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第65話秋祭り

クレインバッハ侯爵邸で晩餐をいただいた日の翌朝。

柔らかいベッドの中で気持ちよく目覚める。

(こんなにゆっくり眠れるならお姫様も悪くないわね)

とバカな考えに苦笑いをし、さっさと起きると今日は聖女服に着替えた。

ふわふわのパンとこれでもかと並べられたおかずの中からサラダとたっぷりの腸詰をいただいて、さっそく荷物をまとめる。

玄関先でエリザベータ様はやはり寂しそうな顔をしていたが、私が、

「また、参ります」

と言うと、

「必ずですよ?」

と少しだけ嬉しそうな顔を見せてくれた。


そんな侯爵一家に見送られて館を後にする。

私はエリーに跨り軽く頭を下げると、案内の騎士に続いて門を目指した。

今日案内してくれているのは普通の騎士よりもずいぶんと立派な鎧を付けた壮年の男性。

(なんか偉い人っぽいけど…)

と、やや緊張しながらその後姿を見る。

すると、その騎士が、

「宿はどちらですかな?」

と聞いてきた。

私は今日、少し買い物をしたら、この町を離れようと思っていたので、宿は取っていない。

なので、私は正直に、

「今日は、少し旅に必要なものを買いそろえたらこの町を出るつもりです」

と答える。

「そうでしたか。では、商店街まで案内を」

とその騎士は申し出てくれた。

私はやや慌てて、

「い、いえ。道はわかりますので門までで大丈夫です」

と、その親切な申し出を断る。

「そうですか」

と少し落胆したような口調で言うその騎士に、

「お心遣い痛み入ります」

と答えて軽く頭を下げた。


するとその騎士は、

「ところで、聖女ジュリエッタ殿はチト村に拠点を置かれているとのことでしたな」

と聞いてくるので、

(はて、この人の前でそんなこと話したっけ?)

と思いながら、前の晩のことを思い出す。

晩餐の席にいたのは、私と侯爵一家だけ、あとは使用人と、護衛の人が1人、という所まで思い出して、

(ああ、あの時の護衛さんか)

と思い出し、

「ええ。そうです。ルクリウス子爵領の郊外にあるチト村に下宿させてもらっています」

と答えた。

すると、その答えにその騎士は軽くうなずき、

「そこに騎士でルークという者がいると思いますが、やつは元気ですか?」

と変なことを聞いてくる。

「…ルークですか?」

と私が首をひねっていると、その騎士は、

「ご存じありませんでしたか…。茶色い髪で、割と長身な、とにかく手先の器用なやつで、今は村の騎士をしているはずなんですが」

と、そのルークなる人物の特徴を教えてくれた。

私はその特徴と村の騎士という職業を聞いて、

「え。それってジミー…」

と、真っ先に思いついた人物の名を口走る。

すると、その騎士は驚いたような顔をしたかと思ったら、途端にため息を吐いて、

「偽名を使っていましたか…」

と呆れたようにそう言った。


「え?」

と私は頭に疑問符を浮かべる。

そんな私の態度にその騎士は、おそらく何かを確信したのだろう。

「おそらく私のいうルークと聖女殿のいう…ジミーでしたか?は同じ人物でしょう。手先が器用で腕が立つ。しかし性格はどこかつかみどころのない青年。そんな感じの男ではありませんか?」

と、さらにチト村ではジミーにしか当てはまらないような特徴を上げてきた。

「ええ。まぁ…」

と私がジミーのことを頭に浮かべながら曖昧に返事をする。

すると、その騎士はそんな私に軽くうなずき、

「申し遅れましたが、私はこの領の騎士団長でザインリッヒ・エルドバスト、…ザインと申します。近いうちにチト村にお邪魔することになろうかと思いますので、どうかその時はよろしくお願いいたします」

と、なぜかそのうちチト村に来ると言い出した。


私はまた、

「え?」

という顔になる。

しかし、私たちはいつの間にか門のところに着いていて、その騎士、ザインさんは、

「では、私はこちらで。ルーク…、いえ、ジミーでしたな。やつによろしくお伝えください」

と言って、さっさと引き返して行ってしまった。

私はその後姿を呆気にとられながら見送る。

そして、

「え?なんなの??」

と大きな疑問符を頭に付けたまま、仕方なく町の方へ向かってエリーを進ませた。


なんとも釈然としない感じで、市場を回り適当に食材を買い込む。

そして、ユリカちゃんへのお土産におもちゃの髪飾りをいくつか買うと、私はもやもやとした感情を引きずったままエインセリアの町を後にした。


旅は順調に進み6日。

明日はチト村に着くという所で、いつものように野営にする。

一通り準備を終え、スープをすすりながら、

(いったい、なんなのよ…)

と、この旅で何度目かわからないほど繰り返してきた疑問をまた頭の中でつぶやいた。

私が考えたところでわかるはずもないし、わかったところで、私には関係ないことだということはわかっている。

しかし、なんとも言えず気になった。

「ふぅ…」

と、ひとつ深呼吸をする。

(私が気にすることじゃないわよね)

と、また同じようにその疑問を頭の中から追い出して、私は再びスープに口を付けた。


翌朝。

もやもやともすっきりとも言えないような気持ちで目覚める。

(まったく。なんなのよ…)

と、いつまでも気にしている自分に少しうんざりしながら、

「とりあえず、今はそんなこと考えてる場合じゃないわよね」

と、独り言をつぶやいて準備を整えると、さっそくエリーに跨った。


やがて村の門が見えてくる。

私は若干重たい気分を何とか切り替えて、いつものように、

「ただいま」

と詰所に向かって声を掛けた。

「おう。間に合ったな」

と、いつものようにやる気の無さそうな声が返って来る。

私はそこで、ひとつ深呼吸をすると、思い切って、

「ザインさんって人から伝言で近いうちに来るかもってよ」

と何気なくあの騎士団長さんがいった言葉をジミーに伝えた。


詰所の奥の方からガタリと音がしてジミーが出てくる。

「…団長と会ったのか?」

と、いつになく真剣な表情で聞いてくるジミーに、私は軽くうなずくと、

「ええ。ひょんなことで知り合ってね」

と、あえて軽い感じでそう答えた。

「そうか…」

とだけ言ってジミーがうつむく。

私はその様子がなぜかなんとも痛ましく思えて、

「とりあえず、伝えるだけ伝えたわよ」

と言うと、逃げるようにその場を離れた。


(なにやってんのよ…)

と自分でもなぜそう思ったのか、そうしてしまったのかわからず、ため息を吐く。

しかし、

(こんな顔で会ったら心配かけちゃうわね…)

と、これから久しぶりに会うユリカちゃんとアンナさんの顔を思い出して気を取り直すと、私は前を向いていつものあの家へと向かった。


いつものように裏庭に回り、勝手口から、

「ただいま!」

と元気よく声を掛ける。

するといつものように奥からバタバタという足音が聞こえてきて、

「おかえり、ジルお姉ちゃん!」

と言いながらユリカちゃんが飛びついてきた。

私はもう一度「ただいま」と言いながら、ユリカちゃんを抱き上げる。

後からアンナさんとココもやって来て、

「おかえりなさい」

「きゅきゅっ!」

と言ってくれた。

その声にも、

「ただいま」

と返して微笑む。

そして、

「今回のお土産は髪飾りよ。あとで、一緒にお姫様ごっこでもしましょう?」

とユリカちゃんに告げ、

「やったー!」

と無邪気に喜ぶユリカちゃんと一緒に荷を下ろし、またあの小さなリビングを目指した。


その後、いつものように楽しく遊んで温かいお風呂に入り、小さな食卓を囲む。

その食事の席で、ユリカちゃんが、

「もうすぐお祭りだね」

と言って、嬉しそうな顔を私に向けてきた。


この村の秋祭は、祭りというよりはどちらからと言うと炊き出しや食事会に近く、広場で大きな鍋で芋煮を作ったり、肉を豪快に焼いたりしてみんなで食べる。

村中から人が集まり、みんな笑顔で収穫を喜び合うそんな楽しいお祭りだ。

私は、そんな楽しい時間をこの家のみんなと過ごせることを心から嬉しく思って、

「うん。今年も一緒にお芋とお肉食べようね」

とユリカちゃんに微笑み返した。

お祭りへの期待が加わってその日の食卓にいつもより少しだけ多くの笑顔がこぼれる。

そんな笑顔の食事を終え、私は、久しぶりに会ったからだろうか、なんだか妙に甘えてくるユリカちゃんと一緒にベッドに入った。


それから3日。

お祭りの当日。

ウキウキとした気分でユリカちゃんと手をつなぎ会場の広場へと向かう。

「おっきなお鍋で作るお芋って美味しいよね」

と嬉しそうに話すユリカちゃんに、

「うん。村のみんなと食べるから余計に美味しいよね」

と答えて「ふふふ」と笑いながらあぜ道を歩いていると、あっと言う間に会場についてしまった。


「よし、さっそくお芋もらいに行こうか」

「うん!」

と言葉を交わしてさっそく芋煮の列に並ぶ。

そして、ほかほかと湯気の出る芋煮をもらうとさっそく適当な席に着いて、食べ始めた。

「あふい…。でも、おいひい」

と口をはふはふさせながら芋を頬張るユリカちゃんにお茶を飲ませてあげながら、私もひとつ芋を口に運ぶ。

慎重に息を掛けて冷ましたつもりだったが、それでもまだ熱々の芋をわたしもはふはふしながらなんとか飲み込んだ。

「美味しいね」

と微笑むと、ユリカちゃんも、

「うん!」

と元気に答えて、また熱々の芋を頬張る。

そしてそこへ炊き出しの手伝いに出ていたアンナさんも合流すると、今度はみんなでお肉を焼いている所へと向かった。


大きな焼き台の上に塊肉が「どどん」と乗っている。

私が焼いているおっちゃんに、

「おっちゃん。3人分ね」

と声を掛けると、

「おうよ!」

という明るい声が返って来て、そのおっちゃんは大きな塊肉から分厚いステーキくらいの厚さの肉を3枚切り出し、

「美人さんにはおまけだよ」

と調子のいいことを言って、私たちにその肉を手渡してくれた。


「ありがとう」

とこちらも明るく受け取ってさっそく席に戻る。

「すっごいね!」

と普段はお目に掛かれないような分厚いお肉に興奮気味のユリカちゃんにさっそくお肉を切り分けてあげて、みんなで一緒に頬張った。

やはり塊でじっくり焼いたからだろうか。

その肉は意外と柔らかく、中はしっとりとしていた。

(やっぱり料理は豪快に作ると味が違うわね)

と、なんとなく豪快な性格の父さんを思い出しながら、微笑んで肉を頬張る。

またユリカちゃんが、

「美味しいね!」

と嬉しそうな目を私たちに向けてきたので、私もアンナさんも、笑顔で、

「うん!」

「ええ、とっても美味しいわね」

と答えて笑顔で食事を続けた。


やがて、辺りが夕焼けに染まる頃、食べ疲れて眠そうなユリカちゃんをアンナさんに任せ、私は振る舞い酒をもらいに行く。

すると、そこでジミーと隣り合った。

私はつい先日のあの伝言のことを思って、少し気まずいような感じになったが、ジミーはあまり気にしていないのか、

「よう。飲み過ぎるなよ」

といつもの軽い調子で私に声を掛けてきた。

そんな言葉を聞いて、騎士団長の話を聞いた時のことを少し思い出したが、

(私が気にすることじゃないわよね)

と思いつつ、

「あんたもね」

と返して席に座る。

振舞い酒はこの村で良く飲まれているワインで、高い物では無いらしいがいかにも素朴な味で、まるでこのチト村ののんびりとした風景そのもののような味がした。


「ふぅ…」

と息を吐いてその香りの余韻を楽しむ。

すると私の横でジミーが、

「うん。やっぱりいいなこういう酒は…」

と、しみじみした感じでつぶやいた。

「へぇ。こういうのが好きなのね」

と何気なく聞く。

するとジミーはワインの入ったコップを見つめながら、

「ああ。素朴でいい味だ。変に気取ったところがない」

と嬉しそうな顔でそう答えた。


そんなジミー向かって私は、

「ふふっ。あんたもすっかりこの村の一員ね」

と笑いかける。

すると、ジミーもやや豪快に笑いながら、

「はっはっは。ああそうだな。もう、村騎士っていうより近所の便利屋って感じだ」

と、さも愉快そうにそう言った。


私は私と同じ時期に村にやって来た人間が私と同じようにこの村に受け入れられたことが嬉しかったんだろう。

なんだか妙に楽しい気分になって、

「さぁ。今日は飲むわよ!」

と言って、ジミーの肩をパンッと叩いた。

「おいおい。飲み過ぎるなって言ったのはお前だろ?」

と呆れたような声を上げるジミーに、

「いいじゃん。お祭りなんだから」

と答えて、私は豪快にコップを傾けた。


まるで刈り取りたての麦のような香ばしくも瑞々しい土の香りが鼻腔を駆け抜けていく。

(ほんとに素朴でいいワインね)

と、一気に飲み過ぎて熱くなった胃を冷ますように、

「ふぅ…」

と、ひとつ息を吐くと、

「ほら、あんたも飲みなさいよ」

と言ってまたジミーの肩を叩いた。

「おいおい…」

とジミーが苦笑いを浮かべる。

私はそれに構わずまたコップを傾けた。


ジミーに何があったのかは知らない。

本名はルークと言うそうだが、それもどうでもいい。

今私の隣にいるのは、素朴な村の楽しい仲間、ただそれだけの男だ。

そう思うと、この村に帰ってくるまでの間なんだか妙にうじうじと考えていたことが急に馬鹿らしく思えてきた。

(そうそう。結局何も変わらないじゃない)

と思うと、自然と笑顔がこぼれる。

私の隣でジミーが、また、

「おいおい…」

と、つぶやいて苦笑いを浮かべた。


秋の夜長。

澄み切った夜空を満月の灯りが優しく照らしている。

私はその月を見上げながら、

(いい仲間にも出会えたし、上の方にも私のことを理解してくれてる人がいるってことがわかった。大丈夫。これからよ。きっと上手くいくわ…)

とこれからの未来に確かな希望があることを思った。


帰るべき場所があって、向かうべき未来も見えている。

こんなに幸せなことがあるだろうか?

私は自分の人生がこれまでにないほど充実していることを心の底から嬉しく思って、また、一気にコップを傾けた。


「よし、お替りもらってくるわね。ていうか、あんたもちゃんと飲みなさいよ!」

とジミーに声を掛ける。

「おいおい…」

とまたジミーは苦笑いを浮かべるが、私はそれを無視してまたパンッとその肩を叩いた。

村人たちのにぎやかな笑い声とかがり火の灯りが秋の夜長に溶けていく。

楽しい宴は夜更けまでにぎやかに延々と続いた。


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