横たわる狼を見ながら、しばしぼーっとする。
しかし、そのままぼーっとしていていいはずもなく、私はなんとか重たい腰を上げると、まだ座り込んでいるアイカとユナの方を向き直り、
「とりあえず、片付けようか」
と声を掛けた。
「うん」
「ええ」
と言って、こちらも重たそうに腰を上げる。
「っ!」
二の腕から傷みが走った。
集中が溶けたからだろうか、先ほどよりも痛みが増しているような気がする。
「大丈夫!?」
とアイカが心配そうな声を掛けてきた。
私は痛みにやや顔をしかめつつも、なるべく平気な様子で、
「ええ。かすり傷よ…。そっちは?」
と答え、アイカとユナ方を心配する。
「ええ。こっちはなんとか。ちょっとした打ち身くらいかしら」
と苦笑いで答えるユナの言葉に安心して、
「じゃぁ、片付けの前に少し治療させてもらうわね」
と言って、背嚢から薬と包帯を取り出した。
防具を外し、シャツを脱いで傷口を診てみる。
それほど深い訳ではなさそうだったのでその点は安心した。
「大丈夫?」
と心配してくれるユナにも止血を手伝ってもらう。
やがて出血が収まると、傷口を洗い、薬を塗って包帯を巻いた。
「ありがとう。助かったわ」
と礼を言う私にユナは、
「いえ。助けられたのは私たちの方よ…。私たち2人だけじゃ危なかったと思うもの…」
と言って、少し暗い顔をする。
そんなユナに向かって私は、
「それはこっちも同じよ。…お互い様ってやつね」
と言って苦笑いしてみせた。
「うふふ…」
と困ったような顔でユナが小さく笑う。
そこへ、
「おーい。集め終わったよ!」
というアイカの声がかかった。
アイカの声に立ち上がり狼の魔物が集められた所に近寄ってみる。
どうやら10を少し超えるくらいの数がいたようだ。
それを見て私は改めて怖いような気持ちになりつつも、
「さて、剥ぎ取りましょうか」
となるべく明るい声を2人にかけてさっそく狼の魔物の解体に取り掛かった。
アイカもユナも慣れた手つきでどんどん解体していく。
どうやら一番解体が下手なのは私のようだ。
そうやって各々がしばらく作業に集中し、1時間ほどで解体は終わった。
そろそろ辺りは暗くなってきている。
私たちはまず野営の準備に取り掛かった。
設営を2人にお願いしている間に、薪を集め、火を熾しとりあえずお茶を淹れる。
やがて、お茶を淹れ終わった頃2人が焚火の前にやって来た。
私はそんな2人にお茶を渡し、
「じゃぁ、私はもう一仕事あるから」
と言って、席を立ち背嚢から携帯型の浄化の魔導石を取り出し、地面に突き立てる。
そして、いつものように魔力を流すと、辺り一面が青白く光った。
サイス村の現状を思いながら、集中して魔力を流していく。
やはり淀みは深く、広かった。
その淀みを一つ一つ丁寧に解きほぐすようにして魔素の流れを調整していく。
どのくらい時間が経っていたのだろうか。
ようやく集中を解き、振り返ると、そこにはアイカとユナがいて、私にお茶を差し出してくれた。
「ありがとう」
と言ってお茶を受け取り、ひと口飲む。
暖かさと爽やかな苦みに私の心がほっと息を吐いた。
「相変わらずお洗濯いらずだね」
とアイカが冗談を言う。
「もう。アイカったら…」
とユナが苦笑いでつっこむと、
「あははっ」
「ふふっ」
「はははっ」
とそれぞれが小さく笑い声を漏らした。
しかし、みんなの顔はそれぞれに浮かない。
おそらく、今回の戦いにそれぞれ思う所があるのだろう。
私もそうだ。
反省ばかりが頭に浮かぶ。
気配に気づかず、不利な位置での戦いを強いられた。
自分の腕前もそうだ。
焦りから集中力を欠き、ケガまでしてしまっている。
動きも悪かった。
おそらくいろいろと状況を考えすぎてしまったからだろう。
後悔ばかりが胸に広がる。
ふとアイカが、
「まだまだだね…」
とつぶやいた。
ユナも私もそれにうなずく。
私はその短いひと言が今回の私たちの全てを表しているように感じた。
ややあって、沈黙のまま焚火を囲む。
パチパチとはじける薪を見つめながら、アイカが、
「私、メイスに持ち替えようかな…。なんか、今日みたいな乱戦、短剣だと手数が少なくなっちゃうように感じたんだよね…」
と、つぶやくようにそう言った。
その言葉に反応してユナが、
「私は魔法の制御を練習しないと…」
とつぶやく。
私は、
「私は全般ね…技も、心も…」
と少しうつむき加減でそう言った。
沈黙が流れる。
するとアイカがその沈黙を破って、
「でも、良かったじゃん。それぞれに課題っていうか目標?みたいなものが見えてさ。それだけでも大収穫だよ!」
と明るく前向きな言葉を発した。
私はその言葉にハッとして、なんだか救われたような気になる。
「そうよね。未熟だってことが分かったことだけでも前進だわ」
と続くユナの言葉を聞いて、私はあの「烈火」と行動を共にしたあと感じた自分の気持ちを思い出した。
(落ち込んでる場合じゃないわよね)
という気持ちが湧き上がって来る。
私は、
「大丈夫。これからよ」
と、自分に言い聞かせるようにそう言って、残ったお茶を一気に飲み干した。
その日はそのまま、また交代で休み、翌朝からはさっそく帰路に就く。
そして、無事村に辿り着くと、村長に報告してそのまま宿に入った。
「「「乾杯っ!」」」
という声が重なる。
それぞれ思う所はあるが、今は、とにかく無事、今回の冒険を終えたことを喜び合いたい。
そう思って、私が打ち上げを提案した。
久しぶりのビールが胃を駆け回り、食欲を刺激する。
アイカはさっそくステーキにかぶりつき、ユナもトマトソースがたっぷりとかかったライスコロッケを頬張った。
私も負けじと、タンドリーチキンにかじりつく。
スパイスの香りと鶏肉の脂が口いっぱいに広がった。
またビールを流し込む。
ビールの爽やかな苦みが一気に口の中を駆け抜け、また私の食欲を刺激した。
お酒と食事がワイワイと楽しく進む。
「いろいろあったけどさ、結局楽しかったよね!」
と言ってニカッと笑うアイカに、ユナが、
「ええ。とっても」
と言い、気が付けば私は、
「また一緒に冒険したいわね」
と言っていた。
「いいね!」
「ええ。とっても楽しそうだわ!」
とアイカとユナが続いてくれる。
私は思わず発してしまった自分の一言に少しの恥ずかしさを感じつつも、2人がすぐに笑顔を見せてくれたことにほっとして、
「教会にはそう依頼しておくわね」
と笑顔で答えた。
楽しい食事が続く。
アイカの食いしん坊っぷり、ユナのちょっと天然な所、そんな話にみんなで笑った。
宴もたけなわ。
少し残念な気持ちを抱えてそれぞれの部屋に戻る。
私はゆっくりと寝る支度を整えベッドに横たわり、今回の冒険を振り返った。
先程まで感じていた反省と同様にこれから進むべき道の先について考えてみる。
まず、私の仕事は冒険者だ。
それはこれからもずっと変わらないだろう。
しかし、聖女としてやらなければならないことにも気が付いた。
私は今の自分がどれだけちっぽけな存在かということを知っている。
それでもできることはやりたい。
いろんな村で地脈に異変が起きていることや聖女の仕事の質が低下していることを知ってしまった。
私はそのことから目を背けたくない。
聖女になんてなりたいと思ったことは無いけど、それでも目の前に自分にできること、自分にしかできないことがあるのならその責任と向き合いたい。
今私は、そう思っている。
そして、ふと、
(仲間かぁ…)
というセリフが脳裏に浮かんだ。
今回の冒険で感じたことを改めて振り返る。
私は自分の未熟を受け入れた。
そして、次の道を進みたいと思っている。
その次の道を進む時、誰かが一緒にいてくれたらどんなに心強いだろうか。
そんなことを思った。
(誰かと助け合うことは甘えじゃないってのはわかってるんだけどねぇ…)
となかなか自分の心に素直になれない自分に苦笑いする。
(大人って難しいなぁ…)
そんな子供っぽい言葉を心の中でつぶやいて、また苦笑いした。
ベッドの上からぼーっと天井を見上げる。
道はまだ始まったばかりで先は全く見えない。
でも、私の中には、はっきりとその道を進みたいという意思が芽生えた。
(どうなるかなんてわかんない。でも、きっとこのまま進んで行けばいいんだよね。…まだ自分の心に正直になれない所もあるけど、きっと大丈夫。これからだよ)
胸の中でそんな言葉をつぶやいて、深呼吸をする。
(みんな同じ。未来のことを考えると、希望と不安は必ず同時にやってくる。…みんなそれを乗り越えたり、立ち向かったりしながら、今を生きているんだよね…。ふふっ。そう考えると真面目に生きるってすごいことなんじゃん)
と、そんなことを思った。
また苦笑いが浮かぶ。
(きっと大丈夫。これからだよ)
私はまた心の中でそうつぶやくと、そっと目を閉じ、私は今日という日に幕を下ろした。