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第109話そうだ、鹿を狩ろう02

「はぁ…」

ため息交じりに立ち上がる。

「きゃん?」

「にぃ?」

と心配そうに私を見つめる2人を抱き上げ、

「心配ない。ちょっとみそ汁を忘れてしまっただけだ」

と言って笑顔で2人を撫でてやった。


2人は、

「きゃん!」

「にぃ!」

と鳴いて、くすくす笑っている。

「さぁ、行こうか」

私が苦笑いしながら2人をコハクの上に乗せ、そう言うと、

「きゃん!」

「にぃ!」

「「ひひん!」」

と元気な返事が返ってきた。


気を取り直して出発する。

途中、何回か果物が生っているのを見つけたので摘んだ。

どうやらコハクとエリスが見つけて誘導してくれているらしい。

そのうち適当な水場に出たので、

「少し休もうか」

と言って、おやつの時間にする。

お気に入りのナーズをむしゃむしゃと食べるルビーに、

「あんまり食べ過ぎると晩飯が入らなくなるぞ」

と笑いながら注意して私もビワをかじる。

サファイアにも種を取って出してやった。

コハクはシッカ、エリスはバンポがお気に入りらしい。

人心地着いたところで、

「さぁ、あと少し進もう」

と言ってまた出発する。


それからも順調に進み、予定よりもほんの少し先まで進めた。

今日、野営地に選んだ場所は、そこまで開けた場所ではないが、小さな水場もあるし、みんなが横になれるくらいの広さはある。

晩飯は米とみそ汁も考えたが、なんとなく昼間のことが悔しくてパスタにした。

ショートパスタにトマトとベーコンのソースをかけて食う。

案の定、ルビーは少しでいいと言ってきた。

言わんこっちゃない、と思いながらも「はっはっは」と笑ってコッコの燻製を小さく裂いて出してやる。

サファイアがまるでため息を吐くように、

「きゃん…」

と鳴いてまるで苦笑いをしているようだった。

コハクとエリスも、

「「ぶるる」」

と鳴いて、そんな光景を微笑ましそうに眺めている。

(いい夜だ…)

そう思いながら、その夜はみんなで固まって寝た。


翌朝、コハクとエリスが水を飲んでいる間に薬草茶を淹れ、朝飯の準備をする。

いつもの簡単なスープとパン。

ルビーには軽くお湯で戻した干し肉。

サファイアはそのまま。

簡単な野営飯がいつもより美味く感じたのは気のせいではないはずだ。


また昨日と同じように果物を摘みながら森を楽しみつつもずんずんと進んでいく。

ルビーはコハクの上でご機嫌そうに時々鳴いている。

まるで鼻歌でも歌っているようだ。

それを見つめるサファイアも嬉しそうに時々、

「きゃん」

と鳴いているし、

コハクとエリスの足取りも軽い。


こんなに平和な森歩きはいつぶりだろうか?

美しい風景と森の匂いを嗅ぎながら小休止の度にじゃれ合う4人を眺めては和み、

「ははは」

と笑いながら順調に進んだ。


夕方前になると、少し下草が少なくなっている場所に出た。

茸もかじられた跡がある。

水場もあるし、おそらくディーラの縄張りの中だ。

まだ端の方だから気を付けていれば問題ないだろうが、明日はいよいよ狩になる。

念のため、ヤツが戦いにくい、ある程度の間隔で木が生えている林の中で少し早めの野営にした。


「にぃ」

と鳴いて甘えてくるルビーを撫でて、

「明日は狩りになるからコハクとサファイアの言うことをよく聞いていい子にしてるんだぞ?」

と言ってやると、

「にぃ!」(わかってる!)

と言って、ルビーは少しすねるように私に頭をこすりつけてきた。

「はっはっは」

と笑うと、

「きゃん…」

「「ぶるる」」

と他の子たちが苦笑いしている。

どうやら、ルビーは妹キャラらしい。

サファイアはしっかり者の姉で、コハクは一緒に遊んでくれる楽しいお姉さん、エリスはツンデレだけど、なんだかんだ面倒見のいいお姉さん、と言ったところか。

みんな優しい子だ。


考えてみれば私は人に恵まれている。

ドーラさんの飯にズン爺さんの酒。

リーファ先生はともに戦う仲間だし、アイザックのやつは…まぁいいやつだ。

アレックスもサナさんもよく働いてくれるし、村のみんなもそうだ。

平和でのどかで優しい村。

私はいい家に恵まれた。

これから村は少しずつ発展していくだろうが、この穏やかさはずっと続いてほしい。

そしてマリーたちも…。


マリーの顔を思い浮かべたら急に胸が苦しくなった。

いや、いつかも思ったはずだ。

マリーもリーファ先生もいつまでも村にいるわけじゃない。

それはある意味喜ばしいことだ。

そのはずだ。

漠然とした不安が心の底から湧いてくる。

寂しさ。

切なさ。

そのどれとも違う焦燥感にも似た感情。

(この想いはなんだろうか…)

頭の中が混乱して上手く整理できない。

そうやって1人思考を巡らせていると、いつの間にか4人が私のそばにいた。


「きゃん…」

「「ぶるる」」

「にぃ…」

とみんなそれぞれに、

(どうしたの…?)

((だいじょうぶ?))

(おなかすいた?)

と言って心配してくれる。

「大丈夫だ。すまん、少し考え事をしていただけだ…」

私はそう言ったが、みんなはまだ少し心配そうな表情だ。

「はっはっは」

と笑ってみんなを順に撫でてやる。

「ありがとう。みんなのおかげで悩みが吹き飛んだ。ありがとう」

そう言って、笑うと、やっと安心してくれたようだ。

「さぁ飯にしよう」

いつものようにそう言って、私はリゾット、ルビーとサファイアは肉。

コハクとエリスは果物をそれぞれ食べる。

本来なら緊張感が漂うはずの魔獣の縄張りの端に、幸せな食卓が広がった。

この子達がいる。

なにも心配いらない。

そう思ってその日もみんなで固まって寝た。


翌朝。

いつものように日の出前に起きる。

「「ぶるる」」

挨拶をしてくれるコハクとエリスをひと撫でして、いつものように薬草茶を淹れて、行動食をつまむ。

地図で確認すると、少し先に草地があるはずだ。

「ここか…」

おそらくこの辺りだろうという場所に目星をつけると、まだ眠たそうにしているルビーをサファイアが咥えてやってきた。

皿に薬草茶をついでやる。

「もう少し冷めてからな」

冷める頃にはルビーも目覚めているだろう。

その間に野営の始末をして、装備を確認する。

ルビーとサファイアには悪いが、今日の朝食は簡単なものだ。

もしかしたら、昼も簡単なものになってしまうかもしれない。

申し訳ないと思いつつ、

「夜は鹿肉が食えるといいな」

と言ってぺろぺろと薬草茶を飲む2人をそっと撫でた。


やがて目が覚めたのか、干し肉を食べ始めたルビーと手早く済ませてそれを見守るサファイアを眺めながら夜明けを待った。

ルビーが食事を終える頃、わずかに日が差し始めた森を出発する。

おそらく目星をつけた草地には昼前に着く。

(うまくいてくれればいいが…)

そう思いながら歩を進めた。


進むにつれて、徐々に森が荒れている様子が目に付くようになってきた。

(早めにきて正解だったかもしれん…)

新芽を根こそぎもぎ取られた枝。

おそらく表面に茸でも生えていたのだろう、皮ごとむさぼられた木。

下草も無残なものだ。

(少し大きい個体の可能性もある…)

なんとなくそう思いながら森を進む。


ヤツは意外と人の気配に敏感だ。

気を付けないとこちらが先に気取られて奇襲を仕掛けられることがある。

それに、上手く近づけたとしても大きな角を振り回して攻撃してくるから厄介だ。

避けるのが面倒くさい。

まるで闘牛だ。

飛んだり跳ねたり角を突き上げてきたり…。

熊やイノシシのように単純な動きをしてこない分、工夫がいる。

それに今回の目的には肉もある。

それなりにきれいな倒し方をしないといけない。

(さて、油断は禁物だ。慎重にいこう)

そう思いながら徐々に濃くなる気配の方へと向かっていった。


さて、どう攻めるか。

いや、どう攻めてくるか。

そう考えながら注意深く気配を読んでいく。

徐々に森が開けてきた。

この辺りからは攻めて来られてもおかしくない。

「ぶるる」

とエリスが鳴いた。

コハクが、

「ぶるる」(もうちょっと先)

と教えてくれる。

いや、おそらくエリスの言葉を通訳してくれたのだろう。

「ありがとう」

と言ってエリスを撫でる。

「ぶるる…」

と鳴いてエリスがデレた。


それはともかく、おそらく、ヤツは自分に有利な開けた土地での勝負を選んだ。

ならば勝負はここからだ。

私はいったん、エリスの足を止める。

「この辺りで待っていてくれ」

私がそう言うと、みんな一様に大丈夫?という顔をした。

「心配ないさ。すぐに片付けてくる」

と言って、みんなを順に撫でていく。

最後に撫でたのは一番心配なルビーだ。

「お姉さんの言うことをよく聞いていい子にしてるんだぞ?」

と私が言うと、

「にぃ!」(わかってるもん!)

と言って少しむくれる。

「はっはっは」

と笑って、

「じゃぁ行ってくる」

と言うと、異口同音に、

(がんばって)

と言ってくれる4人に向かって後ろ手に手を振りながら鹿のいる方へと向かっていった。


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