不要な部分を取り除いたとはいえ、まだまだ十分に重たいイノシシの魔物をジミーと2人でなんとかあの場所に運び込む。
時刻は夕方前。
私はジミーをその場に残して村へと戻って行った。
明日にでも森に慣れた人が何人か入って、あの肉を持ち帰ってきてくれることになるのだろう。
そうすれば、村中で美味しい肉が食べられるはずだ。
ちなみに、私はもう一番美味しいロースの部分を分けてもらっている。
(ラフィーナ王国産の美味しいお米もあるし、美味しいお肉もあるから、トンカツじゃなくて、かつ丼もいいわね)
と思いながら、村長宅へと続くあぜ道を足早に進んでいった。
やがて、報告が終わりアンナさんの家に戻る。
「ただいま!」
「おかえり、ジルお姉ちゃん!」
「おかえりなさい」
「きゅきゅっ!」
という声に出迎えられて、もう一度、
「うん。ただいま。美味しいお肉獲って来たよ」
と言って、肉の入った麻袋をアンナさんに預けた。
「まぁまぁ、けっこうたくさんもらったんですねぇ」
と、その重さに少し驚いたような声を上げるアンナさんにむかって、
「まぁ、功労賞ってやつかな?」
と冗談めかしてそう答える。
「うふふ。じゃぁ、今日はちょっと贅沢に厚めに切って揚げちゃいましょうか。残りは角煮にして明日以降のおかずにしましょうね」
と、嬉しそうな顔をして、さっそく台所に向かおうとするアンナさんに、私は、
「ねぇ、アンナさん。どうせだったらかつ丼なんてどうかな?ほら。美味しいお米もたくさんあるし」
とさっき思いついたことを提案した。
「あら。それはいいわね。うふふ。もしかしたら、ユリカはかつ丼初めてだったかしら?」
「え?そうなの?じゃぁ、なおさらだね」
「ええ。とびっきり美味しいのを作らなくっちゃ」
私とアンナさんの会話にユリカちゃんが、
「かつどんってなぁに?」
と興味津々という感じでキラキラと輝く目を向けてくる。
私はそんなユリカちゃんを抱き上げて、
「とっても美味しいご飯だよ。うふふ。先にお風呂入ってきちゃおうか!」
と声を掛けると、
「うん!」
と元気に返事をするユリカちゃんを連れて、さっそくお風呂場へと向かった。
やがて夕食の時間になる。
大きなカツを夢中で頬張るユリカちゃんに負けないよう私も大きな口でカツを頬張った。
その姿を見て、アンナさんが笑いその笑顔の輪が小さなリビングいっぱいに広がる。
そんな幸せな光景の中で、またひとつ私たちに思い出の味ができた。
そのことを心の底から嬉しく思う。
こうして、思い出が積み重なって、私たちはこれから家族になっていくんだ。
そういう思いが私の中に広がっていった。
自分で感じた「家族になっていく」という言葉に自分で照れる。
(…うふふ。でも、悪い気持ちはしないわね)
と思って私がニコニコとかつ丼を食べていると、横から、
「すっごく美味しいね、ジルお姉ちゃん」
と、ユリカちゃんがキラキラと目を輝かせながら私にそう言ってきた。
「うん。美味しいね!」
と、私も満面の笑みを返す。
「あらあら。2人ともご飯粒が付いてますよ」
というアンナさんの笑い声で、私たち2人はまた笑って、かつ丼を頬張った。
食事が終わり、お眠になったユリカちゃんと一緒に支度を整えてベッドに入る。
夏のことでお互いの温もりは少し暑かったけど、それでも心地よさの方が強く、私たちは朝までその幸せをお互いに抱きしめ合って眠った。
翌々日。
いつもより少し早く起きる。
いつもの私服ではなく、冒険者服を着て準備を整えて朝食の席に向かった。
その姿を見て、ユリカちゃんがちょっと驚いたような悲しいような顔をしたが、
「大丈夫。ちょっとお稽古をしにいくだけだからね」
と教えてあげる。
「もう、お仕事にいっちゃうのかと思ってびっくりしちゃったよ…」
というユリカちゃんに、
「ごめん、ごめん」
と謝って頭を軽く撫でてあげると、私は手早く朝食を済ませて、さっそく家を出ていった。
詰所に着き、
「ジミー、いる?」
と声を掛ける。
すると、中から短く、
「おう」
という言葉が帰って来て、しばらくするとジミーが出来てきた。
「どうした?」
と聞くジミーに、
「教えてもらいにきたよわ」
と言うと、ジミーは「?」とう顔を浮かべる。
「あれよ。騎士の『おまじない』とか言ってたあの強化魔法みたいなやつ。あれを教えて」
と私が少し呆れたような表情を浮かべてそう言うと、ジミーは、思い出したような表情で、
「ああ、あれか。ちょっと待ってろ」
と言い、詰所の中へと戻っていった。
しばらくすると、ジミーが木剣を持って戻って来る。
そして、ジミーは詰所の裏にある井戸の脇のちょっとした空き地に私を誘った。
「まぁ、とりあえず一回やってみるから、見ててくれ」
と言い、なぜか薪割台の上に薪を置く。
私が、何だろうかと思って見ていると、ジミーはひとつ深呼吸をして剣を構えた。
私はそれをじっと見つめる。
すると、しんと静まり返った中でジミーから一瞬魔法のような、それとはまた違うような気配がしたかと思ったその瞬間、ジミーは一気に剣を振り下ろし、なんと木剣で綺麗に薪を割ってみせた。
割られた薪がコロンと可愛らしい音を立てて転がる。
私がややあっけにとられながら見ていると、ジミーが振り返って、
「まずは、体の中で気を練る…そうだな…魔力を放出するんじゃなくて、自分の中にため込むような感覚を覚えるんだ。その後、それを一気に斬撃に乗せるような感じで剣を振ればいい。この程度のことなら誰でもできるようになる」
と言った。
私は、その言葉を聞いて、先の長さを思いやり、
「それって、どのくらいで出来るようになるものなの?」
と一応聞いてみる。
すると、ジミーは、
「人によるが、早いやつは3、4日で出来るようになるぞ。遅いやつでも1月もあれば真似事程度は出来るようになるはずだ」
と、いかにも気軽にそう言ってきた。
私が、
(そんなわけないでしょうに…)
という感じでジト目を向けると、ジミーは、少し慌てて、
「もちろん、ある程度、剣術の修行をこなしてきたやつだったらって前提だからな。お前の場合、見た感じ鍛錬してるみたいだし…」
とまるで言い訳をするような言葉を私に向けてきた。
私はため息を吐きつつも、
「わかった、やってみたいから、ちょっと貸して」
と言って、木剣を借りる。
私は先ほどジミーが言ったことを思い出しながら、とりあえずいつものように集中して木剣を薪に向かって振り下ろした。
当然だが、薪は割れない。
それどころか、借りた木剣の方が折れてしまった。
「…ごめん」
と謝る。
するとジミーは、
「あははっ」
と笑って、
「代わりはあるから気にするな。魔法が使えるやつなら良くやる失敗だよ。いいか、あくまでも自分の中に魔力をため込むような感覚でやるんだ」
と言って、また詰所の中に戻ると、代わりの木剣を持ってきてくれた。
次こそは折らないように、そう思いながら、自分の中に魔力をため込むという感覚を必死に探る。
そして、こうだろうか?というような感覚を持ったところで、また薪めがけて木剣を振り下ろした。
今度は木剣こそ折れなかったものの、薪は明後日の方向へ跳ね飛んだだけで、傷一ついていない。
私は悔しがりつつ、もう一度挑戦する。
(慎重に、集中して、魔力を溜めて…)
そう念じながら、また、薪をめがけて木剣を振り下ろした。
そんなことを何回繰り返しただろうか。
「おい。そろそろ飯の時間だぞ」
というジミーの声が聞こえていったん木剣を置く。
気が付けば、太陽は中天を指していた。
「ありがとう」
「ああ。そいつはやるから家でも練習してみるといい」
と言って、ジミーは私が握っている木剣に目を向ける。
私はもう一度、
「ありがとう」
と礼を言うと、少し痺れる手をさすりながら、アンナさんの家へと戻っていった。
翌日もひとりで稽古に打ち込む。
庭でひとり薪に向かって木剣を振り下ろす私をユリカちゃんはココと一緒に無邪気に応援してくれた。
まだ、薪は割れない。
しかし、もう一歩という感覚がある。
(気を練る…。魔力をため込む…。一気に解き放つ…)
心の中でそんな言葉を繰り返しながら、私は何度も何度も薪に木剣を振り下ろした。
そうやって何度木剣を振っただろうか。
徐々に周りの音が消えてくる。
きっと目の前の薪にだけ集中できるようになってきたからだろう。
そんな感覚を覚えつつ、無意識に木剣を振り下ろすと、それまでびくともしなかった薪がスパンっと音を立てて2つに割れた。
突然の出来事に驚く。
後から、
「すっごーい!」
というユリカちゃんの声が聞こえた。
私はその声でやっと我に返り、
「やったね!」
と言って、ユリカちゃんと小さくハイタッチをする。
「応援ありがとうね」
と言うと、ユリカちゃんが、
「ジルお姉ちゃん。薪割りできるようになって良かったね」
と少し的外れな感想をくれた。
私はそれを聞いて、
「はははっ。そうだね、今日から薪割り頑張るね」
と笑いながら答える。
そんな私に、
「あのね、ユリカはまだ薪割させてもらえないけど、大きくなったらちゃんとできるようになってアンナおばちゃんのこともっとお手伝いするの」
と言って来るユリカちゃんの言葉がなんとも温かくて、そして、切なくて、私は思わずユリカちゃんを抱きしめてしまった。
「ちょっと、苦しいよ」
と笑いながら言うユリカちゃんをさらに抱きしめながら、
「これからも一緒にお手伝い頑張ろうね」
と声を掛ける。
「うん!」
と私の腕の中で嬉しそうに返事をするユリカちゃんを撫でてあげると、私は、
「よし。じゃぁ、もう一回やってみるね」
と声を掛けて、また、鍛錬の続きを始めた。