メイドさんに案内され、どこのお姫様の部屋だろうかというほど豪奢な部屋に通される。
私はまた驚きつつも、もう、何かを諦めて豪華なソファに腰掛けさせてもらうと、とりあえずひと息吐いた。
「ただいまお茶を」
と言うメイドさんに、
「あ。すみません」
とお礼を言って紅茶を淹れてもらう。
(それにしても貴族様ってけっこうな杯数のお茶を飲むのね…)
と、どうでもいいことを考えながら、ひと口飲んで良いものだとわかる紅茶をゆっくりといただき、まだ落ち着かない心を何とか必死に落ち着けようと努めた。
しばらくすると、メイドさんが、
「そろそろお召し替えを」
と言ってきたので、
「はぁ…」
となんとも間の抜けた返事を返す。
(もう、この服のままでいいんじゃないの?)
と思いつつも、
(やっぱり貴族様の晩餐ってそれなりにちゃんとしなきゃいけないものなのね)
と思って、立ち上がり、おそらく手伝ってくれるのだろうメイドさんに向かって私は、
「えっと…。お手柔らかにお願いします」
と妙なことを言ってしまった。
「うふふ。かしこまりました」
と微笑むメイドさんを見て、少し恥ずかしくなりつつも、
「こちらへどうぞ」
というメイドさんについていく。
どうやら隣の部屋に行くらしい。
(貴族様ってお着替えも別の部屋でするのねぇ…)
と感心しながらついていくと、その部屋の中にはこれでもかというほどのドレスや帽子、その他諸々の衣服が並べられていた。
「お好きな色はございますか?」
というメイドさんの質問に、一瞬、黒と答えそうになるが、それは無いだろうと思い、
「えっと…。お任せします」
と答える。
すると、
「かしこまりました」
と言って、そのメイドさんはテキパキと何着かのドレスを選び、
「この水色のドレスなどいかがでしょうか?あまり派手過ぎないお色ですし、聖女様の服の色と似ておりますから、よくお似合いだと思いますよ」
と言ってくれた。
私は、
(うわ…。これってほんとにどこかのお姫様が着るようなやつじゃん…)
と思いつつも、
「はい。では、それでお願いします」
と何かを諦め、全てを受け入れる。
まず、お昼のカツカレーとさきほどのお菓子が出てくるのではないかと言うほどウエストを絞られた。
そして、
「あら、御髪が少し傷んでおられますわね。梳かしてまいりましょう」
という言葉で丁寧に髪を梳いてもらう。
次に、
「お化粧の好みはございますか?聖女様は大変綺麗なお顔立ちですから、あまり濃くなさらない方がよろしいかと思いますが」
と声を掛けられると、私はまた、
「おまかせします」
と言って、生まれて初めてのお化粧をしてもらった。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
(貴族様って毎回こんなに大変な思いをしてるのか…)
と思い少しげんなりしつつ、ようやく自分がどうなってしまったかの完成形を見る。
自分で言うのもなんだが、メイドさんが持ってきた姿見にはどこかのお姫様が写っていた。
(え!?うそ!?こ、これが私…)
と、語彙力を失った感想ばかりが出てくる。
「いかがでございましょう」
と言うメイドさんの言葉はどこか誇らしげだ。
私はとりあえず、
「お見事です」
と答えて、また少し笑われてしまった。
やがて、別のメイドさんがやってきて、
「晩餐の準備が整いました。どうぞ」
と教えてくれたので、さっそく履きなれない踵の高い靴でよちよちと歩きながら晩餐会場へ向かう。
ちなみに、見かねたメイドさんが私の手を取って案内してくれた。
そうやって歩いているうちに、冒険者としての運動能力が発揮されたのか、少しはまともに歩けるようになってきたので、そのメイドさんに、
「ありがとうございました」
とお礼を言って、晩餐会場へと足を踏み入れる。
中にはすでにクレインバッハ侯爵ご一家がいらっしゃっているようだったので、
「お待たせいたしました」
と礼を取ると、遠くから、
「へぇ…。見違えたよ」
と聞き覚えのある声がした。
私は驚いて、そちらに目を向ける。
すると、そこにはエリオット殿下の姿があった。
「殿下!?」
と思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて、
「し、失礼いたしました」
と頭を下げる。
「はっはっは。驚いたようだね、ジュリエッタ」
と笑うエリオット殿下に私が、
「ええ。驚きましたとも」
と軽くジト目を向けながらそう答えると、クレインバッハ侯爵が、
「はっはっは。念のため殿下にお声がけをさせていただきました。その時殿下に、驚かせてやりたいから、内緒にしておくよう命じられましてな」
とこちらも笑いながら、このイタズラの内幕を明かしてくれた。
「こほん」
とエリオット殿下は小さく咳払いをして、
「まぁ、立ち話もなんだし、その辺りのことは晩餐をいただきながらゆっくり話そうじゃないか」
と何事も無かったような顔で提案してくる。
私は相変わらずつかみどころがないエリオット殿下に心の中でそっとため息を吐きながら、
「かしこまりました」
と言って、案内されるがままエリオット殿下の横に座った。
私とエリオット殿下の正面には侯爵家一同が座っている。
食前酒のスパークリングワインで乾杯すると、そこからは見たことも無い料理の数々が運ばれてきて、予想通り豪勢な晩餐会が始まった。
しかし、クレインバッハ侯爵曰く、エリオット殿下の意向もあって、これでも家族だけで取るささやかな晩餐なのだという。
きっとエリオット殿下が慣れない私に気を遣ってくれたのだろう。
それでも、いったい何の何料理なのかわからないものを、恥をかくよりはマシだろうと思って、時々殿下に食べ方を教えてもらいつつ、ちょこちょこと口にする。
(…この締め付けが無ければもっと食べられるものを)
と思いながら生まれて初めて食べるフォアグラや立派な鶏の丸焼きに密かに舌鼓を打ちつつ楽しい晩餐は進んで行った。
途中、やはり私の学院時代の話になり、最初は朝から裏庭で薙刀を振り回す変な人物がいると噂になっていたというエリオット殿下の話から始まって、私が飛び級だから実際にはエリオット殿下より2つ年下なのだという話で驚かれるという展開になる。
そして、次に私の冒険者としての話をエリザベータ様が驚かないような範囲で軽く話すと、こちらはクレインバッハ侯爵も興味深そうに聞いていた。
「なるほど、聞けば聞くほど不思議なお方だ」
と感心するクレインバッハ侯爵に、エリオット殿下は、
「ひと言で言うなら変わり者ですね」
といつもの軽い感じで答え、エリザベータ様が、
「なんだか、素敵ですわジルお姉様」
と尊敬の目を向けてくる。
私はそんな空気に、ただ苦笑いを浮かべながらワインを飲むことしかできなかった。
食後。
エリザベータ様が眠たそうな顔を見せ始めた頃、晩さん会はいったんお開きとなり、私、クレインバッハ侯爵、エリオット殿下の3人は別の部屋へ移動して、軽いお酒の時間になる。
部屋に入るなり、
「本日はありがとうございました」
と頭を下げる私に、クレインバッハ侯爵は、
「いえ。娘も喜んでおりました。こちらこそ礼を言いたい」
と言ってくれた。
その言葉を聞いて私は、私の話を楽しそうに聞き、
「私も聖女様になりたいな。あ、でもお医者さんも楽しそう」
と言って笑うエリザベータ様の顔を思い出す。
そして、
(エリザベータ様はどんな淑女になられるのかしら?)
と、私なんかよりももっと白紙の未来を持つエリザベータ様のことを思い、自然と顔を綻ばせた。
私は微笑みながら、
「あんなお話で良ければいつでも」
と答えて、ソファに座らせてもらう。
それからは少しだけ大人の話になって、各地の魔物の状況や作物の状況、私が普段見ている庶民の暮らしの話なんかをした。
クレインバッハ侯爵もエリオット殿下もそれを興味深く聞き、
最後にエリオット殿下が、
「王家にしても貴族にしても、民あってのものだということを忘れがちな者も多い。私たちにとってみれば、こういう話を聞けるのは貴重な機会なんだよ」
と言ってくれたのを聞いて、私は、
(ああ、この国は当分の間大丈夫かもね)
と心の中で密かに思う。
そして、どこの何かはわからないが、やたらと芳醇な香りのブランデーを1杯だけゆっくりと楽しみ、そろそろお開きという時間、エリオット殿下が私に、
「そうそう。明日はどうするんだい?」
と聞いてきた。
私は、正直に、
「特にありません。リリエラ様のご都合をうかがいに離れの門番さんを訪ねるくらいでしょうか?」
と答える。
すると、エリオット殿下は、
「じゃぁ、明日はリリエラに会えるよう取り計らっておくよ。午後、そうだね、お茶の時間にでも訪ねてやってほしい。あの子もずっと会いたがっていたからきっと喜ぶだろう」
と言って、明日、リリエラ様に会えるよう段取りをつけてくれることになった。