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第112話春の庭02

マリーに魔力循環をしてから5日ほど経つが、まだマリーは起き上がれないという。

そう聞くと、心配もしたが、リーファ先生によると、時々起きては食事をとることはできているし、徐々に回復しているから大丈夫だとのことなので、安心した。

ちなみに、あの苦い薬を飲ませようとすると、私と同じように眉をしかめているという。

あれはまずい。

マリーの気持ちはよくわかる。

思い出しただけ苦くなった口を薬草茶ですすいで役場へ向かった。


役場で仕事をしていると、珍しくコッツがやってきた。

とりあえず応接に通して話を聞こうと思ったが、お前宛に商品が届いたから確認してくれという。

どうやら、マリーの車いすと生クリームを作る機械が届いたらしい。

残りの仕事をアレックスに任せてすぐ表に出た。

役場の表には止めてある荷馬車には、立方体の木箱と直方体の木箱が積まれていた。

おそらく、立方体の方が車いすで、直方体の方が生クリーム製造機だろう。


まずは車いすの方を屋敷に運んでもらった。

中身を確認すると、注文した商会で概要を聞いた通り、車軸や土台を補強する部分が金属製である以外はほとんど普通の椅子と変わらないものだったし、かなり重たかったが、それでもこれでマリーの世界が広がるのだと思うと嬉しさが込み上げてくる。

すぐにズン爺さんを呼んでとりあえず屋敷の中に運び入れてもらうと、次に生クリーム製造機を牛が飼われている牛舎の横に作った作業小屋まで運んでもらった。


その機械は、一抱えほどある筒の上にトロフィーのカップが乗っているような形をしている。

おそらくそのカップの部分がミルクを入れるための注ぎ口なのだろう。

カップの下にある筒からは細い管が2本飛び出し、ハンドルが付いていた。


説明書きを見ると、ハンドルを回すとその管から生クリームとそのあまりが出てくる仕組みだという。

上部にあるカップいっぱいに入れたミルクからコップ4,5杯分の生クリームができるらしい。

魔石を燃料として使うこともできるが、手動でも使用できるとのこと。

ちなみに、魔石はサルバン程度のもので10回程度の運転が可能とのことなので、大量に生産でもしない限り手動の方がよさそうだ。

牛の面倒を見てくれているおっちゃんとおばちゃんには苦労を掛けてしまうかもしれないが、手間に見合っただけの価格で買い取るので、頑張ってほしい。


「これで、作れる飯が増えるな…」

私がそうつぶやくと、横にいたコッツが、

「相変わらずだなぁ…」

とつぶやいた。


そんなコッツに、礼と言ってはなんだが、今日は我が家に泊まって晩飯を食っていってくれと言うと、

「晩飯はありがたく頂戴するよ。でももう宿をとっちまったから、泊まるのは大丈夫だ」

と言われたので、コッツに後のことを頼み、私はさっそく屋敷に戻ると、ドーラさんにコッツのことを伝え、車いすの元へと向かった。

ちょうど昼を食いに戻ってきていたリーファ先生にも見てもらうと、

「これはいいね。マリーが喜びそうだ」

と言って、喜んでくれる。

ルビーとサファイアもやってきて興味深そうに見つめていたが、

「これはマリーに使ってもらう大切なものだからおもちゃにしちゃだめだぞ」

と言って聞かせると、

「きゃん!」(わかった!)

「…にぃ」(…うん)

と言ってわかってくれたようだ。

ルビーは乗ってみたかったんだろう。

私が、

「はっはっは。マリーが乗れるようになったら、ルビーも一緒に乗せてもらうといい」

と言って撫でてやると、

「にぃ!」

と嬉しそうに鳴いた。


(ルビーは乗り物が好きだな。そのうち大工のボーラさんに頼んでベビーカーみたいな手押し車でも作ってもらうか)

そんなことを思いながら、

「よし、飯にしよう」

と言って、食堂へ向かった。


午後、さっそく離れに車いすを持ち込む。

メルとローズは初めて見る車いすに興味津々と言った様子で、マリーの付き添いをリーファ先生に代わってもらうと、さっそく交代で乗って押す練習を始めた。

途中、メルが

「…もうすぐお嬢様も外に出られる日が来るんですね…」

と言って涙ぐむと、

「うん、姉さん。あとで、ズンさんにガーデンテーブルと日よけを借りてこなくちゃいけないね」

とローズも泣き笑いのような表情でそう言う。

(本当にいいものを買った…)

私もそう思って少しだけ涙ぐんだ。


夜、コッツがやってきた。

今日の献立は、鹿のアバラ肉の煮込み。

少し仕事の話もあるからと、客室へ運んできてもらって、酒も付ける。

コッツがまたワインを仕入れてきてくれたらしく、食事というよりも酒席という感じになった。


「どうだ、最近」

私が、ざっくりとした質問を投げかけると、コッツは、

「おかげ様で、調子はいいがな。欲を言えばもう少し商品の幅を広げたい」

と言って、大型の荷馬車が買えれば西の公爵領辺りから海産物も仕入れられるんだが、とこぼす。

やはり辺境の課題は物流だ。

こういう話になるといつも、私は少しだけトラックや鉄道のことを思い出してしまうが、この世界、この村に果たしてああいうものが似合うだろうか?と思って、いつもその記憶にフタをしてしまう。

この世界には、この世界なりの発展の仕方があっていいはずだ。

ゆっくりでいい。

後の世代が少しずつ変えていってくれればそれでいいじゃないか。

今のところはそんな考えが私の中では優勢だ。


そんなことを考えていると、

「それにしても思い切った買い物をしたな」

とコッツが生クリーム製造機と車いすのことへ話題を変える。

「ああ、必要な投資だと思ったからな。懐に余裕があるうちにああいう投資をしておくのも村長の務めさ」

と軽く言うと、

「ほう。ずいぶんと立派なことを言うようになったじゃないか」

と言ってコッツは笑い、

「しかし、あの車いすだったか?あれはいいな。商売になりそうだ」

と言って急に商人の顔になった。


一応私は釘を刺す。

「ああいうので、儲けを考えるな。あれは社会の財産だ」

私がそう言うと、コッツは目を丸くして、

「…本当に立派になったなぁ」

と言った。


その後も今後の商売について少し話をする。

村の紙の製造量は増やせそうかとか、ケチャップの製造販売をやってみないかとか、そんな話だ。

最終的にこのペースで村の産業が育っていけば、現在、村が負担して冒険者の護衛をつける仕組みを維持できるだけの利益が上がりそうだという話で落ち着き、これからもよろしく頼むと言って握手をすると、コッツはほろ酔いの上機嫌で帰って行った。


そんな商談が終わって酔い覚ましがてらリビングに行くと、すぐにドーラさんがお茶とお菓子を持ってきて、

「お疲れ様でしたねぇ」

と言ってくれる。

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いてルビーとサファイアが私の膝の上によじ登ってきた。


しばし、2人と戯れる。

どうやら、サファイアは今日の鹿のアバラ肉が気に入ったらしく、

(ほね、おいしかったよ!)

と上機嫌で尻尾を振り、ルビーは、

(あまいから、にがいのもだいじょうぶだった!)

と言って自慢げに報告してくれた。

きっと、今出されている草団子なら甘いから多少苦くてもちゃんと食べられたと言いたいのだろう。

「そうか、そいつはよかったな」

と言って、2人を撫でてやると、2人はまた、

「きゃん!」

「にぃ!」

と言って、私に頭をこすりつけてきた。


そんな光景を微笑ましく見つめていたリーファ先生が、

「やぁ、お疲れ様だったねぇ、バン君」

と言って、私の正面に座ると、私に出されていた草団子を1個つまんだ。


「ああ、今のところはうまくいきそうでよかったよ」

と私は軽く答えて緑茶をすする。

「変わっていくね、少しずつ…」

リーファ先生はそう言って、窓の外に目をやった。

「ああ。だが悪い方向じゃない」

私もそう言って窓の外を見る。

「そうだね。良い方に向かってる」

目線を外に向けたままリーファ先生がそう言ったので、私はリーファ先生の方へ視線を移し、

「変化は嫌いか?」

と聞いた。

リーファ先生は少しうつむきながらも、微笑んで、

「いや。そんなことはないさ」

と言って軽く首を横に振りながらそうつぶやく。


「きっとこれからこの村も少しずつ変わっていくんだろうな」

私がしみじみそう言うと、

「ああ、うれしいけど、ちょっと寂しいね」

とリーファ先生はまた窓の外に目をやってそう言った。

「そうだな。しかし、変わらないものもあるさ」

と言って、私も再び窓の外に目を移し、

「いや、変えちゃいけないもの。変えたくないものもあると言った方がいいか…」

とつぶやく。

「そうだね。少なくとも、この草団子の味は変わってほしくないね」

とリーファ先生は少しだけしんみりとしてしまった空気を入れ替えるように、少し冗談めかしてそう言った。


「ふっ。そうだな」

私もそう言って笑いながら草団子を口に入れる。

甘くて少しほろ苦い。

「…きっと大丈夫さ」

なんの根拠もないが、そんな言葉が口をつく。

きっとこの草団子のせいだ。

甘くて、ほろ苦い、この春の味が、私の胸に希望を抱かせてくれたのだろう。

なんとなくそんな気がして、また茶をすすり、おそらくこの先もずっと変わらないだろう、トーミ村の星空を見つめた。


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