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第64話新しい武器04

ゴブリンを片付けて、村に戻ったのは翌日の夕方前。

さっそくいつものように村長宅へ報告に向かう。

すると、村長宅でクレインバッハ侯爵家の騎士と思われる人が私を待ってくれていた。

「主からの命を受け、お待ちしておりました」

というその騎士に内心、

(え?)

と思いつつ、

「ありがとうございます」

と礼を述べる。

そして、

「さっそくですが、明日にも出立いただけますでしょうか?」

という騎士に、了解の意思を伝えると、その日も村長宅に泊めてもらって、翌朝、その騎士と共にクレインバッハ侯爵の館へと向かった。


夕方前、クレインバッハ侯爵の館の門をくぐり、

(いやぁ…。遠目に見てもすごいと思ってたけど、近づくとさらにすごいわね…)

と、「すごい」という表現以外なにも思いつかない自分の語彙力の無さをまず嘆く。

そして、

(これじゃお出かけも一苦労ね…)

と、意味の分からない感想を持ちながら、その館というよりはもはや宮殿と呼ぶべき、建物の玄関を目指していつもより緊張気味のエリーを宥めつつ騎士の後について進んでいった。


しかし、案内の騎士は館の玄関を通り過ぎて裏側へと進んで行く。

(はて?)

と思っていると、小さな厩の前に案内された。

(あ。そうか、そりゃそうよね…)

と玄関に直接馬で乗りつけるわけじゃないということに今更気が付きやや恥ずかしい気持ちで、エリーを係の人に預ける。

ちょっと不安そうなエリーに、

「大丈夫よ」

と声を掛け、さらに案内してくれる騎士についていった。


どうやら向かっているのは母屋ではなく、離れの方らしい。

その離れは母屋に比べれば小さいが、それでもちょっとした宿屋くらいの大きさがある。

そして、綺麗に手入れされた美しい庭を通り抜けると、私はついにその建物の玄関にたどり着いた。

(すごいわね…)

と、また語彙力を失った感想を持って、その落ち着いたクリーム色の外壁に覆われた瀟洒な建物に入っていく。

そして、今回は数名の使用人とクレインバッハ侯爵一家勢ぞろいでのお出迎えを受けた。


「いらっしゃいませ、ジルお姉様」

というエリザベータ様の可愛らしい挨拶にほっこりとした気持ちになる。

しかし、ここは侯爵家であることを思い出して、

「お招きいただきありがとうございます。エリザベータ様」

と、なんとか落ち着いて礼を返した。


そこへ、

「長旅でお疲れでしょう。まずは、湯を用意させましたので、ごゆっくりどうぞ」

というクレインバッハ侯爵の声を受け、

「恐れ入ります」

と礼を取って、まずは部屋に案内してもらう。

すると、あの時の見知ったメイドさんがいて、

「またお手伝いさせていただきますね」

と言われた。

「ありがとうございます。お手柔らかにお願いします」

と軽く頭を下げてさっそくお風呂をいただく。

そして、冒険者らしく手早く風呂から上がると、さっそくドレスを着付けてもらった。

今回は淡い色調のオレンジ色のドレスを選んでもらう。

私は、

(ああ、これがまな板の上の鯉ってやつか…)

と思って大人しく全てを受け入れた。


ややあって、晩餐の席に向かう。

食堂へ入ると、そこにはやはり絵物語の世界そのままの夢のような光景が広がっていた。

再び、

「本日はお招きいただきありがとうございます」

と礼を取る。

「いや。こちらこそ招きに応じてもらいかたじけない。なにせ、娘たっての願いでしたからな」

と苦笑いで答えるクレインバッハ侯爵に、

「大変嬉しゅうございます」

と答えて、エリザベータ様にも、

「ありがとうございます。またお会いできて嬉しいです」

と微笑みながら礼を取った。

「私もですわ、ジルお姉様!」

と元気に答えてくれるエリザベータ様の微笑みに癒され、和やかな気持ちで席に着く。

そして、何の何料理なのかわからないが、とにかく美味しい晩餐を堪能させてもらった。


(なんなの、あのワイバーンもびっくりな柔らかさのお肉…。それにあれはなんだったのかしら。パスタの上に掛かってた黄色い粉。海の香りがしたから海産物だとは思うけど…)

と、食事の余韻に浸りつつ、食後のお茶を楽しみながら、エリザベータ様とお話をする。

その席で最初は聖女についての質問に答えていたが、途中、意外なことに、エリザベータ様は冒険者とは何か?という質問をしてきた。

私は答えに窮してクレインバッハ侯爵に視線を向ける。

すると、クレインバッハ侯爵は苦笑いしながら、

「怖い魔物と戦う大変なお仕事なんだよ」

と優しく諭すようにエリザベータ様の質問に答えた。

すると、エリザベータ様は、

「まぁ、それは怖いですわ…」

と一瞬、顔を青くしながらも、

「ジルお姉様はそんな大変なお仕事と聖女のお仕事の両方をされているんですのね。すごいですわ」

とキラキラした目を私に向けてきた。


私はその視線に苦笑いで、

「はい。とっても危ないお仕事なので、騎士の皆さんみたいにたくさんお稽古をしなければならないんですが、私はまだまだお稽古が足りていません。だから、今も毎日たくさんお稽古しているんですよ」

と答える。

すると、横から母親のアリシア様が、

「うふふ。ジル様もそれだけ頑張っていらっしゃるのですから、リズも見習ってお勉強をたくさんがんばりませんとね」

とやんわりと諭すような言葉を掛けた。

その言葉にエリザベータ様は、元気な声で、

「はい。お母様」

と答える。

私はそのやり取りがなんとも微笑ましくて、ついつい微笑んでしまった。


やがて、エリザベータ様が眠たそうになるのを見て晩餐はお開きとなる。

私と、クレインバッハ侯爵は、部屋を移して軽くお酒を嗜むことになった。

前回同様、とても香り高いブランデーをゆっくりといただく。

ちなみに、おつまみは小さな粒のチョコレート。

お酒に甘い物を合わせるという、庶民では思いもつかないような組み合わせに感動しながら、ゆっくりとそのブランデーを口に運んだ。


やがて、大人の話になる。

「今回は我が領にある浄化の魔導石を見ていただけたそうですな」

というクレインバッハ侯爵に、

「はい。たまたま依頼があったのでついでに見てみましたが、特段異常はありませんでした」

と方便を使って答えるが、クレインバッハ侯爵は、

「教会長様からなんとなくうかがっておりますよ」

と言って、微笑んだ。

私は、

「失礼しました」

と頭を下げ、

「やや不調な部分もありましたが、概ね正常に動作していました。あとは森の奥に小さなゴブリンの集団がいましたが、定期的に冒険者が出入りしていれば問題ない範囲でしょう」

と正直に答える。

すると、クレインバッハ侯爵は軽くうなずいて、

「教会長様もその辺りを案じておられました。私としては教会長様に全面的に協力するつもりです。なにか必要な支援はありますかな?」

と大変ありがたいことを申し出てくれた。


そんな申し出に私は、

「おそらく教会は金銭的なことを言って来るでしょうが、それは私には判断できません。私が欲しいと思うのは、各地の魔物の発生状況や作物の細かい情報です」

と正直に答える。

すると、クレインバッハ侯爵は

「そうですか…」

と思案気な表情になり、

「わかりました。寄子にも声を掛けてギルドを動かしましょう」

と心強い言葉をくれた。

私は、素直に、

「聖女の仕事へのご理解、感謝いたします」

と礼を述べる。

しかし、クレインバッハ侯爵は軽く首を横に振って、

「魔物にしろ作況にしろ、我が領のみならずこの世界の命運にかかわること。為政者の端くれとしては当然のことをしているまでですよ」

と、やや悲しげな顔でそう答えた。

私は、

「ありがとうございます」

と再び礼を述べる。

すると、クレインバッハ侯爵は軽く苦笑いを浮かべ、

「早くそのお志が報われる日が来ればよいですな」

と言ってくれた。

私はその言葉に少なからず勇気をもらう。

(教会長さん以外にもわかってくれてる人がいたんだ…)

そんな事実を知って、私は今自分が進んでいる道は間違っていないという自信を得ることが出来た。


その夜。

お姫様の寝室のような豪華な部屋の窓から、着心地の良い寝間着を着て夜空を眺める。

そして、ふと、

(ああ、リリトワちゃんもお姫様に変身する場面があったわよね)

と変なことを思い出した。

そして、

(今回のお土産は髪飾りにしましょうか。服はこの間買ってあげたからそれと合わせればお姫様ごっこができるわ)

と思って微笑む。

そして、今回はもう帰路に就けることを思って、

(お祭りには間に合いそうね)

と考え、また微笑んだ。

静かに夜が更けていく。

私は、ゆっくりふかふかのベッドに入ると、静かに目を閉じて極上の眠りへと落ちていった。


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