってる?」
と側で心配そうに見ていたおっちゃんに声を掛けた。
「へ、へい」
と返事をしたおっちゃんが慌てて荷物をガサゴソやり始める。
その間に私は打ち身の薬を荷物から取り出した。
馬の脚の腫れている箇所に優しく塗っておっちゃんが渡してきてくれた包帯を巻いてやる。
馬の治療は専門外だが、おそらく応急処置程度にはなるだろう。
しかし、荷馬車を曳くのは当分無理そうだ。
そう思って、とりあえずおっちゃんに、
「とりあえず、足がちょっと腫れてたから応急処置をしておいたわ。荷馬車を曳かせるのは無理ね」
と馬の脚の状態を告げた。
「そ、そうでしたか…。いやぁ、困りました。…荷物は王都に卸してきたばっかりなんでたいしたものはありませんが、荷馬車をこのまま置いておくのも気が引けますし…」
と言ってまた困ったような顔をするおっちゃんを見て、私はひとつ「しょうがないなぁ」と言う感じで、ため息を吐き苦笑いを浮かべる。
そして、困り果ててうつむいているおっちゃんに向かって、
「荷馬車は私の馬で曳いてあげる。おっちゃんの馬はゆっくり歩くくらいならできそうだからゆっくり案内してちょうだい」
と、声を掛けた。
「い、いいんですかい?…いや、助かりますが、そいつはなんとも申し訳ないことで…。その、時間はかかりますが、いったんこの馬を連れて村に戻って明日にでも代わり馬で荷馬車を取りに来ることもできますんで…」
と遠慮がちに言うおっちゃんに向かって、私は、
「こんなところに荷馬車を放置しておいて、盗られでもしたら大変じゃない。どうせ私もそこまで急ぐ旅じゃないもの遠慮はいらないわ。あれよ、困った時はなんとやらってやつね」
と、少し照れたような苦笑いでそう声を掛ける。
そして、
「ありがとうごぜぇやす」
と言って、何度も頭を下げるおっちゃんにむかって頭を上げてくれるよう言い、さっそくエリーに馬車をつなぐと、私は来た道をそのおっちゃんの村に向けて引き返していった。