翌朝。
少し重たい頭を抱えて起きる。
(…反省はしても、後悔はしない)
という父さん譲りの謎の言い訳をしながらベッドから出て水差しの水を飲んだ。
軽く身支度を整えて朝食をとりに町に出て行く。
宿の人に話を聞くとすぐ近くの市場にいろいろな屋台があるというので、適当に見て歩くことにした。
(うーん…。さすがに、ちょっとさっぱりめがいいんだけど…)
と、市場を物色しながら歩く。
(肉サンドは重そうだし、揚げパンも美味しそうだけど…)
と思っていながら、きょろきょろしていると、「おかゆ」と書かれた屋台を発見した。
(お。あれなんていいかも!)
と思ってさっそく近寄っていく。
店先を覗いてみると、どうやら何種類かのお粥と好みのおかずを何品か足して食べられるようになっているようだ。
私はさっそく卵粥と柔らかそうなダイコンの煮物、牛のしぐれ煮を頼んで、その屋台の外に設えられた席に座った。
賑わう市場の片隅でさっそく卵粥を口に入れる。
とろっとした優しい口当たりに、ほんのりと卵の甘味が広がって、私の疲れた胃をいたわってくれそうな味だった。
(はぁ…。いいわぁ。こういうの)
と、ややうっとりしたような息を吐き、ゆっくりと食べる。
ダイコンの煮物のあっさりとして、しかし、中までよく出汁が沁み込んだ感じを味わいながら、時々しぐれ煮で塩味を加えつつ、卵粥を口に運んでいると、
「ここいいかしら?」
と声を掛けられた。
そのどこか凛とした印象の声に顔を上げると、どうやら相席を頼まれているらしい。
周りを見れば、いつの間にか席はどこも埋まっている。
「ええ、いいわよ」
と気軽に答えて私の正面に座る人物を見る。
見た感じ私よりも少し長身でキリっとした美人。
防具を付けて剣を差しているから間違いなく冒険者だろう。
第一印象はキリっとしていて隙が無さそうな人物だという印象を受けた。
私がそんな印象を持ちながら、ぼんやりその人物を見ていると、あちらも私の視線に気が付いたのか、いかにも「なにか?」という視線を送って来た。
私は、
「ああ。ごめん。なんでもないわ」
と言って、再び卵粥に視線を戻す。
そして、再びゆっくりと食べ進めていると、
「ねぇ」
と声を掛けられた。
「ん?なに?」
となんとなく返す。
するとその女性は、私を見ながら、
「違ってたら申し訳ないんだけど、もしかして聖女?」
と意外な言葉を口にした。
「え?」
と思わず聞き返す。
「ああ。ごめんなさい。違ってたらいいの」
と言うその女性に、私はなぜだか少し慌てて、
「いや、たしかに聖女だけど、どうして?」
と今度はこちらから質問を投げかけた。
(なぜ、私が聖女だと思ったんだろう?…なにか聖女っぽい匂いでも出てた?)
と的外れなことを思いつつ、その女性に視線を送る。
すると、その女性は、表情を変えないまま、なんならひと口粥を食べたあと、
「依頼を受けたララベルよ。聖女ジュリエッタ」
とあっさり答えを教えてくれた。
私はやや驚きつつも、
「ああ。そういうことね」
と納得する。
おそらくギルドで私の特徴なんかを聞いていたのだろう。
そして、今日、朝食を食べた後私が泊っている宿を訪ねようとしていたところで、たまたま私を見かけたので、相席ついでに身元を聞いてみた、というところなのではなかろうか。
そんな推測をしつつ、
「今回はよろしく。ジルって呼んで」
と言って、その女性、ララベルに右手を差し出した。
ララベルは相変わらず表情をあまり変えず、淡々とした口調で、
「ええ。こちらこそ。ベルでいいわ」
と言いながら私の手を握り返してくる。
私はそんな様子を見て、
(もしかして、ちょっととっつきにくい系かな?)
と、やや不安を抱きつつも、
(まぁ、悪い人じゃ無さそうね)
と、握った手から伝わって来る修練の跡を思い、きっと真面目な性格なんだろうとなんとなくその性格を推し量った。
「とりあえず、朝食を取ったら宿に向かいましょう。これからの行程なんかの打ち合わせを済ませておきたいから」
とベルに視線を送りながらこの後のことを提案する。
すると、ベルはまた淡々とした感じで、
「ええ」
と言ってうなずくだけで、その場の会話は終わった。
先程までのゆったりとした感じを捨てて、冒険者らしく手早く残りの朝食をお腹に入れる。
そして、同じように、手早く朝食を済ませたベルを伴って私は宿へと戻って行った。
宿の1階にある小さなロビーの応接用ソファを借りてさっそく地図を広げる。
私が、さっそく、
「どんな感じにする?」
と切り出すと、ベルは、
「今いるミリスフィアの町がここ。これから向かうルルク村、エレリ村、トトス村はそれぞれ北東方向に一直線に並んでいるから、まずはここから一番近いルルク村に向かいましょう。私たちが冒険に出ている間に馬をエレリ村、トトス村まで運んでもらうことはおそらく可能よ。村の間はそれぞれ徒歩で半日くらいだから。で。私たちはルルク村から森に入って冒険を終わらせたらエレリ村に入る。そこで聖女の仕事をしてもらってまた森に。その後トトス村に寄ったら、また聖女の仕事をしてもらってそこで冒険は終わり。っていうのが一番効率的だけどどうかしら?」
と、よどみなく答えた。
おそらく最初から計画しておいてくれたのだろう。
私はその提案に乗って、
「ええ。それで構わないわ」
と即答する。
そんな私にベルは一瞬驚いたような表情を垣間見せたが、すぐに気を取り直すと、
「わかった。出発は明日でいい?」
と言ってきた。
「ええ。待ち合わせはここで?」
と聞く私にベルが、
「ええ。朝迎えにくるわ」
と答えて明日からの行動予定が早々と決まる。
「じゃぁ、そういうことでお願いね」
「ええ。わかったわ」
という短い挨拶と握手を交わすと、その短い打ち合わせは終わった。
それから私は準備に取り掛かり、昼は親子丼、夜は鶏肉のクリームパスタを堪能して翌朝。
早い時間からベルと合流し、さっそく宿を出る。
そして、ミリスフィアの町の門をくぐると、私たちはさっそく目的の村に続く田舎道へと入っていった。
途中、市場で買っておいたサンドイッチをパクついたり、行動食を食べたりしながら、夕方。
明日の昼には最初の目的地ルルク村に着くだろうという所まで来たらしいので、さっそく適当な場所を見つけて野営の準備に取り掛かる。
「料理はできる?」
という私の質問に、ベルは軽く横に首を振った。
私はそれに軽く苦笑いを返して、さっそく調理に取り掛かる。
この辺りの名産の米をたんまりと買い込んだこともあって、献立はトマトとチーズの簡単なリゾットにした。
やがて、料理が出来上がり、設営を終わらせてくれたベルと一緒に焚火を囲みながら食べる。
「ありがとう。いただきます」
と、また淡々と口調で言い、何気なくリゾットを食べたベルだが、一瞬その表情に驚きの色が表れたのを私は見逃さなかった。
(ふふっ。どうやらお口に合ったみたいね)
と密かに心の中で思いつつ、私もいつも通りの味が出せていることを確認しながら食べ、その日は何事も無く無事に就寝時間を迎えた。
迎えた翌朝。
やはり淡々とした様子で口数少なく進むベルの後を付いて進む。
夏の日差しはやや強いが、チト村よりもやや北にあるせいだろうか時折吹く風はどこか爽やかで、汗をかく感じでは無い。
それでも、時折馬に水を飲ませたりしながら割とゆっくりめに進んだ。
きっと、ベルはベルなりに私とエリーに気を遣ってくれているのだろう。
時折私の方をチラチラと振り返り、大丈夫だろうか?という視線を送って来る。
その視線を感じる度に私は軽く微笑み、照れた様子ですぐに前を向き直るベルをなんだか微笑ましいと思いながら、その後に続いた。