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第100話村長、治療する01

オーク討伐から帰ってきた翌々日。

いつものように役場に出向くと、机の上には書類が積まれていた。

(そろそろ誰か人を入れた方がいいのだろうか?)

と思いつつ、黙々と片付けていく。

留守中、アレックスもずいぶんと頑張ってくれたようだが、それでも冒険の間に溜まった書類は多く、結局夕方まで役場に縛り付けられた。

凝り固まった肩を回しつつ屋敷へ戻り、いつものように勝手口をくぐって食堂へ入る。


「きゃん!」(きょうはイノシシ!)

「にぃ!」(なまもあるって!)

と言って喜ぶルビーとサファイアを撫でていると、私の向かいでお茶を飲んでいたリーファ先生から、

「バン君、近いうちにマリーに魔力循環を頼めるかい?」

と言われた。

突然のことに驚いたが、そう言えば、そんなことを言われていたなと思い出し、

「ああ。私は構わんが、大丈夫なのか?」

と一応リーファ先生に事の安全性を確認してみる。

リーファ先生を信頼していないわけではない。

ただ、素人の私がそんなことをして大丈夫なのだろうか?という不安を払拭してもらいたかっただけだ。

「大丈夫さ。私もついているんだ、安心してくれ」

というリーファ先生の言葉に安心して、

「わかった。明日、アレックスに相談してみよう」

と答えたが、やはり緊張があったのだろう。

その夜はめずらしく寝つきが悪かった。


翌朝。

いつものように稽古に出てローズと一緒に刀を振る。

途中、懸命に剣を振るローズの姿をみて、

(いつもながら真っすぐな剣だ。恐れを知らないと言えば聞こえは悪いが、自分の信じたものに向かって真っすぐ進んでいく、そんな勇気ある剣だ)

と思い、

(そうだな。迷っている場合じゃないな)

と心の中でつぶやき、私はまた、自分の心に残っている不安を薙ぎ払うように木刀を振るい始めた。


そんな稽古が終わり、いつものように食卓へつく。

トマトの旬が過ぎてケチャップが無いことを嘆きながらも茸たっぷりのブラウンソースがかかったオムレツをガツガツ食べるリーファ先生の姿を見て、

(こちらも真っすぐだな)

と思うと、何やら迷いが吹っ切れたような気がして、私もいつもよりガツガツと飯を食った。


美味い朝飯で迷いを吹っ切った私は、役場に出向き、アレックスからいくつかの書類を受け取って目を通す。

収量予測の報告書を見る限り、今年も村は順調そうだ。

だがその中で、米ぬかの備蓄が増えてきたので肥料の生産を少し増やすという報告が目に留まった。

米ぬかは食器洗いから肥料まで幅広く使われている村の生活必需品だ。

そんなありふれた存在を常に目にしながら、なぜぬか漬けを思い出さなかったのか。

衝撃と後悔に胸を締め付けられる。


(…これはすぐドーラさんに…)

と思ったが、ふと立ち止まって考えた。

(いくらなんでもドーラさんの負担が重過ぎるのではないか?それに料理に関してはご婦人方もエキスパート揃いだ。きっとみんなで協力して作り上げたほうが村に広まっていくのも早かろう)

そう思って私は、

「肥料の生産は過多になりすぎない程度なら増産してもいい、しかし、村のご婦人方に依頼して米ぬかの新たな活用法を考えてくれ」

と言って、私の記憶にあるぬか漬けの基本的な作り方をなんとなく紙に記してアレックスに渡した。

これで来年か再来年辺りには村の食卓にぬか漬けが並ぶ。

野菜の保存方法が増えるし、たしか、ぬか漬けはそれなりに体に良かったはずだから健康増進にも役立つだろう。

そんなことを考えつつ残りの事務をさっさとこなした。


午後、またしても事務仕事をこなし、ひと段落ついたところで、アレックスに休みの件を相談する。

「なぁ、アレックス。近いうちに1日休みをもらえるか?」

そう言う私にアレックスは、

「かまいませんよ。いつですか?」

と理由も聞かずあっさりと休みをくれた。

たしかに休みくらいもらえるだろうとは思っていたが、理由の一つくらい聞かれるだろうと思っていた私は少し拍子抜けしてしまう。

「そうか。リーファ先生に確認してみないとわからんが、おそらく明日になる。かまわんか?」

と言って、明日でもいいか確認すると、

「わかりました」

と言ってまたあっさりと了承してくれた。

いっそのことすべての事務をアレックスに任せてしまってもいいんじゃないか?

と一瞬思ってしまったが、やはりそこは権限の重しというものがないと、村の行政が間違った方向に進んでしまうこともあるだろう。

それを調整するのが私の仕事なんだろうな、と考えなおし、

「すまんが、頼む」

とひとこと言って、また事務仕事の続きに戻った。


その日の夜、水炊きを堪能したあと薬草茶を飲みながらさっそくリーファ先生に明日休みが取れたことを報告する。

「よし。さっそく明日やってみよう」

と言うリーファ先生に、私は、

「わかった」

と簡単に答えてうなずいた。

緊張や不安が無いとは言わない。

しかし、リーファ先生を信じて全力を尽くす以外、私にできることなどない。

そう思うと、不思議と心が落ち着いてくる。

その先にあるであろう、マリーの笑顔を思い浮かべて、私は「ふー」とひとつ静かに息を吐いた。


翌朝。

いつものように稽古に出る。

一応、ローズにマリーの様子を聞いてみると、最近はずいぶんと食欲も出てきたし、体重も少し増えたのだそうだ。

さすがにまだ自分で歩くことは難しいらしいが、血色もよいし、趣味の手芸に費やす時間も増えたと、ローズは嬉しそうに報告してくれる。

当然私もうれしくなったが、今日は全力を尽くさねばらない、そう思うと改めて気合を入れなおし、いつにも増して集中を高めると、無心で木刀を振った。


いつものように勝手口をくぐって食堂へ向かうと、ルビーとサファイアが、

「きゃん!」(わたしも行く!)

「にぃ!」(こはくも!)

と言ってきた。

なるほど、みんな今日がマリーのこれからを左右する大一番だとわかっているらしい。

マリーを心配する2人のまっすぐな瞳に心を打たれる。

私が、

「そうか、わかった。コハクも連れて行こう。その方がマリーも安心するだろう」

と言うと、2人は、

「きゃん!」(おうえんする!)

「にぃ!」(する!)

と言って、喜んでくれた。

「ああ。応援、頼んだぞ」

と言って、ルビーとサファイアを撫でてやる。

そんな様子を見ていたリーファ先生も、

「はっはっは。2人…いや、コハクも入れて3人が応援してくれるならマリーも安心だね」

と言って、笑った。


なんの根拠もないが、きっと上手くいく。

そんな気がした。


食後のお茶を終えると、みんなしてまずは厩へと向かう。

「おはよう」

と言って私はまずエリスに挨拶した。

「ぶるる」

と鳴いてエリスも挨拶をしてくれる。

少し甘えるようにして顔をこすりつけてくるエリスを撫でてやっていると、横で、

「ひひん!」(いく!)

と声がした。

おそらく、リーファ先生がコハクに今日のことを説明してくれたのだろう。

私が、

「頼んだ」

とひとこと添えると、コハクは、

「ぶるる!」(まかせて!)

と言って、

「ふんっ!」

と鼻息を吐く。

どうやらやる気まんまんのようだ。

あまり興奮しすぎないでくれよ、と苦笑しながらもコハクの気持ちがうれしい。

「さて、行こうか」

私がそう言うと、

(((はーい!)))

と元気な声が返ってきた。

「ぶるる」

と鳴いてエリスも応援してくれている。

私は、エリスをもう一度撫で、5人で離れへと向かっていった。


離れへ着くと、いつものようにリビングに向かう。

本当は寝室で行う方がいいのだろうが、そこはさすがに遠慮した。

それに、寝室ではコハクが応援できない。

リビングにはすでにマリーがいて、横にはメルが控えてくれている。

サイドテーブルにはおそらく汗を拭くためだろう、手ぬぐいなんかが用意されていた。


「やぁマリー。今日の調子はどうだい?」

とリーファ先生がいつものように気軽に聞くと、

「うふふ。今日はとっても調子がいいのよ。だって、みんな一緒なんですもの」

と言ってマリーが微笑む。

そんな様子に、私は少し安心して簡単に挨拶をすると、いったんリビングから出た。


しばらくリビングの外にある長椅子に腰掛け、

(まるで病院の待合みたいだな)

などと思っていると、急に緊張感が増してくる。

そうやって私が硬くなっていると、

「きゃん!」

と声がして、サファイアが駆け寄ってきた。

どうやら迎えに来てくれたらしい。

サファイアの後ろにはローズがいて、

「師匠、どうぞ」

と少し笑いながらそう言ってくれる。

私は、

(みんなのおかげで雰囲気が和やかだ。これならマリーも余計な緊張をしなくて済むだろう)

と思って迎えにきてくれたサファイアを撫でてやった。

先程までの緊張がするりと音を立ててほぐれていく。

「よし。行くか」

私は、微笑みながらリビングへと入っていった。


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