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第60話SSナポリタン

私は今日も朝から裏庭で稽古に励んでいる。

あのワイバーンとの一戦があった冒険から戻って来てもう10日ほどが経った。

(そろそろ教会長さんから手紙が届くころかな…)

そんなことを思いながらジミーが作ってくれた練習用の木の薙刀を無心で振り、薪を割る。

そこへ、野菜を洗いにアンナさんがやって来た。

「おはよう。相変わらず早いのねぇ」

とにこやかに声を掛けてきてくれる。

私がその挨拶に、

「おはよう。アンナさん。今日のご飯は?」

と、少し冗談めかして答えると、アンナさんは、

「お野菜たっぷりのお味噌汁と、ベーコンエッグですよ」

と、笑いながら教えてくれた。


今は秋。

チト村はそろそろ収穫の準備で忙しくなる。

きっとアンナさんもこれから忙しくなるはずだ。

そんな中また出かけて行かなければならないのかと思うと、少し胸が痛んだ。

私の頭の中に、ひとりで遊ぶユリカちゃんの寂しそうな姿が浮かんでくる。

(きっとユリカちゃんは寂しい思いをするんだろうな…)

そう思っていると、アンナさんが、

「今年あたりから、ユリカにも収穫のお手伝いをさせようかと思っているのよ。まぁ、お手伝いと言っても近所の子らと一緒に私たちの周りで遊んでいるだけになるでしょうけどね」

と、教えてくれた。

(そっか。ユリカちゃんは村のみんなが育ててくれているんだね…)

そうわかった瞬間、私の心に安心したような、子供が自分の知らない世界へ羽ばたいて行くのがほんのちょっと切ないような、不思議な気持ちが湧いてくる。

しかし、次の瞬間、

(もう…。母親じゃないんだから)

と、思わず自分に苦笑いしてしまった。


稽古を終え、家に入ると眠そうな目をこすりながら、

「おはよう、ジルお姉ちゃん…」

と、ユリカちゃんが朝の挨拶をしてくる。

「おはよう。ユリカちゃん。もうすぐご飯できるってよ」

と声を掛けて、

「はーい…」

と返事をするユリカちゃんを見送り、自室に戻って着替えを済ませた。


朝食を済ませ、学問所へ通うユリカちゃんを見送ると私は部屋に戻って本を開く。

今日は、「行脚日記」の続きを読むことにした。

(えっと…。なになに。へぇ。お肉にトリュフねぇ。そんな貴族様じゃあるまいし)

と思いながらページをめくる。

(ああ、この『カルボナーラ』っていうのが謎の『グアンチャーレ』っていうのが使われてるってやつね…。なになに。見たところ、お肉っぽいけど…。加工肉かな?それにしてもこってりしてそうな料理ねぇ。どんな味なのかしら?)

と、いろいろと想像しながら読み進めると、いつの間にかお腹が空いている自分に気が付いた。


(もう。さっき朝食を食べたばっかりじゃない)

と苦笑いしながら、続きを読む。

すると、「ナポリタン」なる謎の名前が出てきた。

「ナポリタン?」

と、興味を引かれて詳しくレシピを見る。

どうやらこれもパスタのようだ。

(え?なにこれ。柔らかめに茹でる?パスタを?しかもケチャップで炒めるって…。あ、でも具はシンプルね。ピーマンとタマネギとマッシュルームがあればなお良いと。あとはベーコンか。あ、ここ!小さいしかすれてて読みにくいけど、たぶんグアンチャーレならさらに美味しくなるって書いてあるよね?ってことは、グアンチャーレっていうのは高級なベーコンってところかしら?)

私は謎だった『グアンチャーレ』の正体が少し見えた所で、その「ナポリタン」のレシピを翻訳し始めた。


昼。

さっそくアンナさんにそのレシピを見せてみる。

アンナさんもパスタを柔らかく茹でることやケチャップで味付けするというレシピに驚いていたようだが、

「なんだか、不思議なお料理ねぇ…。でも美味しそうな感じがするわ」

と、なんだか興味を引かれているようだった。

私の足元からユリカちゃんもひょっこりと顔を出し、

「お料理のお話?」

と興味深そうに聞いてくる。

私が、

「うん。昔のお料理みたいよ?」

と教えてあげると、ユリカちゃんは途端に目を輝かせて、

「食べてみたい!」

と期待の眼差しを私たちに向けてきた。


「あらあら」

とアンナさんが笑う。

私も笑いながら、

「あはは。じゃぁ材料もシンプルだし、今日の夜ご飯は『ナポリタン』っていうのにしてみようか」

と言うと、ユリカちゃんが、

「やったー!」

と喜びの声を上げた。


午後。

お友達と遊んでくるというユリカちゃんを見送って、今度は薬づくりに精を出す。

「新・薬草大全」を見ながら、簡単な腹痛の薬を作った。

なんでも、この腹痛の薬は体の抵抗力を強くする効果もあるらしい。

(分量を控えれば子供も飲めるみたいだから、感染する腹痛なんかにはいいかもしれないわね)

と、思いながら村人も使えるようにレシピをまとめ多めに作っていく。

そして、その作業が一段落した頃、

「ただいま!」

と元気な声がして、ユリカちゃんがちょっと泥んこで帰ってきた。


「楽しかったみたいね」

「うん!かくれんぼしたの」

という感じで楽しく会話をして風呂場に向かう。

湯船に水を張って、外に出て薪を燃やすと適当に湯加減を見て、ユリカちゃんと一緒にお風呂に入った。


お風呂から上がってアンナさんにもお風呂を勧めてから、ユリカちゃんを着替えさせて、少し一緒に遊ぶ。

やがてアンナさんがお風呂から上がって来ると、さっそくその「ナポリタン」とやらを作ってもらった。


「うわぁ…。良い匂いだよ!」

「そうね。なぜかはわからないけど、懐かしい匂いがするわ」

「ええ。なんだか作っていてもそんな感じがしたわ」

と、いってまずは3人でその香りを堪能する。

そして、

「ねぇ、食べていい?」

と言うユリカちゃんの声を合図に、

「「「いただきます」」」

と声をそろえると、さっそのそのパスタをみんなで口に運んだ。

「んいひー!」

とユリカちゃんが喜びの声を上げる。

おそらく、言った言葉は「おいしー!」だろう。

「まぁ…。美味しいわ…。大人にはちょっと甘いかしらと思ったけど、なんでしょうね。この癖になる甘さは…」

というアンナさんに続いて、私も、

「ええ。炒めたのが良かったのかしら?なぜか止まらなくなる…」

と、感想を述べた。


ユリカちゃんが、

「美味しいね!」

と言って微笑む。

私たちも、

「うん。美味しいね」

「ええ。とってもおいしいわ」

と言って微笑んだ。

小さな食卓に笑顔がこぼれる。

そして、私たちの日常にささやかな新風が吹いた。


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