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第52話イノシシ01

「ただいま!」

いつものように裏庭に回り、元気に声を掛ける。

すると、奥からバタバタという足音が聞こえて、いつものようにユリカちゃんが飛びついてきた。

「おかえり。ジルお姉ちゃん!」

「ただいま!」

「うふふ。おかえりなさい」

「うん。ただいま」

「きゅきゅっ!」

「あはは。ただいま」

みんなとそれぞれ挨拶を交わして、ユリカちゃんをいったん地面に降ろす。

「今回のお土産はお米よ。あと、エルフの伝統的な髪飾りとかをいくつか買ってきたから、あとで一緒につけてみましょう」

とユリカちゃんに声を掛けて、頭を撫でてやった。

「やった!ねぇ、早く見せて」

と無邪気に喜ぶユリカちゃんにせかされて荷物を家の中に運び込む。

そして、いつもの小さなリビングへと向かった。


その翌々日。

最近の村というよりも森の様子を聞こうと思ってジミーを訪ねる。

すると、なにやら詰所の前に人が集まっていた。

(なにごとだろう?)

と思って近寄ると、その人の輪の中からジミーが出てきて、

「おう。ちょうど良かった。今呼びに行こうかどうか考えていたところだ」

と言う。

「どうしたの?」

と聞くとジミーはひと言、

「ちょっと大きめのイノシシの魔物が出たらしい」

と答えた。


詳細を聞くと、普段村人が出入りするよりもちょっと奥の方に大きなヌタ場が出来ていたのをジミーが見つけたのだとか。

軽く周囲を探索してみたが、足跡なんかから見てやや大きいだろうとのこと。

それで、急いで村に戻って来て、村人に肉の運搬を頼もうと思って集まってもらっていたところなのだそうだ。

イノシシの魔物は食べられる。

というよりもむしろ美味しい。

魔物である以上厄介な存在だし、出てこないに越したことはないが、出てきたとなれば美味しくいただきたいと思うのも無理はないだろう。

そのくらい美味しい。

それを聞いて私は、

「急いで準備してくるわ!」

と言うと、さっそくアンナさんの家に引き返していった。


「イノシシの魔物が出たらしいからちょっと狩ってくるね」

とユリカちゃんとアンナさんに告げ、さっそく準備に取り掛かる。

ユリカちゃんはあからさまに不満そうな顔をしていたが、私が、

「安心して、ユリカちゃん。イノシシの魔物はそんなに強くないし、それにすっごく美味しいのよ」

と教えてあげると、

「美味しいのっ!?」

と、ユリカちゃんはびっくりしたような顔になった。

「そっか。ユリカちゃんは食べたことが無かったのね。よし、お姉ちゃん張り切って狩ってくるわ。待っててね一番美味しい所をもらってくるから!」

と言って少し強めに頭を撫でてあげる。

すると、ユリカちゃんは、

「えへへ」

とくすぐったそうに笑いながらも、

「気を付けて行ってきてね」

と言って、快く私を送り出してくれた。


「行ってきます!」

と元気に言って私は、

(やっぱり、イノシシの魔物といったらトンカツよね)

と思いながら、張り切ってあぜ道を速足で進み、詰所に戻る。

そして、

「待たせたわね。行くわよ」

とジミーに声を掛けて、さっそく森へと向かった。


森に入り、半日。

私たちはジミーがいつも野営をしているあの場所につくと早速野営の準備を済ませる。

そして、行動食をつまみながらさっそく地図を広げた。

「ヌタ場があったのはこの辺りだ。明日の午前中には着く」

「わかった。狩った後の解体は任せて。大きさにもよるけど、運べるようだったら2人でここまで運んできましょう」

「わかった。前衛は任せてくれ。一応イノシシは経験がある」

「…わかったわ。でもヘタは打たないでね」

「ああ。そこは信用してくれ」

そんな会話を交わしてとりあえずお茶を淹れる。

ジミー曰くこの辺りならそこまで警戒は必要ないということで、適当な倒木に腰掛けてお茶を飲んだ。


お茶を飲みながら、軽く言葉を交わす。

「ねぇ。なんで騎士になったの?」

「ん?ああ、なんていうか代々騎士の家系に生まれてな…。特に疑問も持たずに騎士になった」

「え?ってことはジミーって貴族様!?」

「…まぁ、末席だがそうなるかな。あれだ、騎士爵ってやつだから言ってみればただの貧乏役人だ。貴族様なんて偉いもんじゃない」

「それでも一応貴族様なんじゃん」

「ふっ。聖女様ほど偉くはないさ」

「…。家を継げとかそういうの無いの?」

「ん?ああ、まぁな…」

「そっか」

「ああ」

そこでなんとなく会話が途切れ、少し気まずい雰囲気になったところで、ジミーが、

「そういうお前はなんで聖女なのに冒険者なんかやってるんだ?」

と話題を変えてくれた。


私はこれまでにあったことをぽつぽつと話す。

するとジミーは、

「お前も苦労したんだなぁ」

としみじみとつぶやくようにそう言った。

やがて、夜が更けていく。

私たちは、それぞれのことをほんの少し知ったところで、さっさと体を休めた。


翌朝。

夜明けと同時に行動を開始する。

そして、ジミーが見つけたヌタ場に着くと、痕跡を辿って行った。

たしかにジミーの言う通り、そのイノシシの魔物はやや大きいらしく痕跡もはっきりと残っている。

その跡を慎重に追っていくと、やがて、わずかずつだが空気が重たくなっていった。

おそらくジミーもそれに気が付いたのだろう。

先程までよりも表情が引き締まっているように見える。

私も、

(意外と早く出会いそうね)

と思いながら、気を引き締めなおした。


追う事しばし。

あからさまに周囲の空気が淀んでいる。

(近いわね…)

私はそう感じて、革鞘を取り、ジミーも剣を抜いた。

遠く、藪の中で気配が動く。

「来るぞ」

とジミーが小さな声でそう言った。

私も、

「ええ」

と答えて身構える。

そして、数舜。

藪の中からやや大きめのイノシシの魔物がこちらを睨みつけながらのそりと顔を出してきた。

どうやら縄張りを荒らされて怒っているらしい。

頭を低くし、牙をこちらに向けている。

しばらく睨み合っていると、そのイノシシの魔物が前脚で地面をけり始めた。

(一気に突っ込んでくるつもりね)

私はそう思って集中を高めると、ジミーの方を見た。

ジミーは落ち着いた様子で剣を低く構えている。

(ちょっと…大丈夫なんでしょうね?)

と思いつつ、私はいざという時は守れる位置に少しずつ足を動かしていった。


ほんの少しじりじりとした時間が続いたところでイノシシの魔物がしびれを切らす。

さらに体勢を低くし、こちらにむけて一気に突っ込んで来ようとした。

その瞬間、ジミーもそれに真っすぐ突っ込んでいく。

(え!?)

と思ったが、次の瞬間ジミーはほんの少し軌道をずらすとイノシシの魔物の横をすり抜けるように駆け抜け、そのすれ違いざまに剣を振った。

イノシシの魔物が醜い声を上げて倒れ込む。

見れば、ヤツの足は右前脚が根本から綺麗に斬り落とされていた。

私は一瞬呆気にとられかけたが、すぐに気を取り直し、薙刀をソイツの首元に突き入れる。

それでイノシシの魔物の動きは完全に止まった。


私の後から、

「お疲れさん」

とのんびり声を掛けてくるジミーに、

「…何をしたの?」

と聞いてみる。

「ん?なにがだ?」

と意味がわからないというような顔をするジミーに、私は、

「あれって普通の強化魔法とはちょっと違ったように見えたけど?」

と、今度は具体的にどういう戦法なのかと聞いた。


「ああ。あれか。あれは騎士の剣術ってやつさ」

「騎士の?」

「ああ。呼吸法っていうか、精神の集中法っていうか…、まぁそこそこの騎士ならたいていやってるちょっとしたおまじないみたいなもんさ」

「おまじないって…。まぁ、いいわ。で、そのおまじないをするとあんなに剣が鋭くなるの?」

「ああ。俺の場合はそうみたいだな。普通はちょっと剣が丈夫になるか早く動けるようになるくらいらしい。それがなぜか俺がやるとその両方がそれなりになっちまうんだ…。まぁ、特技ってやつだな」


そんな話を聞いて、今目の前で見た一瞬の速さと剣の鋭さを思い出してみる。

おそらくだが、あれはジミーが「ちょっとしたおまじない」なんて気軽にいう程度のものじゃない。

それに、たいていの騎士ならやっていると言っていたが、おそらくごく一部の熟達した騎士たちだけだろう。

(あんなものを使いこなせる騎士がゴロゴロいるはずないじゃない)

私はそんなことを感じて、少し圧倒されながらも、思い切って、

「ねぇ。それって覚えようと思って覚えられるものなの?」

と聞いてみた。


ジミーは一瞬、ぽかんとした表情になるが、

「ああ。基本は簡単だ。あとは慣れ次第って感じだがな」

と何気なく口にする。

その言葉を聞いてた私は、ジミーに向かって、

「ぜひ、教えて!」

と、やや勢い込んでその技の伝授をお願いした。


「お、おう…」

とやや引き気味にジミーが了承してくれる。

私はその言葉を聞いて、

「よし!そうと決まればさっさと解体して村に戻りましょう。…あそこの地点までだったら2人で運べるくらいの大きさみたいだしね」

と、やや前のめりでさっそくイノシシの魔物の解体に取り掛かった。


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