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第51話ラフィーナ王国へ06

大将の首を取られてもなお、襲い掛かって来る残党を狩る。

最後の1匹と思われるゴブリンを薙ぎ払い、私はようやく、

「ふぅ…」

と息を吐いた。

振り返り、ベルに向かって手を挙げる。

その手にベルが手を当てて、パチンと軽い音がした。

軽快な音とともに笑顔が弾ける。

きっとどちらも同じように思っていたのだろう。

私が、

「やったね!」

と声を掛けると、ベルが嬉しそうに、

「ええ」

と言って微笑んだ。


「さて、あとはお掃除ね」

と苦笑いして、わざとらしくため息を吐く私に、

「お洗濯はお願いね」

とベルが冗談を返してくる。

私たちはまた「ふふふ」と笑い合って、さっそくゴブリンから魔石を取り1か所に集める作業に取り掛かった。

やがて、作業が終わり、辺りを浄化する。

いつものように青白い光に包まれて、私たちの服と辺りの空気に爽やかさが戻った。

浄化が終わり、ふと空腹を感じる。

時刻はそろそろ夕方になろうとしていた。

(さて、さっさとご飯にしなくっちゃ。さすがに持たないわ)

と思っていると、私の横から「きゅるる」と可愛い音がする。

音のした方へ目をやると、顔を真っ赤にしたベルが慌てて目を逸らした。

私はなんだかおかしくなって、「あはは」と笑いながら、

「美味しいご飯作るね!」

とベルに声を掛ける。

その声にベルは、

「…もう」

とひと言だけ発して、恥ずかしそうにうつむいた。


ゴブリンが綺麗さっぱり焼けたのを見届けてさっそく近くで野営の準備を始める。

ベルが設営で、私が料理。

今日の献立はピラフとスープ。

どうやらベルは米が好きらしい。

この冒険で私が見つけたベルの素顔の一つだ。

真面目でちょっととっつきにくいけど、実は可愛らしい人。

朴訥な感じだけどそれは照れ隠しで、お米が好き。

そんなベルの素顔をほんの少しだけど知ることが出来て、私はベルという人をより身近に感じることができるようになった。

そのことがなんだか妙に嬉しくてついつい顔を綻ばせながら料理を作る。

乾燥野菜とベーコンだけのシンプルなピラフにほんの少しだけ持ってきた醤油を入れると、香ばしい香りが辺りに漂った。


「美味しそうね」

と、いつの間にか私の側に来ていたベルから声がかかる。

私は、そんなベルに、

「うん。けっこう自信作かも」

と言って微笑んだ。

さっそく取り分けて粉スープをお湯で溶いただけの簡単なスープと一緒に食べる。

2人ではふはふしながら食べるピラフはこれまでに作ったピラフの中で一番楽しい味がした。


翌朝から、森の中を歩くこと3日。

昼を少し過ぎた頃。

無事、トトス村に到着する。

ベルは宿に向かい、私は村長宅で簡単に状況を説明して、いつものように浄化の魔導石の調整を行った。

泊っていってくれという村長に丁重な断りを入れて宿に向かう。

今日はベルと一緒に簡単な打ち上げをすることになっていた。


宿に着くとまずは風呂に向かう。

ゆっくりと湯船に浸かると、いつものように、

「ふいー…」

と声を漏らした。

冒険の疲れがお湯に溶けていく。

そして、なんとも言えない充実感が私の胸に広がった。


風呂から上がり、まずは部屋でほんの少し横になる。

ベッドの上に体を投げ出し、何もない天井をぼんやりと眺めながら今回の冒険を振り返ってみた。

(やっぱり誰かと一緒に戦うって楽しいな)

そう思うと、勢い顔が綻ぶ。

今回も結果、楽しい冒険だった。

(でも、楽しいだけじゃなかったよね…)

今回の冒険で、気が付いた自分の未熟さを思い出す。

私は自分の未熟さには気が付いていたけど、ベルみたいにしっかりと自分の目指すべき高みを見据えることまでは出来ていないということに気が付いた。


(まだまだね…)

そう思って、ふと表情を引き締める。

しかし、「烈火」と会った時に感じたような落胆に近い気持ちはない。

むしろ、これから目指すべき所がわかってすっきりしたような気持ちだ。

(やっぱり誰かと一緒に戦うっていいな)

またそんな気持ちが湧いてきた。

(これからもっと成長していかなきゃね)

そう思って、再度、顔を綻ばせる。

そして、そのままうっかり寝てしまいそうになった自分に気が付いて、慌ててベッドから飛び起きると、急いで食堂へと向かっていった。


食堂に入り、先に来ていたベルに、

「ごめん。待たせた?」

と、に声を掛ける。

「いえ。私も今来たところよ」

と言ってくれるベルに少しの申し訳なさを感じつつ私も席に着いた。


「ここはキノコ料理が名物らしいわよ」

「そうなんだ。なんか美味しそうね」

「じゃぁ、さっそく注文しましょう。まずはビールでいい?」

「ええ。構わないわ」

という会話をしてベルがさっそく給仕係のお姉さんを呼び止める。

「おススメは?」

と聞く私に、そのお姉さんは、

「おつまみならマイタケの天ぷらなんてどうです?お食事は茸しゃぶしゃぶがおススメですよ」

と言ってくれたので、とりあえずその2つに揚げ鶏とキッシュ、サラダを足してビールと一緒に注文した。


すると、さっそくやって来たビールで、まずは乾杯する。

「「乾杯!」」

と、声とジョッキを合わせて同時にビールをゴクゴクと喉に流し込んだ。

「「ぷはぁー…」」

と、こちらの声もそろうと、どちらからともなく笑い出す。

そして、打ち上げは笑顔で始まった。


さっそくやって来た料理に手を付ける。

まずは揚げたての天ぷらから。

軽い衣のサクサクとした食感とぷりぷりの茸の食感の違いが楽しい。

そして、茸からあふれ出してくるうま味たっぷりのエキスと香り。

どちらもたまらなくビールを進ませた。

「美味しいわね」

「ええ。とっても」

と笑い合って食べる。

すると、そこへ、

「お待たせしました」

という声とともに茸しゃぶしゃぶがやって来た。

最初、茸しゃぶしゃぶとは何だろうか?と思っていたが、どうやら茸たっぷりのつゆで肉をしゃぶしゃぶする料理らしい。

「〆は雑炊ですから、つゆはちょっと残しておいてくださいね」

という言葉を残してお姉さんが去っていくと、私たちはさっそくその茸たっぷりの鍋に薄く切られた牛肉を泳がせ、茸を巻いて口に運んだ。

口に入れた瞬間茸のうま味が口いっぱいに広がる。

私はたまらずビールをあおると、勢いよく、

「お姉さん、お替り!」

と、奥に向かって勢いよくジョッキを掲げて見せた。

「あ、私も!」

とベルが続く。

私たちはまた、

「「うふふ」」

と笑い合って、鍋にお肉を泳がせた。


楽しい食事が続き、お腹も落ち着いてきた頃。

追加で頼んだ漬物をつまみながら、ちびちびと米酒を飲む。

この村の米酒は王都で飲む物よりもやや甘味が強く、華やかな香りがした。

「どう?」

とベルが聞いてくる。

私が、

「美味しいわ。エルバルドで飲まれている物より甘口かしら?」

と答えると、ベルはちょっと嬉しそうな顔で、

「ええ。この辺りのお酒の特徴なの。香りがいいでしょ」

と教えてくれた。


ちなみに、ベルは私より数杯多くビールを飲んでいる。

それでも平然としているのだから、けっこうな酒豪のようだ。

(また新しい一面、発見ね。お酒好きってのは気が合いそう)

と思って、心の中で苦笑いをした。


楽しい打ち上げは、雑炊で〆られ、満たされたお腹を抱えて部屋に戻る。

明日からベルとは別の道を歩むことになる寂しさを感じながら私は寝支度を整えて、ベッドに横になった。

(長いようで短かったなぁ…)

そんな感想が胸に広がる。

明日はいよいよ帰還だ。

またチト村に戻れる喜びと、ともに冒険した仲間との別れの寂しさ。

その両方で私の胸は一杯になった。


ランプの柔らかい灯りに照らされた部屋でぼんやりと考え事をする。

(ユリカちゃん、元気かな。ココはちゃんとユリカちゃんと遊んであげてくれてるかしら?アンナさんも無理して働き過ぎてなきゃいいけど…)

と、まずはチト村のことが頭に浮かんだ。

そして次に、

(またアイカやユナ、ベルとも一緒に冒険もしたいから、今回の報告と一緒に教会長さんに依頼しておかなくちゃ。ふふ。なんだか楽しみね)

そう思うと、やる気がみなぎってくる。

ウキウキするようなワクワクするようなそんな前向きな気持ちが私の中に溢れて、思わず微笑んでしまった。


(大丈夫。私はこれからよ)

また、自分を励ますようにあの言葉を唱えると、お酒で温まった体と充実感でいっぱいの心をそっと落ち着かせるように、ひとつ深呼吸をする。

そして、私はそっとランプの灯を消した。


暗くなった部屋で、

(私はこれからよ)

と、また唱えてゆっくりと目を閉じる。

そして、身も心も心地いいまま私はそっと眠りに落ちていった。


翌朝。

手早く朝食をとり、宿を出る。

村の入り口でベルと短く、

「また一緒に冒険しましょう」

「ええ。ぜひ」

と再会の約束をして、握手を交わした。


私は裏街道へ続くあぜ道を、ベルは街道へと続く村道を行く。

夏の朝日に照らされて朝露に輝く道端の草の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、私はエリーに少し速足の合図を出した。

嬉しそうな声を上げて、軽快に進むエリーの背に揺られ、爽やかな朝の風に髪をなびかせながら進む。

(さて、ユリカちゃんと何をして遊ぼうかな?あ、お土産はやっぱりお米かな?)

と考えてひとり「ふふっ」と微笑んだ。

そんな私の気持ちが伝わったのか、エリーが、

「ぶるる」

と楽しそうな声を上げる。

私も、また、

「ふふっ」

と微笑んで、

「帰ったらたっぷり遊ぼうね」

とエリーに声を掛けた。

「ひひん!」

とエリーがまた楽しそうな声を上げる。

いつの間にかきらめきを増した夏の陽を受けて、私とエリーは軽い足取りで夏色の田舎道を進んで行った。


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