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第96話食えない豚14

「よし、とっとと燃やしてとっとと帰ろう」

気を取り直したように私がそう言うと、

「だね!」

と言ってリーファ先生が明るく答えた。

私が右腕一本で胸の辺りを掻っ捌き、魔石を取り出すとリーファ先生が燃やす。

途中からは魔石を取り終えた私も昨日の要領で手伝った。

終わって、昨日の水場へ戻ってきたのは昼の少し前。

また同じようにリーファ先生から順に臭いと返り血を落とす。

こざっぱりしたところで薬草茶を淹れ、適当に行動食をつまんだ。

飴の甘さが心地よい。

「さて」

と言って、リーファ先生はいよいよあの薬を取り出す。

私はスキットルと取り出して、気付けに一口やると、甘んじてその処置を受け入れた。

魔力を操作することしばし。

目を開くとやはり笑っているリーファ先生がいた。


「さて。固定しようか」

と言って、リーファ先生は荒くだが、枝を削って整えた添え木を何本か添えて、きっちりと処置してくれた。

「おそらく完全にヒビが入っているね。…というか、よくヒビ程度で収まったものだよ」

と言って、呆れたような笑顔を見せるリーファ先生に、私が笑いながら、

「マリーのおかげだな」

と言うと、

「そうだね」

と言って、リーファ先生も笑った。


時刻は昼を少し過ぎただろうか。

(急げば日が落ちる前にコハクとエリスの元へとたどり着ける)

そう思うと、心なしか足取りも軽い。

帰りはリーファ先生が先導してくれる。

けが人の私を慮ってくれたらしい。

一応気配を探りつつも順調に進み、やがて森を抜けた。


森を抜けると、

「「ひひん!」」

と声がして、コハクとエリスが駆け寄ってくる。

私たちが、

「「ただいま」」

2人そろって声を掛けると、

「「ぶるる」」

と言って、2人が頬ずりしてきた。

私が、

「ああ、待たせたな。何事もなかったか?」

と聞くと、コハクが、

「ぶるる」(へいき!)

と明るく言ってくれる。

おそらく大丈夫だろうとは思っていたが、やはり元気な声を聞くと安心するものだ。

するとエリスが、

「ぶるる」

と鳴いてなんだか心配そうな顔をする。

「ん?ああ、これか。心配ないぞ」

と言って、私は左腕を少し上下に動かして見せた。

「ぶるる」

まだ少し心配そうなエリスと軽く撫で、

「ありがとう」

と伝えると、

エリスは、

「ぶるる」

と鳴いて、少し照れたような表情をしたように見えた。

(意外と、ツンデレキャラなのかもしれないな)

と、バカなことを思いついつい微笑むと、

「さぁ、水場まで戻って飯にしよう」

と笑顔で言った。


日は暮れかかっている。

じきに暗くなるだろう。

「さて、続けざまだが、手早く熊鍋にするか」

と言って、例のエイク肉を取り出してふと思った。

片手だ。

おそらく茶碗を持ったりするくらいは問題ないが、さすがに調理となると厳しい。

「すまんリーファ先生。ちょっと手伝ってくれ」

と言って、リーファ先生を呼ぶ。

すると、リーファ先生は、

「仕方ないなぁ」

と言いながらも笑顔で手伝ってくれた。

手伝いと言っても肉と飯盒を抑えてもらうだけの簡単な仕事だ。

手伝いが必要な行程が終わり、私が、

「ありがとう。あとは大丈夫だ」

と言うと、リーファ先生は、

「そうかい?」

と言って、いつもならその辺でお茶でも飲み始めるところだが、今日はその場で私が料理するのを興味深そうに見つめだした。

私は、ついにリーファ先生も料理に興味を持ったのか?と思って、

「一緒にやってみるか?」

と聞いたが、

「いや。気にせず続けてくれ」

と言ってまた私の手元をじっと見ている。

どうやら腹が減って待ちきれないだけだったらしい。

私は苦笑いしつつ調理を進めた。


まずはお湯を沸かして乾燥野菜と茸を戻し、その間に米を炊く。

そして、炊きあがるころを見計らって、鍋を作り始めた。

肉を炒め、野菜類を戻し汁ごと入れて、味噌を溶き入れる。

片手でもできるほど簡単だが、それでいて美味い。


「よし、完成だ」

と言って、リーファ先生を見ると、

「待ってたよ!」

と言って、すぐさま器を差し出してきた。

私が少し呆れたように微笑んで、

「待たせたな」

と言いながら器に取り分けてやると、

「いただきます!」

と言って、ガツガツと食い始める。

そんな様子についつい笑みをこぼしながら私も自分の分をとりわけて食い始めた。

味噌の塩気が体に沁みる。

魔獣肉だからなのかどうかはわからないが、臭みはない。

むしろ甘い脂の香りが次々と箸を進ませる。

(…サファイアもきっと喜んでくれるだろうな)

と、私がそんなことを思っていると、

「ふふぁい!」

とリーファ先生が米を頬張りながら叫んだ。

どうやら、美味い、と言っているらしい。

私は、

「おいおい、私の分を残しておいてくれよ」

と言って笑う。

すると、リーファ先生は口の中の飯を飲み込んで、

「そうだった。すまん、君は片手だったね。取り分けてあげよう」

と言って、私の器にたっぷりと熊鍋を盛ってくれた。

心なしか肉が多いような気がする。

それがリーファ先生なりの気遣いなんだろう。

「ありがとう」

私がそう言って、受け取るとリーファ先生は、満面の笑顔で、

「どういたしまして!」

と答えた。

(…いいもんだ)

美味い飯。

飾らない言葉。

明るい笑顔。

こんな日常がずっと続けばいい。

屋敷も村もこの世界でも。

そんな甘い理想を抱きながら、私は熊肉を頬張った。


翌朝。

馬たちに水を飲ませると、いつものように薬草茶を淹れて朝日を待つ。

珍しく、リーファ先生が夜明け前に起きてきた。

軽くおはようと交わしたあと、私が、

「眠れなかったのか?」

と聞くと、

「いや、いつもよりぐっすりさ。おかげで早く目が覚めてしまったよ」

と言ってリーファ先生は少し伸びをすると、

「私にもくれないか?」

と言って、薬草茶を所望した。

「ああ」

と言って、私が淹れると、美味そうにリーファ先生が飲む。

「…とりあえず、終わったね」

と朝日を見ながらリーファ先生がつぶやいた。

「ああ」

と私は短く答える。

「やっぱり平和が一番だね」

と言って、リーファ先生が笑った。

「ああ」

と言って私が微笑むと、リーファ先生は立ち上がって、

「さて、さっさと帰ろうか」

と言った。

心なしか顔が赤いように見えた。

まじめなセリフに照れたのか、それとも朝日が当たっていたからなのかはわからないが、リーファ先生も私と同じようなことを考えていたのかと思うとうれしくなって、

「ああ」

と、今度は明るくそう言うと、いつものようにスープを作り始めた。


簡単な朝食のあと、

(さぁ、いよいよ帰還だ。マリーが待っている。きっと心配してくれているに違いない。早く帰らねば)

私はそう思って、エリスに跨る。

おそらくリーファ先生も同じように思っているのだろう。

軽くうなずきあうと、朝日を浴びながら、帰路に就いた。


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