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第103話エデルシュタット家の食卓 アマイモ団子汁とツルウリ団子

ずいぶんと寒くなってきた。

冬が近づいてきている。

辺境出身の私は慣れているとはいえ、やはり寒いものは寒い。

収穫も終わり、これから納税作業が本格化するかと思うと余計に寒く感じる。

書類のとりまとめなんかはアレックスが手伝ってくれるが、その数字と現物の確認は私の仕事だ。

正直、面倒くさい。

(しかし、こればかりは他人に任せるわけにはいかんし…)

と、そんなことを思いつつ、役場で執務に精を出す。


こんなことなら村長になどならなければよかった。

毎日そう思うが、なってしまったものはしょうがない。

あきらめろ。

そう自分に言い聞かせて机に向かう。

気が付けば、外はもう暗くなっていた。


冬の日は短い。

外は雪。

ふわりと綿毛のような雪が降り、積もっている。

だからだろうか、深々として音が消えているような錯覚を覚えた。


「冷えるな」

思わずそう呟いて役場を出ると、いつものように勝手口から屋敷へ入る。

「ただいま」

私がそう言うと、ドーラさんが、

「おかえりなさいまし、村長」

といつものように迎えてくれて、

「ご飯はすぐにできますよ」

と言ってくれたので、少しは気が晴れて、

「ありがとう。今日も楽しみだ」

と笑いながらそう言ってやや軽い足取りで食堂へ向かった。



いつも思うのだが、ドーラさんの飯は美味い。

赴任した直後は驚いたものだ。

ただの田舎料理のはずが、妙に美味い。

他の料理人とは何が違うのだろうか?

出汁の取り方、調味料の塩梅、煮込み加減に、焼き加減。

おそらく切り方も上手いのだろう。

全てにおいて、絶妙な加減をわきまえている。

自然にして無駄がない。

剣の道もかくありたいと思うほどだ。

究極の自然体とでも言うべき境地に達している。

それが、ドーラさんの料理だ。


さて、今夜はなんだろう。

そんな期待を抱きつつ、食卓についた。


そんな私を待っていたのは、何の変哲もない味噌汁と米、デースの煮物にそぼろ餡がかかったものと浅漬けだけのシンプルな飯だった。

今日はやけに質素だな?

と思いつつその膳をのぞくと、味噌汁の違いに気が付いた。

具沢山で、小麦を練った団子が入っている。


ああ、これはあれか。

炭焼きの連中が猟の時期に食っている団子汁か、と思って少しがっかりした。

たしかに温まるし腹にもたまる。

だが、期待値を上回るほどではない。

そう思った。


そんな自分に説教してやりたいと思ったのは、その汁物を一口すすった直後だった。

甘い。

味噌の香りの中にほのかな、しかし、たしかな存在感の香ばしさと甘さがある。

香ばしさの元はすぐに分かった。

ゴボウだ。

土臭さになぜか春を感じる。

いい匂いだ。


しかし、それではこの甘い香りはなんだろうか?

そう思って、団子を見てみると、普通の団子よりも大きい。

すいとんのように薄っぺらい団子ではなく、ずんぐりと、しっかりと厚みがあって、しかも柔らかい。

なるほど、中に何か入っているらしい。

そう気が付いたのは、その団子を箸で持ち上げた時だった。


一口噛んでみる。

田舎味噌のほのかな甘みよりももっと濃厚な甘み。

その圧倒的な甘さが口の中いっぱいに広がった。

アマイモか!

団子の中身はつぶしたアマイモだ。

ねっとりとした食感と濃厚な甘み。

田舎味噌の塩気とのバランスが素晴らしい。

互いの良さを引き出しあている。

団子の皮のもっちりとした食感とイモ餡のねっとりとした食感のバランスも最高だ。

しかも、温まる。

芯から冷えた体に染み渡るような温かさだ。


思わず

「ふぅ…」

と息を吐く。

味噌の香りが鼻腔を抜けて口の中に残った甘さの余韻がもう一段広がった。


ニンジンの甘さとデースの甘さ。

そこに田舎味噌の甘さとアマイモの甘さ。

全て甘いと表現できるが、全て違う種類の甘さが混然一体となって口の中に広がる。


うま味と甘みのバランス。

そして、それらが複雑に絡み合って生まれるコク。


甘い食い物のはずなのに、飯が進む。

塩気のバランスがいい。

そして、横に添えられた浅漬けのさっぱりとした味が一瞬くどくなった口の中をうまくリセットしてくれる。

さっぱりした口に今度はコッコの肉のうま味がしみ込んだデースが優しい醤油の香りとともに投入されて、また米を要求させる。

米で、落ち着いた口は汁気を求め、絶妙な加減の、甘じょっぱい団子汁がまた、米を求めさせる。

気が付けば私は、そんな無限ループに私は入り込んでしまっていた。


それは隣で食べていたリーファ先生も同じだったらしく、

「アマイモにこんな…。しかも甘いのに米に合うとは…。すごい、すごいぞ、ドーラさん!」

と言って、いつもより短いが端的にこの味を表現してドーラさんに賛辞を送っていた。

するとやはりドーラさんは少し照れながら、

「寒くなり始めのこの時期は風邪をひきやすうございますから。甘くて温かいものにしてみましたよ。あと、冬至じゃありませんが、あとでツルウリ団子もお出ししますからね。少し甘い物続きになってしまいますが、村長がおまじないの意味もあるとおっしゃってましたから」

と言って、今日のデザートがツルウリ団子であることを教えてくれた。

たしかに、甘い物続きだが、たまにはいいだろう。

そう思って団子汁をすすると、それは冷えた体と疲れた心に沁み渡っていった。


そして、デザートは予告通り、ツルウリ団子。

このツルウリ団子は日本の記憶でいうところの「いきなり団子」のサツマイモをツルウリ、つまりカボチャに変えたものだ。

「いきなり団子」は、たしか九州のどこかの田舎菓子だったような気がする。

個人的にはアマイモよりもツルウリの方が美味いのではないか?と思っている。

甘さがやや控えめで餡の甘さとのバランスがちょうどいい。


先ほどは、たまにはいいかと思ったが、さすがに甘い物続きでしかも皮で包んだ甘い物、と似たようなものが続いたから、あまり量は食えないだろうと思って、私はひとつあれば十分だとドーラさんに言った。


リーファ先生はそれでも2つ食うという。

ペットの2人も食べたいと言ったので私の分を少しわけてやることにした。

すぐにドーラさんがツルウリ団子を持ってきてくれる。

ツルウリ団子の脇に薄く切った干し肉のようなものが添えてあった。

ルビーとサファイアのおやつだろうかと思ったが、

「甘い物が続きましたからソルの塩漬けを薄く削って添えてみましたよ。お口直しの塩気にどうぞ」

と言ってドーラさんがそのものの正体と存在意義を説明してくれた。


(なるほど!ぜんざいに添えられている塩昆布の代わりか…)

盲点だった。

先ほどのループと似たようなものだ。

甘いとしょっぱいは無限ループを引き起こす。

しまった。

なぜひとつでいいなどと言ってしまったのだろうか。

足元ではうちのお嬢様方が、

「きゃん!」(ちょうだい!)

「にぃ!」(はやくちょうだい!)

と言って催促なさってくる。

私は小さく切り分けたものを2人に与え、すかさず、

「ドーラさん、もうひとついいだろうか?」

と言った。


「うふふ」

と言ったドーラさんはおそらくこうなることを予測していたのだろう。

すぐにいくつかのツルウリ団子が盛られた皿を持ってきてくれた。


私の隣からリーファ先生がすぐに手を伸ばす。

(いつの間に…)

と思ったが、よく見ればまだ彼女の皿にはまだひとつ残っている。

(早くもこのループの可能性に気が付いたか…。さすがだ)

そんなことを思いつつ、私もひとつ取った。

「きゃん!」

「にぃ!」

と声がして、お替りを要求された。

どうやらこの2人は塩気を必要としないらしい。

素晴らしい健啖家ぶりだ。

(まったく、誰に似たのやら…)

そんな2人に苦笑いしつつも、私は一切れソルを噛みしめると、自ら進んで無限ループの海へと飛び込んで行った。


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