目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第104話村の剣01

オーク討伐から帰ってきた翌日、コハクとエリスにたんまりリンゴをやったあと、離れに向かってマリーと一緒にプリンを食った。

「最近調子はどうだ?」

と聞くと、マリーは、

「魔力循環でしたかしら?あの温かくなる治療もローズに手伝ってもらえば、少しだけ自分でもできるようになって、ずいぶんと食欲もわいてきたんですのよ」

と嬉しそうに言う。

私は、

「そうか。そいつはよかった」

と言いながら、

(そろそろ肉を食う訓練もいいかもしれんな)

と思い、頭の中でいくつかのレシピを考えてみた。


(まずはミルクがある。ミルクプリンあたりは好きそうだからそのうち作ってもらおう…。それはともかく、肉は…トロトロに煮込むならイノシシの魔獣肉だが…あれは油が多すぎる。ならばまだビーフシチューの方がまだいいが…やはりまだ脂は早いような気がする…。あとは…コッコの肉でミートローフなんかはどうだろうか?肉を通常よりも細かくすれば…。いや、まだ早いだろうか…。その辺りはリーファ先生に確認してみないとわからないが…。はっ!レバーペーストなんていいかもしれん。あれは脂肪も少ないし、栄養豊富だ。ああ、しかし癖があるから好みに合えばいいが…)

そんな風に思考を巡らせていると、マリーが不思議そうな顔で私を見つめ、

「バン様、どうなさったの?」

と聞いてくるので、私は、

「ああ、いや。そろそろマリーにも肉を食ってほしいと思ってな。どんな料理ならいけるか考えていたんだ」

と少し照れながら答える。

すると、リーファ先生が、

「はっはっは。なんともバン君らしい心配の仕方だね」

と言って笑った。


そんなことがあった翌日。

(生クリームを作れるようにしなければ…)

と考えつつ役場に向かいいつもの様に仕事に励んだ。

もうすぐ収穫を迎える。

(人員の配置は世話役がやってくれるだろうが、私も出来る限り手伝いに出ることになるだろう。なにせ村をあげての大仕事だ。そのあとは、炭焼きの連中が忙しくなる。炭を焼きつつ寒くなったら伐採。鹿狩りも始まれば手伝いに呼ばれるし、アレックスは税金の処理が始まるからそちらも大忙しだ。もちろん私も手伝わなくてはいけない…)


そんなことを考えつつ、世話役が作ってくれた作物の収量予測の報告書に目を通し、備蓄と干し柿や酒の仕込みに使う備品調達のリストを作成。

主に酒に回す穀物やリンゴの量をアレックスと一緒に検討して、世話役に指示を出す、という作業に追われた。


手短に昼を済ませ、午後も役場に向かう。

2時間ほどだろうか、午前中にやり残した書類を片付けて、アレックスに後を頼むと、ギルドへ向かった。

「やぁ、サナさん」

いつものようにカウンターにいるサナさんに声をかけ、

「アイザックのやつは暇か?」

と尋ねると、

「こんにちは、村長。ええ、空いております」

と答えてくれたので、

「ああ、案内はいい」

とサナさんに言って、遠慮なく執務室へと向かう。

執務室に入るとアイザックが書類を眺めてなにやら難しい顔をしていた。


「よう。どうした?」

私がそう声をかけると。

「ん?ああバンか…。予算がちょっとな…」

と言ってまた書類に目を落とす。

「なに!?ひっ迫してるのか?」

心配になって私がそう聞くと、アイザックににらまれた。

「…オークの魔石11個なんてどうやって買い取ればいいんだよ…」

と言って、ため息とともに軽くにらまれた。

「ああ…。それはすまん」

と私が言うと、アイザックは、

「ああ、いや。討伐自体は感謝してるんだ…。ただ、量がなぁ…。うちの予算じゃせいぜい2.3個、他から融通してもらってもせいぜい5,6個が限界だ。すまん、全部をすぐには買い取れん」

と言って、また頭を掻きながら書類に目を落とした。


(あんまりかきむしると、ドン爺みたいに…)

とかなり失礼なことを考えながらも私は、

「そうか…。私としてもギルドの財政はあまり圧迫したくない。たしか、需要があるのは魔道具の生産が盛んなローデルエスト侯爵領あたりだったな?デカい商会に直接持ち込んで売ってくるか…」

と言って自分で売ってくることにした。

それを聞いたアイザックは、

「いや、うちとしては助かるが…。大丈夫か?」

と言う。


アイザックの話によると、オークの魔石の買い取り金額は1個金貨120枚ほど。

統率個体になると、200枚ほどにもなるらしい。

つまり、おおよそ金貨1,400枚。

日本的な感覚では1億4千万円くらいになるらしい。

だが私は、

(大きいと言っても魔石の重さなんてたかがしれているし、代金も5%ほどの手数料を払って1つ金貨10枚の聖銀の為替に変えてもうから、それほど大荷物になるわけではない。それでも133枚分を持って帰ってこなければならないが、そのくらいなら気になる重さじゃないだろう)

と思って、

「ん?ああ、大した荷物じゃないから持ち歩くのは構わん。久しぶりにのんびり旅でもしてくるさ」

と言った。


そんなやり取りから数か月が経った。

ちなみに、この世界の1年は400日。

20カ月で区切られる。

つまり1月が20日。

王都辺りを基準に5カ月で季節が区切られ、「春の1月」「冬の5月」というような呼び方をする。

つまり、6月や20月というものがなく、週という概念はない。

トーミ村では秋の5月はもう冬が始まっているし、雪が解けるのは春の1月が終わりに差し掛かるころだ。


今は秋の4月。

村が収穫の最終盤にかかるころ、辺境伯様から呼び出しの書状が届いた。

詳しい用件は書かれていない。

普通なら即参上しなければならないのだろうが、これから村が最も忙しくなる時期だ。

それにもうすぐ冬が来る。

雪で移動が大変になるのはもちろんのこと、税金の処理もある。

そういうことだから春まで待ってほしいと返事を出した。

そんな私にアレックスはずいぶんと呆れていたが、

「村の繁忙期に村長がいないんじゃ話にならない。急用だと書かれてないんだからかまわんだろう」

と気軽に言って、次に、

「この時期の米は逃したくない」

と本音を漏らした。


そうこうしているうちに、村では本格的な冬が始まった。

今年の冬も例年通り税金の処理に追われ、ドーラさんの飯に癒されながら、たまにコハクとエリスを散歩に連れて行ったり、寒がりのルビーを上着の懐にいれて庭を駆け回るサファイアと遊んだりして過ごしていたら、まだ雪が解け切らない春の1月、また辺境伯様から書状が届いた。


内容を見ると、

雪が溶けたら来い。

話がある。

手紙では書きづらい。

と書いてある。

(面倒事の臭いしかないな…)

と思って、雪の残る中その書状を届けてくれた騎士に、

所用が片付き次第うかがう、という返事を渡し、げんなりしながら旅支度を始めた。


辺境伯領に行くついでに、ローデルエスト侯爵領に寄って例のオークの魔石を売ろうと思いつく。

ちなみに、売りに行くのは普通のオークの魔石10個。

統率個体の魔石はエリスをもらった礼にそのうちジードさんへ送ることにした。


魔石の売り先には事前になんの通告もしていないが、デカい商会に行けばなんとかなるだろう。

全部まとめて売ることができなくてもいくつかなら買い取ってもらえるはずだ。

もし売れ残っても西の公爵領辺りに行けばなんとかなる。

と、なんとなくの目算をつけ、見切り発車で旅立った。


まずは馬車を乗り継ぎ5日ほどかけて北の辺境伯領まで行くと、大河を下る船に乗る。

そこからローデルエスト侯爵領までは2日ほどの船旅。

この時期でなければイルベルトーナ侯爵領でいったん降りて魚を食うところだが、今はオルバの禁漁期間。

仕方なくあきらめた。

(…いつになったらオルバを食えるのか…)

嘆息しつつも船に揺られる。


ローデルエスト侯爵領に着くと、さっそく一番大きな商会を訪ね、オークの魔石を売りたいと言うと、店の奥にある応接室へ案内され、そこで商会長直々に礼を言われた。

なんでもとある貴族から特別な注文があったが通常の魔石ではどうにも作りづらく困っていたらしい。

さすがに10個は使わないが、持っていて損になることはないからありがたい。

礼と言ってはなんだが、為替の手数料はこちらで負担しようと言ってくれる。

ありがたい話だが、私は、商売は持ちつ持たれつだと思って、ついでにといっては何だが、マリーの車いすと生クリームを製造する機械を注文できないか?と聞いてみた。


あれから私が数回魔力循環をしたからなのか、ずいぶんと元気になったマリーだが、まだ自力で歩くことはできない。

いまだに離れから出られないマリーのために、簡単なものでもいいから車いすが作れないかと思って冬の間大工のボーラさんに相談してみたが、結果、無理だった。

餅を酒屋に頼むようなものだ。

それは仕方ない。


生クリームを製造できる機械は、小型のものならすぐできるという。

「いくらだ?」

と聞いてみると、機械が金貨30枚で運賃が5枚、しめて金貨35枚とのこと。

日本円でいうと、大体350万円ほどになってしまうが、こんな機会はめったにない。

しかもそれで村の飯が上手くなるのだから言うことなしだ、と思って即決した。


車いすについては、さすがに自走式は無かったが、手押しなら昔貴族の注文で作ったことがあるという。

性能については、一部は金属製だが、基本的には普通の椅子に車輪が付いた程度で、その場で聞く限り、私の知っているものとは比べ物にならなかったが、それでも天気のいい日には庭に出たり、屋敷まで来ることだって可能になるかもしれない。

こちらも、

「いくらだ?」

と聞くと、商会長は少し悩んだが、

「送料は生クリームの機械と一緒に送るからおまけして、金貨45枚でどうか?」

と言われた。


懐が温かいを通りこして、熱いくらいの今、そのくらいの出費でマリーの人生を豊かにできるのなら安いものだと思って、こちらも即決する。

「なるべく早くお届けしましょう」

と言う商会長に、

「お互いにいい商売ができた」

と言って握手を交わし、日用品の仕入れとみんなへのお土産代で使う分の現金を金貨20枚、あとは為替で110枚を受け取ってその商会を後にした。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?