やがて、喜びも落ち着き、
「とりあえず、お茶にしましょうか?」
というユナの言葉でみんながその場に座る。
安心して力が抜けると、一気に疲れが出てきた。
しかし、同時になんとも言えない喜びも再び湧き上がって来る。
どうやらそれはみんな同じだったらしく、
「うふふ。やったわね」
「うん!やったね」
「ええ。やったわ」
「そうね、やったね!」
と、それぞれに笑顔を見せて、また笑い合った。
そんな喜びを沈めるように、しかし、笑顔でお茶を飲む。
すると、どこからともなく、
「きゅるる…」
と音がした。
音のした方を見ると、
「あ、あはははは…」
とアイカが頭を掻いている。
その表情がなんともおかしくて私は、
「じゃぁ、さっさと解体してお昼にしちゃいましょう。」
と笑いながらみんなに提案した。
ワイバーンの大きな体に四苦八苦しながら、解体を進める。
すると、その途中でアイカが、
「ワイバーンのお肉ってどんな味なのかなぁ?」
と嬉しそうな顔で疑問を投げかけてきた。
ワイバーンの肉なんて、庶民はおろか貴族様でもなかなかお目に掛かれない代物だ。
当然、誰も味を知らない。
ただ、絶品だという噂は庶民の間でまことしやかにささやかれている。
だから、私たちはみんなウキウキとした気持ちでそれぞれの素材を剥ぎ取っていった。
やがて、素材になりそうな部分の剥ぎ取りが終わり、
「さすがに全部は持って帰れないわねぇ…」
とユナがつぶやく。
「仕方ないけど、後はギルド任せかしら」
とベルが少し残念そうに言って軽くため息を吐いた。
大物を仕留めた時、大きな討伐隊なら荷物持ちがいるが、そうではない場合は、ギルドに場所を報告して後日回収作業が行われることになっている。
ワイバーンの素材は主に骨や皮だから、しばらくの間はこの場に残しておいても大丈夫だ。
私たちの取り分は大きく減るが仕方がない。
私たちが持ち帰れるのは一番価値のある魔石とあとは牙や皮の一部くらいだ。
当然、悔やむ気持ちが無いわけではないが、それでも、無事にこの戦いを乗り切って、幻のワイバーンの肉を口にすることができるのだから、それだけでも十分に報われるというものだろう。
私は自分の中でそう考えを切り替えて、みんなに、
「今夜の焼肉は豪華になるわね」
と明るい声を掛けた。
また、みんなで笑いながら作業を進める。
すると、いつの間にか時刻はとっくに昼を過ぎ、夕方に近づいていた。
「もう、ぺこぺこだよ…」
とアイカが嘆く。
さすがに我慢できなくて、途中で行動食をつまんだが、予想以上に重労働になったワイバーンの解体にみんな空腹と疲れを隠せなくなっていた。
私はあらかた片付いて、後は各素材の整理くらいだろうという状況を見て、
「今日はこのくらいにして、続きは明日にしましょうか」
と苦笑いで提案した。
「賛成!」
とアイカが真っ先に手を挙げる。
ユナもベルもそれを見て、苦笑いで、
「そうね」
「ええ。それがよさそうね」
と賛成してくれた。
私も苦笑いで肉を一塊切り取ると、少し遠くに見える大きな岩を指さしながら、
「今日はあそこで野営にしましょう」
と、みんなに声を掛ける。
そして、私たちはさっそくその場所へと移動した。
いつものようにベルとアイカが設営で、私とユナが料理の準備をしていく。
ワイバーンの肉の見た目は、肉の中にまで脂肪が入り込んでいて、桃色に近い色をしていた。
(本当に美味しいのかしら?)
と、やや疑念を持つ。
切る度にナイフにつく脂やその柔らかい感触。
どれをとっても、私が知っているすべての肉と違う。
(大丈夫よね…)
と、段々不安になりながらも「絶品だ」という噂の真相を知りたいという好奇心も手伝って、私はその肉を切っていった。
「よし…」
ある程度切り終えたところで炊飯を任せていたユナの方を見ると、コクリとうなずく。
私もコクリとうなずいて、さっそくアイカとベルに、
「出来たわよ!」
と声を掛けた。
「待ってました!」
と言って駆け寄ってくるアイカとその後ろから苦笑いで歩いてくるベルが焚火の前に座るとさっそくご飯を渡して肉を焼き始める。
そして、
「じゅっ」
と音を立てるところまでは普通の肉と同じだったが、その直後、辺りに甘い香りが広がった。
「え?なに??」
とアイカが鼻をひくつかせる。
「…なんだかたまらない匂いね」
とユナもごくりと唾を飲み込んだ。
私も驚く。
おそらく脂の匂いだ。
しかし、こんなにも甘い脂の香りは嗅いだことがない。
いったい何なんだろう。
私がそう思っていると、ベルが、
「…これは、期待できるわね」
と真剣な表情でそうつぶやいた。
私はベルにうなずき、慎重に焼き加減を見極める。
何となくだが、私のこれまでの経験が、この肉は焼き過ぎてはいけないと言っているような気がした。
そして、良い感じに焼き目が付いたのを見計らって、
「よし、そろそろいいわよ」
と言った瞬間、
「いただきます!」
という元気な声とともにアイカが肉に箸を伸ばす。
そして、さっそく肉を口に入れた瞬間、固まった。
「え?」
と私は思わず声を出してしまう。
なにかいけなかったんだろうか?
そう思ったが、アイカは私の声を聞いてハッとしたような顔になると、
「消えた…」
とだけつぶやいた。
そして、慌ててご飯をかき込み始める。
私たちはぽかんとしてその様子を眺めた。
やがて、口の中がやっと落ち着いた、アイカが、
「すごいよ!」
と満面の笑みを浮かべる。
その顔を見て、この肉の美味しさを確信した私たちは、一斉に肉を口に入れた。
口にした瞬間私の脳に戦慄が走る。
この驚きは一生忘れられないだろう。
アイカが言うように肉が一瞬で消えた。
そして、その後も口の中に残る強いうま味と極上の甘い脂の香り。
一瞬その全てに圧倒されてしまう。
しかし次の瞬間、
(これは米よ!)
と、私の脳がこの味が口の中に残っているうちに米をかき込めと指令を出してきた。
その欲求という名の指令に従ってご飯をかき込む。
すると私の口の中でさらりとした脂に米の甘味と淡泊さが合わさって極上のアンサンブルが奏でられた。
見ればみんな夢中で肉と米を食べている。
その光景を見て、私は先ほどまでの緊張感を忘れ思わず微笑んでしまった。
「美味しいね」
とベルが笑う。
私が、
「うん」
と答えるとアイカとユナも「そうだね」と答えて笑った。
晩夏の夜空に笑い声が吸い込まれていく。
そして、その先には無数の星々が瞬いていた。
翌朝。
さっさとワイバーンの解体作業の残りを片付け、帰路に就く。
帰りは順調に進み、4日目。
ようやくイース村に到着した。
さっそく村長に淀みのことは伏せて、魔物の脅威が去ったことを告げる。
喜んでくれる村長の厚意で風呂を借り、久しぶりに屋根の下で休ませてもらった。
翌日。
さっそく私たちは最初に待ち合わせた宿場町、シュルツの町を目指して進む。
途中私が、エリーの背中に揺られながら、
(けっこう大変だったけど、今回も楽しかったな)
と今回の冒険を振り返っていると、ベルが、
「楽しかったわね」
と言って微笑んだ。
アイカとユナも、
「うん。楽しかったね!」
「ええ。ぜひまたこの4人で冒険しましょう」
と笑顔を浮かべている。
私はなんだか嬉しくなって、
「うん!」
と元気よく答えた。
順調に進み、2日目。
シュルツの町に着く。
私たちはギルドで報告を終えると、さっそく宿を取り、打ち上げをすることにした。
明日からはそれぞれ別の道を行く。
アイカとユナはクレインバッハ侯爵領、ベルはラフィーナ王国へ向かうらしい。
どうやら、私が取り入れたあの騎士流の魔力を体内で練って木剣で薪を割るという練習法が気になったようで、各自いったん落ち着ける場所で練習してみるという。
きっとあのやり方、魔力を放つだけでなく、いったん充填するような形で体の中に溜めるという方法は、それぞれに取って有益なものになるだろう。
私たちは今回の冒険でそれぞれがそれぞれに目指すべき道を見つけられた。
今度会う時は、きっともっと上を目指せるようになっているに違いない。
私は、
(これは負けてられないわね)
とおそらくみんなが思っているのと同じことを思い、心の中でそっと気合を入れなおす。
そして、みんなと会う前の日に行った居酒屋に入ると、私たちはそこで乾杯の声を上げた。
アイカがもりもりとから揚げを食べる。
意外にも辛いものが好きだというベルがナスの辛子味噌炒めを食べ、私とユナはクリームコロッケに舌鼓を打った。
どんどん注文し、ワイワイと楽しく食べて飲む。
程よく混んだ店のざわめきの中に私たちの声も混じって、その夜はにぎやかに過ぎていった。
翌朝。
宿の前で握手を交わす。
一抹の寂しさはあるが、みんなの目には前向きな気持ちの方が強く出ているように思えた。
「次もきっと近いうちに会えるよね」
「ええ。きっとそうなるわ」
「うふふ。次はどこかしらね?」
「ふふっ。エリシア共和国なんて面白いかも」
「あらそれなら、もっと強くならなくちゃね。あの国は大物が出やすいらしいから」
「ええ。私も負けないわ」
アイカ、ユナ、ベルとそれぞれ言葉を交わして再会を誓う。
私は、それぞれの街道に進むみんなを見送って、もう一度宿に入った。
ロビーを借りて今回の報告書を書く。
私は今回のことを踏まえ、推測だが、と前置きしたうえで、
『淀みが濃くなればなるほど強い魔物が出るようだ。それは逆に言うと強い魔物が出る所には濃い淀みがあるとも言える』
としたためた。
(さて、教会長さんはどんな判断を下すだろうか?)
そんなこと思いつつ、またあの3人を指名してくれるよう書き足す。
そして、私は冗談半分で最後にワイバーンの肉の味の感想を書いてその手紙を締めくくった。
宿を出てエリーに荷物を積み、ギルドで教会長さんへの手紙を出してからシュルツの町を出る。
いつものように途中から裏街道へ入って、のんびりと進んだ。
秋の気配を含んだ風を受け、空を見上げる。
(いつの間にかずいぶんと空が高くなったなぁ)
と思いながら、ふとチト村のことを思った。
(元気かな)
と、みんなの顔が浮かぶ。
ユリカちゃん、アンナさん、ココ。
そしてなぜかジミーの顔も浮かんだ。
(ふっ。あいつも元気かしら)
と苦笑いを浮かべる。
「ひひん!」
とエリーが機嫌良さそうな声を上げた。
「ふふ。そうね。早く会いたいわね」
と、声を掛ける。
そして、また、
「ぶるる!」
と鳴くエリーにほんの少しだけ速足という合図を出すと、私は今日の空に負けないくらい晴々とした気分でチト村を目指した。