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第56話リッツフェルド公国へ03

昼食後。

補充すべきものの買い物をしながら宿に戻る。

その後はそれぞれの準備の時間に充てた。

そして、夕方みんなで銭湯に向かう。

和気あいあいと、しかし冒険者らしく手早くお風呂を済ませると、また適当な店に入って、お酒は飲まずご飯だけを食べてその日は早めに宿に戻った。

明日からはいよいよ冒険が始まる。

そんな程よい緊張感の中、私たちは各々、ゆっくりと体を休めた。


翌朝。

さっそく宿を発ち目的地であるイース村へと延びる田舎道をそれぞれの馬に乗って進む。

途中、次の小さな宿場町で宿を取り、またみんなで楽しくお風呂と食事を済ませると、予定通り2日目の夕方前、イース村へと到着した。

さっそく村長宅を訪ねて、その日の宿をお願いする。

村長は歓迎してくれて、心尽くしの料理とお風呂を用意してくれた。

お風呂をいただき、夕食の時。

最近の村の状況を聞き取る。

やはり、教会長さんから送られてきていた報告書の通り、作物、特に米の生育があまり良くないとのことだった。

(なんで、こうなるまで放っておいたのかしら…)

と、最近の聖女の質の低下をまたもや感じて、やるせない気持ちになりつつも、

「明日、浄化の魔導石の調整を行ったらさっそく森に入って調査してきますから、安心してください」

と村長に声を掛けてその日は休ませてもらう。

そして、翌日。

いつもの通り、調整が上手くいっていなかった浄化の魔導石にため息を吐きながらも、しっかりと調整しなおすと、私たちはさっそく森へと向かった。


稲穂が揺れる長閑なあぜ道を通り、森に入る。

適度に管理された森は木々の間からこぼれてくる夏の日差しに輝き、色とりどりの花が咲く、美しい場所だった。

(いい森ね…)

と思わずハイキングに来たような爽やかさを覚えてしまう。

しかし、同時に、

(こんな素敵な森を荒廃させちゃいけないわ)

という責任感も生まれてきた。


田舎にとって森は生命線だ。

その恵みが生活に直結している。

森が富めば村が富み、森が荒れれば村も荒れてしまうだろう。

私たち聖女にはそれを適切に管理できる状態にしておくという責任があるというのに、昨今はそれが忘れられているという悲しい現実を思い、私はそっとため息を吐いた。


徐々に森が深くなっていく。

どうやら、すでに村人の手が入っている場所は通り抜けたらしい。

私はそこで、いったん小休止を兼ねて魔素の流れを読んだ。

まだ、冒険者にとっては森の入り口といった浅い場所ではあるが、すでにやや引っ掛かかるような感覚がある。

「あっちね」

と短く方向を伝えると、私たちはまた森の奥を目指して進み始めた。


やがて、空の端が薄紅色に染まり始める。

私たちは、適当に開けた場所を見つけると、今日はそこで野営をすることにした。

アイカとベルに設営を任せ、私とユナが料理を作る。

どうやらユナは最近料理を始めたらしい。

「なんとかリゾットなら作れるようになったのよ」

と、やや誇らしげに言うユナに手伝ってもらいながら、今日はそのリゾットを作ることにした。

初日のことで野菜も肉もたっぷりある。

タマネギを切り、案の定涙をぽろぽろ流すユナを笑いながら、2人で楽しく料理を進めた。


「できたよ!」

という私の声に、

「待ってました!」

とアイカが勢いよくこちらにやって来て、さっそく自分のお皿を出してくる。

私はその様子に微笑みながら、みんなの分のリゾットを皿に盛りつけて、さっそく焚火を囲んでみんなで食事にした。

(ああ、やっぱりいいなぁ、こういうの)

と、みんなで食べるご飯の味を噛みしめながら、美味しく食べる。

焚火の周りには笑顔が溢れ、暗くなり始めた森の中を明るく照らした。


食事が終わりお茶にする。

村長の奥様がせめて道中、お腹の足しにしてくれと言って渡してくれた干し果物入りのクッキーをかじりながら、明日からのことを話した。

「さっき見た感じだと、結構淀みがありそう。だからたぶん。今回の冒険も大変になると思う」

私の言葉にみんなが引き締まった表情でうなずく。

おそらく、明日は探りを入れて、勝負は明後日。

そんな私の感覚をみんなに伝えた。

「ジルが言うならそう遠くは無いわね」

とユナがうなずきながら言い、アイカも、

「うん。明日から油断せずに行こう」

と答えてくれる。

そして、ベルに目を向けると、ベルは地図を見ながらなにやら考えて込んでいた。

「どうしたの?」

と聞くとベルは地図をじっとみたまま、

「この辺りに多いのはネコ科とか狼、あとは鹿や牛かしら…」

と言うが、続けて、

「この辺り。開けて草原になっているところ。なんとなくだけど、気になるわ」

と地図の一点を指しながらそう言った。


私たちも地図に目を落とす。

しかし、ピンとこない。

私は、頭に疑問符を浮かべながらベルに、

「どう気になるの?」

と聞いてみた。

その言葉にベルは少し迷ったような表情を見せる。

しかし、その後意を決したような表情になると、ただの直感だけど、と前置きをしたうえで、

「昔、遠くにワイバーンがいるのを見たことがあるんだけど、こういう草原に出てきた獣を狩っていたの。何となくそれを思い出しちゃって」

と言った。


私たちの表情が曇る。

もしワイバーンだったら今の私じゃ歯が立たない。

そう思って、ベルに驚きの目を向けると、ベルは、

「万が一そうなったらどうする?」

と私に視線を向けてきた。


まさか。

そんな思いが強い。

おそらくそんな事にはならないだろうというのが正直なところだ。

しかし、これまでの状況、ここまでで魔素の淀み、それらから考えると、完全には否定できない自分がいる。

顎に手を当てながら、

(大鷹の魔物くらいならともかく仮にワイバーンが出てきたとして、普通なら逃げる以外の選択肢はないわね…。でも、もし淀みの中心にいたとしたら…)

と考えた。

みんなもなにやら考え込み、一瞬の沈黙が訪れる。

すると、しばらくしてユナが、

「落とすのが精一杯ね。地上戦は任せたわよ?」

と言った。

私はその言葉に驚いて、ユナを見る。

するとユナは、

「もちろん、戦わなくていい状況だったら避けたいわ。でも、戦わなきゃいけない場合もあるんでしょう?だったらやるわ」

と落ち着いた口調で微笑みながらそう言った。


ユナはどうしてそこまで言ってくれるのだろうか?

今の言葉はどう考えても護衛依頼の範疇を超えている。

それなのにどうして?

そんな疑問が浮かんだ。

驚きと困惑で固まる私にユナは苦笑いのような表情を見せる。

そして、

「助けたいんでしょ。それは私も一緒よ」

と言ってくれた。

アイカも、

「落ちてきたら後は任せて、爪も尻尾も全部防いでみせるわ」

と冗談っぽくだが、真剣な眼差しでそう言ってくれる。

ベルも、大きくうなずいて、

「私も。多少硬くても斬る自信はあるわよ」

と答えてくれた。


仲間の協力。

それが、どれだけ心強いことだろうか。

万が一、ワイバーンが出てきたら、それは一大事だ。

私ひとりでそれに立ち向かうことなどできない。

しかし、みんなが協力してくれる。

ワイバーンという未知の敵にも、みんなでかかればきっとなんとかできるのではないか。

そんな思いすら湧き上がってきた。

「ありがとう」

素直に頭を下げる。

すると、ユナが、

「もう。仲間なんだから遠慮しないの」

と言い、アイカも、

「そうそう。水臭いのは無しだよ」

と言ってくれた。

ベルが私の肩にそっと手を置く。

「きっと大丈夫」

そう言ってくれるみんなの言葉に涙が出そうになった。

いや、ひょっとしたら出ていたかもしれない。

私は、慌てて目の辺りをこすると、もう一度、

「ありがとう!」

と今度は満面の笑みでそう言った。


いつの間にか夜は更け、

「さて、そうと決まれば休息だね」

というアイカの言葉をきっかけに交代で休みを取る。

最初の見張りは私。

私はなんだかまだちょっと照れくさい気持ちと嬉しい気持ちを抱えながら、お茶をひと口飲んで空を見上げた。

夏の濃い夜空にはいくつもの星が輝いている。

私はまた心の中で、

(ありがとう)

と、つぶやくと、またお茶をひと口飲み、微笑みながら焚火の炎を見つめた。


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