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第106話村の剣03

一方、その頃、辺境伯は執務室でため息を吐く。

「まったく、小賢しい」

辺境伯がそうつぶやくと、そばに控えていた執事長が、紅茶を淹れながら、

「とりあえず、あの男をトーミ村に縛り付けたのですからよろしかったのではないでしょうか?」

と言った。

「まぁエインズベルならまだマシだ。他のやつらがちょっかいを出さないように動いてくれ」

と言う辺境伯に向かって、執事長は、

「かしこまりました」

と答える。


次に、辺境伯は、

「そう言えば、ズブロンは元気か?」

と言って話題を変えた。

執事長は、

「はい。元気にしているようでございます。たまに文が届きますので」

と言う。

その言葉を聞いた辺境伯は意外そうな顔をして、

「やつから報告は来ていないと言っていなかったか?」

と言って、執事長に怪訝そうな顔を向けた。

「はい。有意な報告は一切ございません」

と執事長があっさりと答えると、辺境伯は興味深そうに、

「ほう、では無意味な報告は来ていると?」

と、聞く。

すると、執事長は、少しため息を吐いて、

「はい。なんでも食事が美味しいとのことです」

と答えた。


その答えに、辺境伯は、

「なんだそれは?」

と、あっけにとられてそう聞き返す。

執事長は、また淡々と、

「はい、なんでもドーラとかいう家政婦の作る料理が絶品だそうでございます。よい隠居先を見つけてくれた閣下に礼を言いたいとのことでした」

と言って、執事長は紅茶を差し出し、わかるかわからないかという程度に苦い顔をした。


そんな会話のことなど知る由もない私は、小高い丘の上に立つ辺境伯様の屋敷から伸びる道を、眼下に広がるルクの町を眺めながらのんびりと歩いていく。

ルクの町は、トーミ村に比べればずいぶんと発展した町で、活気にあふれ、人々の息遣いが聞こえてくるような町だ。

しかし、私には、その本質、人が楽しく暮らす場所、という意味ではトーミ村もルクの町もさほど変わらないように思えた。

(人の営みというのは、いつ、どの世界でもそんなに変わりはしないものだ)

そんなことを思いつつ、青春時代を過ごした町の懐かしい景色を眺める。

「さて、パスタを食いに行くか」

とつぶやき、学生時代に通った定食屋を思い浮かべながら、町の雑踏を目指し、意気揚々と歩いていった。


翌朝も、ルクの町を堪能する。

朝市を見て回り、屋台飯をつまんでぶらぶらと歩き、

(やはり活気があっていいな)

と思いつつも、仕入れるものの算段をつけていった。


(ドーラさんには珍しい香辛料や食材、ズン爺さんには酒だな。アレックスには筆記具でも買っていってやるとして、ルビーとサファイアにはおもちゃか。肉はあとで仕入れるしな)

とみんなの顔を思い浮かべながら土産物を物色し、

(アイザック…には何もいらんな。リーサが喜ぶものがいいだろうが…わからん。まぁ、あとで村のご婦人方のために古着をたんまり仕入れるからそれでいいだろう。サナさんには、髪留めの一つでも買っていくか)

と考えながらぶらついて、昼前、ルクの町で一番大きな商会へと入っていく。


「食材や雑貨を買い付けたい。アレスの町のコッツ商会へ卸してくれ。ついでにいろいろ買い付けてくるからそれも一緒に運んでくれないか」

と言って、了解を得ると、また町をぶらつきに出た。


懐かしのルクの町を思い出にふけりながら歩いていると、ふと一軒の店が目に入る。

(こんな店あったか?)

と思って表から覗いてみるとどうやら婦人雑貨の店らしい。

布やら服やらアクセサリーの類が並べてあった。

(ちょうどいい)

そう思って、少し勇気はいったが、思い切ってその店の入り口をくぐる。

「いらっしゃいませ」

と声を掛けてくる20代後半の店員に、

「すまん。女性への土産物を探しているんだが、布とかリボンとか…あと綿なんかがあれば適当に見繕ってほしい。刺繍や小物づくりが趣味らしいんだ」

と言って、適当に案内を頼んだ。


店員はなにやら一生懸命説明してくれているが、なにがなにやらさっぱりわからない。

「すまん。わからん。任せるから、金貨1枚の範囲で適当に選んでくれないか?できれば服なんかも作れる量があればいいんだが」

と正直に言って、頼むと、その店員は、うふふと笑いながら、

「そのご予算じゃ棚ごと買うことになってしまいますよ。この辺りのものなら日常的に使いやすいですし、お手頃でおすすめです」

と言って、いくつか見繕ってくれる。

私は、

「じゃぁそれを頼む」

と苦笑いしながらそう言ったが、ふと隣の棚に飾ってあるレースが目に入った。

「すまん、そのレースもくれ」

と言って、いくつか選ぶ。

どれも清楚でマリーによく似合いそうだと思った。


次に、メルとローズへの土産を選ぶ。

少し悩んだが、お揃いのブラシと手鏡にした。

姉妹仲良くおしゃれを楽しんでほしい。

そんなことを思って微笑む。

ついでにサナさんの髪留めも買った。


そして、リーファ先生の分。

最初は筆記具がいいか?と思ったが、それではアレックスと一緒になってしまうし、なんとも味気ない。

やはりここはきちんと選ばねば、と思って真剣に探した。

すると、金のペンダントが目に入る。

ペンダンヘッドは飾り彫りのしてあるひし形で紫色の小さな宝石がはめ込まれていた。

(リーファ先生の髪は金色だし、瞳は紫だ。きっとよく似合うだろう)

そう思って、

「これもくれ」

と言ってそのペンダントを店員に渡す。

我ながら、なかなかいい買い物ができた。

そう思って心の中で微笑む。

そんな満足いく土産選びを終えた私は、またルクの町の雑踏の中へと戻っていった。


ふらりと寄った屋台でまた適当に飯をつまむ。

買い食いも街歩きのだいご味だ。

次は雑貨屋でおもちゃを物色した。

最初はおもちゃを探していたが、ふと、人間の赤ちゃん用だと思われるかごが目に入る。

クッションがついていて気持ちよさそうだ。

サファイアには小さいがルビーにはちょうどいい。

そう思って、とりあえずそれを買った。


サファイアには何にしようかと悩んだが、籐で出来た筒状のものを選ぶ。

本来の用途はなんだろうか?

と思ってみるが、よくわからない。

店主に聞くと、枕だという。

なるほど、と思ったが、サファイアのおもちゃにちょうどよさそうだと思ってそれにした。

きっとコロコロ転がして遊んでくれるだろう。


その後、適当に昼を済ませると、最初の商会へと戻っていろいろと買い付けを済ませる。

午後にはさっき買い付けた商品が届くだろうから、それも一緒に頼むと言って、買ったものの書付を渡して店を出た。

この時間から出れば野営を挟んで次の宿場で乗合馬車に乗ることも出来るが、今日もまたあの宿で一泊することにする。

やはり、ルクの町に来たら予定を一日延ばさざるを得ないようだ。

そう思って私は六角亭に戻り、その日も酒と飯を堪能すると、翌朝早くルクの町を出る乗合馬車に乗り込んだ。


馬車を乗り継ぎ、時折野営を入れながらも旅は順調に進み、4日ほどでアレスの町に着く。

門で、ケニーと少し話し、コッツの店で荷物のことを頼むとその日は雷亭に泊まった。

いつもの様に雷亭の飯は美味い。

しかし、

(やっとトーミ村に帰れるんだな)

と思うと、ドーラさんの飯が無性に恋しくなった。


翌朝。

徒歩でアレスの町を発つと適当に野営を挟み、翌日の昼前、無事トーミ村に着く。

相変わらず平穏な村にほっとした。

村人と会話を交わし、腹を空かせて屋敷へ戻る。


いつもの様に玄関先にはルビーとサファイアがいて、

「「おかえり」」

と言ってくれた。

玄関をくぐってドーラさんとズン爺さんの出迎えを受けると、食堂でリーファ先生に帰還の挨拶をする。

(やはりこの日常が一番だ)

改めてそう思いながら食卓についた。


昼の献立はチャーハンと餃子。

鳥ガラスープも付いている。

(次はボーフ肉辺りを仕入れて牛丼でも広めようか…)

とそんなことを考えつつ勢いよく掻き込んだ。

ルビーもサファイアも餃子を食っている。

(…大丈夫なのだろうか?)

と思ったが2人ともご満悦だ。

そして、今日のおやつはプリンらしい。

「今日は特別な日ですから。マリー様にもお届けしましょうね」

と言って、ドーラさんが微笑んだ。

午後はマリーに会いに行こう。

そう思うと知らず知らずのうちに顔がほころんでしまう。


本日も我が家は平和なり。

そう思ってすする食後の薬草茶はいつもよりちょっとだけ甘く感じられた。


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