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第110話そうだ、鹿を狩ろう03

徐々に気配が近づいてくる。

殺気まで漏れ伝わってきた。

どうやら興奮しているようだ。

いつものように気を練りながら段々と数が少なくなっていく木の間をうまくつたいながらヤツへと近づいていく。


問題の草地へ出るか出ないかのところでヤツが突っ込んできた。

下から角を突き上げてくる。

私はヤツの角をギリギリでかわすとあえて草地の方へと飛び出た。

森の中には、それなりに離れているとはいえ、みんながいる。

そちらには行かせたくなかった。

ヤツは反転して私を追ってくる。

足はヤツの方が速い。

そのまま追いかけっこをしていたのでは当然追いつかれる。

私は、反転して足を止めた。

ヤツはかまわず猛然と突き進んでくる。

そしてヤツは私に迫ろうかという瞬間、首をほんのわずか、左へひくような動きを見せた。


瞬時に反応して後ろへ飛び退さる。

ブンッ、という音とともにヤツの角が横なぎに私の胴の辺りを横切った。

私はまた少し移動して、また突っ込んでくるヤツの角をかわす。

そんなことを2度ほど繰り返すと、ついにヤツがしびれを切らした。

ドッ!という地響きにも近い音を立ててヤツが飛び上がる。

そして、着地と同時にその勢いのまま、方々にトゲが飛び出たような凶悪な角を振り下ろしてきた。

大きな隙が生まれる。

私はその角をかわすと同時に刀を抜き放ちヤツの左前脚を撫で斬った。


ンボォォッ!

と野太い声でヤツが叫ぶ。

倒すだけなら簡単だ。

返す刀で袈裟懸けに斬りつければいい。

しかしあえて私は飛び退さる。


痛む左前脚を引きずりながらも怒り狂ったようにヤツが角を振り回してきた。

またかわして隙を伺う。

今度は3度ほどかわしただろうか?

ヤツの目には私が徐々に追い詰められているように映ったに違いない。

事実、ヤツはとどめとばかりに大振りに角を叩きつけてきた。

しかし、私はその隙を狙って踏み込むようにその角をかわす。

今度は右前脚の膝の辺りを斬り抜いた。


さすがのヤツも倒れるが、

ンボォォッ!

と叫びながら後ろ脚で蹴りつけてくる。

鬱陶しい。

その脚をさっとかわして素早くヤツの横手に回り込むと、最後のあがきのように体をひねりながら叩きつけてくる角を斜めに動いてかわし、まずは1本根本から断ち斬った。

返す刀でもう1本。

それでもまだ、ヤツはあがいていたが、邪魔な角が無くなった今、ヤツは無防備だ。

私は構わずヤツの首元に刀を突きたてる。

突き刺した刀を少しひねるようにしながら素早く抜いて飛び退さると、ヤツは沈黙した。


「ふぅ…」

ようやくひと息吐く。

刀に拭いを掛ける前に一太刀。

ヤツの首を落とした。

これで血抜きが楽になる。


私はようやく刀を納めるとヤツをどうにかひっくり返した。

まずは一気に腹を裂く。

次に胸の辺りを剣鉈で切り裂いて魔石を露出させた。

少し大きいとは思ったが、どうやら特殊個体だったらしい。

道理で大食いだったわけだ。


取り出した魔石は通常よりも濃い緑色をしていて濁りがない。

まるで冬の静かな湖面のようにどこまでも深く透き通った碧色をしていた。

「ふっ」

思わず笑ってしまう。

エリスにピッタリだ。

少し磨けばきれいな涙型になるだろう。

研ぎ屋のおっさんと革屋のおやじの顔が浮かべて

(いい仕事をしてくれよ)

と心の中でつぶやいた。


さて、みんなのところへ戻ろうかと思って、振り返ると草地の入り口にみんなの姿が見える。

どうやら無事に終わったのがわかったらしい。

エリスが一番に駆け寄ってきた。

もう完全にデレデレだ。

私が軽く撫でて、

「見てくれ。いい色の魔石だ」

と言うと、

「ひひん!」

と前脚を上げて嘶いた。


コハクもその上に乗っているルビーとサファイアもそれぞれに、

(よかったね)

と言ってくれる。

そんな光景がこのうえなくうれしかった。

互いが互いのことを思いあって喜べる。

こんな関係がずっと続くんだろう。

そう思うと自然と笑顔がこぼれた。


「ちょっと遅くなったが飯にしよう」

私が笑顔でそう言うと、

「にぃ!」(なま!)

と言って、ルビーが一番に反応した。

またみんなして笑う。

さっきまで殺伐としていた森に笑顔があふれた。


私はいつものパンとスープ。

コハクとエリスはまだ食いつくされずに残っていた草。

ルビーとサファイアはディーラの心臓を食べる。

私は手早く飯を済ませると、いつもの薬草茶を飲みながら、少しまったりとした。

食い終わって満腹になったルビーは眠そうだ。

サファイアと一緒になって昼寝を始める。


私はそんな2人の様子を見て少し微笑むとさっそく解体に取り掛かった。

途中、コハクとエリスにも吊るす作業を手伝ってもらう。

けっこうな時間がかかったがなんとか解体を終えた。

素人仕事だが、そこは大目に見てほしい。

魔獣肉は普通の獣と違ってあまり臭みがないからある程度適当でもかなり美味しく食える。


今回持ち帰るのは革の一部、そして肉だ。

どのくらい持てるかはコハク次第だったが、

(半分くらいはいけるよ)

とのこと。

力持ちだ。

ただし袋の容量もあるから、皮を除いてせいぜい4,50キロほどが限度だろう。

それでも肉屋に卸してやればそれなりに村にいきわたる。

私一人では考えられない量だ。

改めて、誰かと一緒に冒険するということの意義を知ったような気がした。


夕暮れが迫ってきた。

「そろそろ飯にしよう」

私がそう言うと、遠くでじゃれ合っていた4人がやってくる。

コハクとエリスには行に摘んできた果物がまだ残っていたはずだ。

私たちは当然目の前にある鹿肉を食う。

「生と焼いたのどっちがいい?」

ルビーとサファイア聞いてみると、

「にぃ!」(なま!)

とルビーが答えて、

「きゃん」(なまでいい)

となんとなく苦笑いしたようにそう答えた。


私が、

「サファイアは焼いた方がいいんじゃないか?遠慮しなくても、私も焼いたのを食べるから一緒に焼いてやるぞ?」

と言うと、サファイアはルビーの方を見つめて、

「きゃん」(いい?)

と聞いた。

「にぃ!」(いいよ!)

と元気にルビーが答える。

「きゃん!」(じゃぁ焼いたの!)

とサファイアが言った。

「はっはっは。妹思いのいいお姉さんになったな。でも、我慢し過ぎもよくないぞ?」

と言ってサファイアを撫でてやる。

「くぅ…」

と鳴いて照れたようなしぐさを見せるサファイアに、ルビーが、

「にぃ!」(おいしいがいちばん!)

と笑顔で言った。


そんな一幕を経て、私はさっそく調理に取り掛かる。

私とルビーはモモの内側の柔らかそうな部分をそれぞれステーキと生で、サファイアは外側の少し堅そうな部分を焼くことにした。

サファイアは噛み応えのある肉が好きだ。

まずはサファイア用に切り出した肉を焼く。

割と厚めに切ったから食べ応えも十分だろう。


肉を焼いている間に内モモの肉を切り出し、最初にルビーご所望の生肉を小さめにカットして皿に移した。

よだれをたらしそうな顔でじっと我慢しながらその皿を見つめているルビーの表情が面白い。

「はっはっは」

と笑って撫でてやり、次に自分用の肉に塩とハーブで下味をつける。

その間にサファイアの肉が焼きあがった。

大き目の一口大に切って少し冷ましてやる。

そして、ようやく自分の分を焼き始めた。

厚めに切った肉に塩とハーブで下味をつけて、両面に焼き色が付いたら肉を休ませる。

その間に手早くいつものスープを作った。


荷物の中から果物を取り出、ようやくみんなの分の飯がそろう。

「よし、食おう」

私がそう言うと、

「にぃ!」

「きゃん!」

「「ひひん!」」

とそれぞれが「いただきます!」と言ってさっそく食べ始めた。


私も微笑みながらまずは肉を食う。

最初に触ったときの感触である程度想像はついていたが、思っていた以上に柔らかく感じた。

新鮮だからだろうか?

適度な噛み心地はあるものの、強いうま味とともに口の中で繊維がほどけていくような感触がある。

あっさりとした脂もいい。


そんな感想を抱きつつ、食べ進めていたら、

「にぃ!」

とルビーの声がした。

「きゃん!」

サファイアがそれに答える。

「ひひん!」

とコハクも鳴いて、

「ぶるる」

とエリスが鳴いた。

(みんなとごはん!)

(うん、おいしいね!)

(また、いっしょにたべたいね!)

(…ま、まぁそうね)

エリスの言葉は想像だが、少し照れたように少しそっぽを向きながら鳴いたので、きっと大きく外してはいないはずだ。


思わず笑みがこぼれる。

「ああ、一緒に食うと美味いな」

私もそう言うと、

(うん!)

とみんなが笑ってそう言った。


(今日も固まって寝るか…)

そんなことを思いながら、今回の冒険…というよりも、ピクニックのことを思い返す。

単純に楽しかった。

こんなに楽しいのはいつぶりだろうか?

そう言えば、小さい頃、家族そろって近所の草原でピクニックをしたことがあったか。

その時、サンドイッチを横取りされて泣いた私に母が自分の分を分けてくれたんだった。

なぜかそんな記憶が蘇ってくる。

私もいつかそんな家族を持つことができるのだろうか?

そんなことを思って少しボーっとしていたら、

「にぃ?」(もうおなかいっぱい?)

とルビーに心配された。

「はっはっは。あまりにも美味いもんだから感動していただけさ」

と笑って私はまた肉にかじりつく。

(また来よう。いつかきっと。リーファ先生も、メルもローズも、マリーも一緒に)

私はそんな光景を想像し、今回の楽しい思い出と鹿肉をかみしめた


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