翌朝。
パンとスープだけの簡単な朝食を済ませてさっそく出発する。
また、いつものように私が魔素の流れを読み、進むべき方向を示していった。
やがて、淀みが濃くなってきたところで野営の準備に取り掛かる。
ベルが言った草原まではまだ遠い。
おそらく半日は歩かないといけないだろう。
しかし、もう十分魔素の淀みが濃い。
おそらく、明日は何かの痕跡に当たるはずだ。
そう思って、今日は無理をせず野営にすることにした。
夕食も簡単にパンとスープで済ませ、お茶を淹れ、束の間の休息をとる。
「いよいよだね」
とアイカがつぶやいた。
そのつぶやきにユナが、
「ええ」
と短く答えると、そこで会話が途切れる。
パチンと薪が弾けた。
私たちの間には緊張感が漂っている。
私はその空気を少しだけ変えたくて、
「大丈夫よ」
と、あえて落ち着いた声で誰にともなくそう声を掛けた。
またパチンと薪が弾ける。
「ふふっ。そうね」
とベルが笑った。
その言葉で、
「ははは。そうだね」
「ええ。きっと大丈夫よね」
とアイカとユナも笑顔になる。
私は、そんなみんなの顔を見てほっとすると、
「さぁ、そろそろ休みましょう」
と声を掛けて、今日は先に休ませてもらった。
翌朝。
しっかりと準備を整える。
変な緊張感は無い。
私たちは全員でうなずき合うと、気を引き締めてさらに森の奥を目指した。
慎重に進んで行く。
そして、予想通り、痕跡に突き当たった。
下草が根こそぎやられているところを見ると、おそらく鹿の魔物だろう。
みんなに視線を向けるとそれぞれがうなずく。
(この時期ならオスが狂暴になっていてもおかしくないし、下手をしたらメスを何頭か連れている可能性もあるわね…)
そんなことを考えながら、慎重にその痕跡を追って行った。
やがて、予想通り、やや開けた草地に5匹ほどの鹿の群れを発見する。
1匹のオスに連れられた4匹のメス。
オスの体長は2、3メートルあるだろうか。
大きな角がいかにも狂暴そうだ。
「これだけ開けてるなら、護衛はいらないわ。アイカはオスの角を防いでジルとベルを助けてあげて、私は主にメスを狙うから」
というユナの言葉にみんながうなずき、私たちはさっそくその群れへと近づいていった。
所々にある岩陰を利用しながら慎重に近づいたつもりだったが、早々に気付かれてしまう。
オスが意外と野太い警戒の声を上げて、メスを守る位置についた。
「行くよ!」
というアイカの声と同時に私たちはオスに向かって走り出す。
それと同時にユナの矢がメスに向かって放たれた。
「ブモォォ!」
という鳴き声が辺りに響く。
その声を聞いたからだろうか、いきり立ったオスがこちらに向けて突っ込んできた。
「角は任せて!」
と言うアイカの後に続く。
私たちが衝突する直前、オスの鹿は頭を下げその狂暴な角をアイカに向けて突き出した。
「ガンッ!」
という強烈な音がする。
やや押されたようだが、アイカはものの見事にオスの角を受け止めて見せた。
ベルが素早くアイカの後から飛び出し、オスの後脚を斬り払う。
私もそれとほぼ同時に首元を突いた。
次に向かう。
メスたちは私たちが近づくと、逃げ出すどころか、真っ向から立ち向かってきた。
メスの鹿はオスよりやや小柄だが、それでも私なんかより十分に大きい。
先程ユナの矢を受けたメスが、怒り狂いながら遠慮なく後ろ脚を振り上げて蹴りを入れてくる。
私もベルも、なんとかその早く強い蹴りをギリギリでかわした。
また、ユナの矢が放たれ、今度は首元を的確にとらえる。
「ブモォォ!」
と野太い声を上げたその1匹を放置して、私とベルはそれぞれ、次の目標に向かって突進していった。
私の目の前にいる鹿が急に後ろを向き、その脚を私に蹴り入れてくる。
私はまたしてもそれを何とかかわし、隙を窺った。
まずは太ももを一閃する。
しかし、
(浅い!)
そう思っていったん退くと、私に向かってきたメスは先ほどのメス同様怒り狂い、さらにするどい蹴りを放ってきた。
(…おっと!)
と心の中で言いつつ、転がるようにして何とかかわす。
そして、素早く薙刀を腹の辺りに突き入れた。
「ブモォォ!」
という声が響き、そのメスが棒立ちになる。
そこへまたユナが矢が飛んできて、首元を射抜いてくれた。
相手が倒れたのを油断なく確認して振り返る。
すると、
「ガツン!」
と音がして、メスの蹴りをアイカが受け止めたところだった。
当然私が手出しをする間もなくベルが飛び出しその首を落とす。
私はその凄まじい一撃に一瞬目を奪われてしまった。
おそらくアイカも私と同じように感じたのだろう。
「わぁお」
と感嘆の声を上げる。
ベルはその声を無言で、しかし照れくさそうに受け取っていた。
私も、
「相変わらずね」
と笑顔でベルに声を掛ける。
ベルは、
「…たまたまよ」
と言って今度は確実に顔を赤くした。
そんな様子を見て私とアイカが、
「「ふふふ」」
と笑い合う。
その声にベルが、
「…もう」
と、ちょっとむくれたような顔で可愛く抗議してきた。
「さて、とりあえず剥ぎ取りね」
と言ってさっそく魔石を取り出しにかかるアイカに、私は、
「ついでだし、今日食べる分のお肉も取っちゃいましょう」
と声を掛ける。
「お。いいね。お昼は焼肉食べ放題じゃん!」
というアイカの冗談か本気なのかわからないセリフに、私は苦笑いで、
「あはは。食べ過ぎはだめよ?」
と返した。
「はーい」
と笑いながら返事をするアイカと一緒にさっそく解体に取り掛かる。
やがて、ユナもそれに合流し、私たちとは別の個体をベルと一緒に解体し始めた。
1時間ほどたっただろうか。
魔石と今日の分の肉を取り終えたところで、私はさっそくその場の浄化作業に取り掛かる。
いつも通り、深く、丁寧に地脈にたまった魔素の淀みを解きほぐしていった。
しかし、私はそこで、
(これって…)
と違和感を持つ。
どうやら、携帯用の浄化の魔導石では届かない範囲にさらに引っ掛かりがあるようだ。
(もう少し進まなきゃダメみたいね)
そう思って、浄化のついでにその淀みの方向を探った。
やがて、一連の作業が終わり、
「さて、焼き肉ね」
と、あえてみんなに明るい声を掛ける。
すると、さっそくアイカが、
「やったー!」
と声を上げ、
「ねぇ、お米もたくさん炊いてね」
と注文を出してきた。
私とユナは苦笑いでさっそく調理に取り掛かる。
激しい戦いが終わり、私たちは、束の間、緊張から解放された。
やがて、準備が整い待ちに待った焼肉の時間。
さっそくスキレットに肉を乗せると、
「じゅーっ」
という音と、かぐわしい香りが辺りに漂う。
アイカはそれを今か今かという期待の目で白米片手に見つめ、私たち3人はそれを微笑ましく見守った。
やがて、肉が良い感じに焼けてきたのを見計らって、私が、
「これなんかそろそろいいわよ」
とアイカに教えてあげると、
「いただきます!」
と言ってさっそくアイカが肉を頬張る。
そして、アイカは、
「んまっ!」
とひと言叫ぶと慌てて米をかき込んだ。
私たちもさっそく肉に箸を伸ばす。
取れたての鹿肉は、独特の臭みも少なく、やや淡白ながらもしっかりとした肉の味と噛み応えがあって、米に良く合った。
(ああ。ここにちゃんとしたタレがあればなぁ…)
と思いつつ、塩と胡椒だけで味付けされた肉を噛み、米を口に運んでいく。
すると、私の横でベルが、
「淡白だけど、いい味ね。まさにお肉を食べてるって感じだわ。…ビールが無いのが残念ね」
と冷静な顔でそう言った。
その言葉を聞いてユナが、
「あら。ベルって意外と呑兵衛さんなのね」
と言って笑う。
私も、笑いながら、
「あはは。確かに、ビールだね。でも焼酎もいいかも。この辺りなら米焼酎があるでしょ?あれの水割りをゆっくり飲みながらっていうのも悪く無さそうよ」
と付け加えた。
「あら。ジルも呑兵衛さんなのね」
と、またユナが笑う。
そして、アイカが、
「私はお酒よりお米かな」
と言うと、みんなで笑った。
さっきまで戦場だった場所に笑い声が響く。
私たちはほんのひと時の安らぎを得て、そこで英気を養った。
食後。
私はさっき感じた違和感をみんなに話す。
すると、みんなの顔が一気に引き締まった。
「方向は?」
と言いながら、ベルが地図を取り出す。
私が違和感を持った方向を指さすと、ユナが、
「…草原ね」
とひと言つぶやいた。
その場にまた緊張感が漂う。
しかしそこへ、アイカが、
「とにかく進もうよ。きっと大丈夫だって」
という明るい声を掛けてくれた。
その場の空気が少しだけ軽くなる。
「ええ。そうね。気合を入れてかかりましょう」
というユナの声に、
「ええ」
「うん」
「そうね」
とみんなが真剣な表情だけど、明るく返事をすると、私たちはさっそく出発の準備に取り掛かった。