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第58話リッツフェルド公国へ05

予想通り、半日ほど進み、やがて日が暮れかけてきた頃。

先程にも増して淀みが強くなってきたのを確認した私は、

「今日はこの辺りで野営にしましょう」

とみんなに声を掛ける。

問題の草原まではあと1時間あるだろうかという地点。

おそらくそこが明日の勝負の地点になるだろう。

それを暗黙のうちにみんなが理解し、私たちは野営の準備に取り掛かった。


「さっきのお肉もあるし、今夜は鍋にしましょうか」

と私はみんなにあえて明るい声を掛ける。

「いいね!」

とアイカがそれに明るく答えてくれた。

この明るさがアイカの持ち味だ。

これが無ければ、私たちはもっとしんどい冒険を強いられていたに違いない。

きっと、ユナもそういう所に惹かれてアイカとコンビを組んだのだろう。

そんなことを考えながら、肉と野菜を切る。

生の野菜はタマネギしかない。

しかし、乾燥茸があるからそれで十分に出汁は取れるだろう。

そう考えて、私は茸を水で戻し、さっそく肉とタマネギを炒め始めた。

「へぇ…。そうやって出汁を取るのね」

とユナが私の手元を興味深そうに見ている。

私は、そんなユナに、

「ええ。今日は野営だから調味料は味噌玉になっちゃうけど、本来なら醤油やみりん、砂糖なんかで甘めに味付けして、野菜ももっとたくさん入れてつくるの。冬場はハクサイなんかがいいわね」

と料理の解説をしてあげながら、簡単鹿鍋を作っていった。


やがて、味噌の香ばしい香りがしてきた所で、

「できたわよ」

と声を掛けてみんなでさっそく鍋をつついた。

緊張感の中にも和やかさが漂う。

私はそんな空気を感じて、

(やっぱり仲間っていいなぁ)

と改めて思った。


鍋の温もりで少し体と心がほぐれ、微笑みながらお茶を飲む。

油断があるわけではない、しかし変な力みはない。

そんな理想的な状況で私たちは明日からのことを相談した。

「おそらくだけど、淀みは大きいと思う」

私のそんな言葉に、

「…ってことは?」

とアイカが首をひねる。

私は、それに軽くうなずいて、

「浄化が1回で済まないかもしれない。そうなると草原を転々として何回か浄化する必要が出てきちゃうわね」

と今感じていることを正直に伝えた。

「なるほど。ということは、それだけ魔物と接敵する可能性が高くなるってことね?」

と言うベルの目を見てしっかりうなずくと、私は、次に、

「なるべく早く済ませたいけど、こればっかりは仕方ないわ。…でも、本当に危ないと判断したら撤退の指示をお願い。…ユナ、任せていい?」

と、今度はユナに目を向けた。

「わかった。戦闘の指揮は私が執るね。2人もいい?」

「ええ」

「了解!」

みんなの意見が整う。

やがて、静かにお茶を飲み終えた私たちは、また交代で体を休ませた。


翌朝。

いつものように慎重に魔素の流れを読んでから行動に移る。

痕跡に気を付けながら草原地帯を半日ほど進み、そこでいったん地脈の浄化を行った。

慎重になるべく広く浄化を行ったつもりだったが、やはり昨日と同じように引っ掛かりを感じる。

それでも一通りの作業を終え、

「ふぅ…」

と息を吐くと、みんなを振り返り、

「少し休んだら次に向かいましょう」

と声を掛けた。

それぞれの了解という声を聞き、行動食と少しのお茶を口にする。

そして、所々に岩や木が点在する草原地帯をこれまで以上に周囲を警戒しながら進んで行った。

隠れる場所は無い。

それは魔物の接近もわかりやすいということである反面、私たちの存在も気取られやすいということになる。

特に空から襲って来る魔物にとっては上空からいち早く私たちに狙いを定められる分、やや有利な地形だろう。

そう考え、一昨日ベルが言ったワイバーンという言葉を思い出した。

ふと不安がよぎる。

しかし、私は心の中で首をぶんぶんと横に振り、

(大丈夫よ。みんながいるじゃない)

と自分を励ますように心の中で自分に声を掛けた。


やがて、日が西に傾き始めた頃。

ほどよく大きな岩を見つけてその岩陰で野営の準備に取り掛かる。

私は、いったん準備をみんなに任せて周辺の浄化を行った。

(さっきに比べればずいぶんと淀みは薄くなったわね…。あと1、2回かしら)

そんな感触を得て、みんなのもとに戻る。

まだ何とか明るさを保っている夕暮れの空の下。

温かいお茶をもらいほっと心を落ち着けた。


「たぶん、あと1、2回。明日には終わるわ」

と、さっき得た感触をみんなに伝える。

アイカ、ユナ、ベルは、それぞれうなずいて、

「わかった。明日は勝負だね」

「ええ。まぁ、何も無いのが一番だけどね」

「そうね。でもきっと大丈夫よ」

と言ってくれた。

みんなで何かに立ち向かう。

そのことの心強さを改めて感じて、私は嬉しい気持ちのまま、その日もゆっくりと体を休めることができた。


翌朝早く。

日の出とともに行動を開始する。

昨日、淀みを感じた方向に進みながら、さらに地脈を探り淀みの中心を推し測り、慎重にかつ大胆に進んでいった。


やがて、淀みが一層濃くなっているところで、また浄化の作業を行う。

私が浄化を行う横でみんな油断なく構えてくれていた。

空気は昨日に比べてずいぶんと重たい。

ここが淀みの中心なんだろう。

そして、そのことは接敵の可能性が高まっていることをも意味している。

そのことは全員がきちんと理解していた。


やがて、浄化が終わりほんの少し休憩をしようとしたその時。

いっきに周辺の空気が重たくなる。

(きたっ!?)

そう思って身構えるが周辺に魔物の姿は無い。

そして、私が、

(まさか…)

と思って見上げると、私たちに向かって勢いよく突っ込んでくるワイバーンの姿が視界一杯に広がった。

「伏せて!」

と声がして慌てて伏せる。

すると、次の瞬間何かの叫び声と共に大きな爆発音がした。


私の上をすごい勢いで風が通り抜けていく。

おそらく爆風だ。

しばらくその風に耐えていると、遠くで、

「ズザァーッ!」

という何かが地面を引きずられるような大きな音がした。

「後はお願い!」

というユナの声からして、おそらくワイバーンが落ちたのだろう。

私はそう判断して、慌てて飛び起きると、手近に置いてあった薙刀を慌てて掴む。

そして、すでに走り出しているアイカとベルの後を追った。


目標は100メートルほど先だろうか。

「グギャァー!」

と気味の悪い鳴き声を上げながら、もがいている。

どうやら翼を損傷したらしい。

(地上戦なら何とかなる)

私は直感的にそう思って、さらに足を速めると、

「ガツン!」

と言う音に続いて、アイカの後から飛び出し相手のどこかを薙ぎ払うように斬った。


一旦飛び退さって相手を見る。

全長は10メートルよりも少し短いくらいだろうか。長い尻尾を除けばおそらく5メートルを少し超えるくらい。

(こんなに大きいの!?)

と言うのが第一印象だった。

図鑑で見たりして知識としては知っているつもりだったが、実際に目の当たりにするとその迫力は全然違う。

私はそれを見て、一瞬尻込みする自分に気が付くと、その恐怖を払いのけるように頭を短く何度か振った。

激しく振り回される尻尾や翼を避けながら、慎重に相手の隙を窺う。

時折、

「ガツン!」

と音がしてアイカが攻撃を受けては、私やベルがその隙に飛び出し斬りつけるということを何度か繰り返した。


ワイバーンの皮は予想以上に硬く分厚い。

それでも、私たちが斬りつける度にワイバーンは、

「グギャァ!」

と声を上げている。

おそらく効いているのだろう。

私たちはそれを信じて攻撃を繰り返した。

やがてワイバーンの動きが緩慢になって来る。

しかし、私たちも限界だ。

(そろそろ勝負を付けないと…)

苦しそうな顔を見せるアイカの表情を見ながらそんなことを思った。


その次の瞬間。

矢が飛んできてワイバーンの目元に突き刺さる。

ユナだ。

かなり効いたのだろう。

ワイバーンが大きくのけぞり、

「グギャァ!」

とまた醜い声を上げて棒立ちになった。

(今っ!)

そう思った瞬間、私とベルが同時に飛び出す。

そして、私は向かって右、ベルは向かって左の脚へ向かうと、その足首を思いっきり斬り払った。

ワイバーンがバランスを失って倒れる。

次の瞬間私とベルはワイバーンの背に飛び乗ると、それぞれが頭のある方を目指し、ほとんど同時に首筋に刃を突き立てた。


「おわっ!」

おそらくワイバーンの最後の抵抗だったのだろう。

ビクンと痙攣したのにバランスを崩して落ちかける。

そんな私の手をベルが掴んで、

「大丈夫?」

と声を掛けてくれた。

私はなんとか持ち直し、

「ありがとう」

と声を掛ける。

足元から、

「終わったー…」

という気合の抜けたようなアイカの声がして、遠くから、

「おーい。大丈夫?」

というユナの声が近づいてきた。

「大丈夫よ!」

とユナに手を振る。

そして私とベルは同時に、

「「うふふっ」」

と微笑み合って、その場でがっしりとまるで腕相撲をするときのような恰好で握手を交わした。


やがて、私たちはワイバーンから降り、アイカの元へ向かう。

「いやぁ、もうへとへとだよ」

と苦笑いするアイカに手を貸して、立ち上がらせるとそこへユナがやって来た。

「やったね!」

「ええ!」

「えへへっ。大勝利じゃん!」

「うふふ。そうね」

と言いながら、みんなでハイタッチを交わす。

初めての敵を無事に倒した満足感と、みんなの息があったことへの満足感。

その両方をみんながそれぞれに感じているのだろう。

笑顔の輪はますます広がり、辺り一帯に私たちの明るい声が響き渡った。


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