翌朝。
なんとなく気恥ずかしい気持ちを抱えながら、食堂に向かう。
アイカとユナの2人はすでに来ていて、それぞれにパンを口に入れていた。
簡単に挨拶をすると、私も冒険者らしく手早く朝食を済ませる。
そして、いったん気持ちを落ち着けると、
「じゃぁ、出発しましょうか」
と声を掛けて、さっそく宿を出た。
今日の目的地ルッツ村へは順調に行けば夕方には着くだろう。
途中、小休止を挟みながら和気あいあいと進む。
(なんか、こういうのって楽しいけど、まだ慣れないわね)
と、自分の不器用さに苦笑いしていると、アイカが、
「どうしたの?」
と声を掛けてきた。
「ん?いや、なんでもないわ」
とまた苦笑いで答える。
「…よくわかんないけど、ま、いっか。なんかジル楽しそうだし」
というアイカの言葉に少しドキリとした。
(そんなに顔に出てたかしら?)
と思って自分の顔を触る。
すると、そんな様子を見ていたユナが、
「うふふ。ジルって面白いわね」
と言って笑った。
「なによ、それ…」
と、ちょっとふてくされたふりをする。
ユナは、また、
「うふふ」
と笑い、アイカが、
「あははっ。なんだかよくわからないけど楽しいね!」
と明るくそう言って笑った。
そんなふうに足取り軽く進んだせいか、夕方前には目的のルッツ村に着く。
私たちはさっそく村長宅を訪ねた。
いつものように聖女のバッチを見せ、いつものように驚かれる。
その様子をにこやかに見ているアイカとユナに対してちょっと恥ずかしいようなくすぐったい気持ちを抱きながらも、
「わざわざお越しいただきありがとうございます」
と、笑顔で迎え入れてくれた村長の言葉に甘えてその日は皆で宿泊させてもらうことになった。
田舎のことで何も無いがと言いながら村長夫人が出してくれたすき焼きを美味しくいただく。
ひと口食べて私が、
(お。なかなかいいお肉)
と思っていると、横でアイカが、
「さすが畜産の盛んな地域。お肉の甘味が全然違う。それに醤油が少し甘めなのもご飯にすっごく合って美味しい!」
と言いながらガツガツと米を放り込み始めた。
アイカの気持ちのいい食べっぷりもあってか、食事は和やかに進んで行ったが、途中、村長に話を聞くと、この辺りの地域はここ5、6年作物牧草の育ちがあまり良くないと言う。
村長は、少しうつむき加減に今の所目立った被害は無いが、肉や乳の品質が心配だし、生産量が頭打ちになっているのが少し心配だと言った。
(大きな影響が出る前に来られて良かったわ…)
と思いつつも、少し重たい気持ちになる。
私がそんなことを考えながら、食事を進めていると、横から、
「あのー…」
という遠慮がちな声が聞こえ、そちらを見ると、アイカが村長夫人に向かって遠慮がちにお茶碗を差し出していた。
そんな光景にみんなが笑って私の気持ちも少しだけ軽くなる。
(そうよね。くよくよ考えても仕方ないわ。今はとにかく目の前の仕事に集中しなくっちゃ!)
私はそう気持ちを切り替え、アイカに負けないように大きなひと口で柔らかくて甘いお肉とお米を頬張った。
翌朝。
アイカとユナには冒険の準備をお願いして私は祠に向かう。
いつものように浄化の魔導石の調整を始めると、こちらは流れ込んでくる魔素の量には問題が無かったものの、雑な調整がされていたようで、細部にほころびが目立っていた。
(聖女の質かぁ…)
と心の中でため息を吐きつつ、集中して地脈の流れを読んでいく。
念入りに、この村のことを思って集中を切らさず、丹念に仕事をしていった。
やがて、調整が終わると、いつものように、
「ちょっとした調整だけしておきました。問題はありませんでしたよ」
とあえて明るく軽い嘘を吐く。
(本当のことを言った方が良いのかもしれないけど、ここで問題を大きくしたら教会長さんに迷惑が掛かるかもしれないし…)
と心の中で考え、
(大人って大変よね)
と、苦笑いした。
村長宅に戻りアイカ、ユナと合流する。
食料は無事に調達出来たらしく、村長夫人からお手製のおにぎりをもらうと、私たちはさっそく森へ向かって歩を進めた。
森の中を順調に歩く。
最初こそ、お互いのペースを計りながら進んでいたが、徐々にそれもわかり始め、途中からはお互いに気兼ねなく進めるようになってきた。
「アイビー」の時や「烈火」の時のように気を使ったり使われたりしない関係になんとも言えない心地よさを感じながら初夏の森を歩く。
今日の所は村の人達もよく出入りする場所をできるだけ奥に進むだけだ。
時折、小休止を挟み、王都のあの店のケーキが美味しいとかそういういかにも女子らしいといえば女子らしい話をしながら、楽しく進んで行った。
やがて、日が暮れる前。
適当な場所を見つけて野営の準備に取り掛かる。
しかし、ここで意外な問題が生じた。
アイカもユナも、料理があまり得意ではないという。
一応、これまでどうしていたのかと聞くと、適当に切った野菜や肉を粉スープで煮込むだけのものを毎食食べていたのだとか。
たしかに、あれなら失敗はないだろうが、と思いつつ聞くと、それですら時々とんでもなく不味い時があるそうだから、その腕前たるや相当なものなのだろうと推測出来た。
なんだかしょんぼりしている2人に向かって、私は軽くため息を吐く。
そして、軽く肩をすくめながら苦笑いを浮かべると、
「わかったわ」
と言って調理に取り掛かった。
まずは適当な大きさに野菜とベーコンを食べやすい大きさに切っていく。
いつものように手際よく進めていく私の姿を興味深そうに見ているアイカとユナの姿を見て、私はふと、
『スープってのは豪快な方が美味いんだ』
という父さんの言葉と、
『ふふっ。ああ言っているけど、野菜の大きさとかお肉の量とかけっこう繊細に考えて作ってるのよ』
と笑いながら言う母さんの笑顔を思い出した。
(なんだか小さい頃の私を見てるみたいね)
と心の中で密かに思い、ついつい微笑んでしまう。
そんな私を見て、アイカが、
「なんか楽しそうだね」
と聞いてきた。
私はそれに、
「ええ。楽しいわ。こうして楽しんで作ったものをみんなで楽しく食べるとたいていの物は美味しく感じるものよ」
と少し訳知り顔で答える。
するとユナがおっとりと微笑みながら、
「そうかもしれないわね」
と、どこか遠くを見るような目でそう言った。
「まぁ。そう言われてみればそうかもね。うちの母さんはあんまり料理が上手じゃなかったけど、なぜか、実家でお兄ちゃんや弟と競争しながら食べるとなんだか妙に美味しく感じたし…。そういうことだよね?」
というアイカに、ユナが、
「ええ。きっとそうね。うちもそんな感じだったもの」
と言って微笑ましい目を向ける。
私も笑いながら、
「不思議よね。食事っていつどこで誰と食べるかによって全然味が違うんだから」
と答え、ふと、チト村のあの家のことを思い出した。
(今頃、どうしてるかしら?…アンナさんのシチュー、食べたいな)
そんなことを思いながらスープを煮込んでいく。
そして、無事完成したいつもの簡単な野営ご飯は、いつもより少し甘く感じた。
やがて、食事が落ち着き、食後のお茶にする。
地図を見ながら、明日からは私が地脈を読みながら進む方向を決めることを伝えると、2人とも快く了解してくれた。
明日からは本格的な冒険が始まる。
そのことを思って私は少し気を引き締めつつも、その日は楽しい雰囲気のまま、見張りを交代しつつゆっくりと体を休めた。