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第94話食えない豚12

計画に従って、尾根を登っていると、いい具合に木が密集し、大きな岩がいくつか顔を出している場所を見つけた。

例の窪地からは徒歩で1、2時間と言ったところか。

距離的にもちょうどいい。

適当な場所、というよりも、いざという時戦いやすい場所を選んで背嚢を下ろす。


「さて、遅くなったが少し治療しようか」

と言ってリーファ先生が背嚢をごそごそと探り、

「こいつはよく効くよ」

と言って、小さな木の入れ物を取り出した。

私が適当に上着をまくって患部を見せると、リーファ先生は、

「…けっこう腫れてるじゃないか」

と言って、痛ましそうな顔をし、

「しばらくはやたらひりひりするが我慢して触らないでくれよ」

と言ってリーファ先生は皮手袋をはめると、その薬を塗り、厳重に包帯を巻いてくれた。

最初は、表皮にちょっと温かい感じがするか?という程度だったが、徐々にそれは刺激を増していき、しまいには身もだえしそうなほどひりひりと痛み出した。

(これなら痛みを我慢してるほうがよほどマシだ…)

と思ったが、

「触ると余計ひびくよ」

というリーファ先生の言葉を聞いて、私は仕方なく私は気を練り始めた。

体の中で気を循環させるようにすると余計なことを考えなくて済むようになる。

時には痛みさえ忘れてしまうほどだ。

私はまるで禅僧にでもなったかのように目を閉じて胡坐を組み、無の境地を目指す。

しばらくすると、

「おい、バン君」

と言うリーファ先生の声で現実に引き戻された。

リーファ先生は笑いながら、

「なんだかおもしろいことをしているねぇ」

と言って私を見ると、また、「くくくっ」と笑った。


 痛が退いている。

「すごい薬だな…」

私がいろいろな意味を込めてそう言うと、

「ああ。でも気を付けてくれよ。腫れは退くし痛みも取れるが、治癒したわけじゃない。あくまでも一時的な処置だからね」

と言って、

「無理はいかんよ」

と言ってくれた。

「ああ、わかった」

私はそう言うと背嚢からスキットルを取り出し、ズン爺さん謹製のアカメ酒をちびりとやる。

甘酸っぱい香りが鼻に抜け、アルコールの刺激がほどよく喉を刺した。

「ふぅ」

と息を吐くと、少し気持ちが落ち着く。

(たしかに、気付けにはピッタリだ)

そう感じて微笑みながらスキットルを見つめ、もう一口だけちびりとやった。


気が付けば日は傾き始めている。

薬草茶を淹れて、行動食をつまんだ。

ドーラさんの特性ショートブレッドに飴、そして干し果物。

どれも疲れた体にちょうどいい。

「今のうちに休んでおこう」

そう言って私がリーファ先生の方を見ると、リーファ先生はすでに目を閉じている。

(…言うまでも無かったな)

そう思って私もゆっくりと目を閉じた。


夜遅く、遠くに気配を感じる。

オークだ。

しかし、こちらに近寄ってはこない。

気配はそのまま遠ざかっていく。

気づかれなかった…。

一瞬そう思ったが、

(いや、ヤツらは鼻が利きそうだ)

と思い直し、

「ちっ!」

と思わず舌打ちをした。

リーファ先生を起こそうと思って近寄ると、リーファ先生も起きている。

私が、

「どう思う?」

と聞くと、

「偵察だろうね。思った以上に賢い…」

と言った。

おそらく偵察の目的はこちらの人数と状況の確認だ。

人数は少ないが、状況的に集団戦は難しい。

油断しているようならそのまま叩くつもりだったようだが、こちらに気取られたことを察したんだろう。

そのうえで、どうやらヤツらは集団戦を選択したらしい。

こちらの人数が少ないからといって、むやみに単体で突っ込んでこない。

小賢しいやつらだ。

「…考えても仕方ないな」

私はそう言って、

「さっさと攻めよう」

と決断した。

リーファ先生は少し驚いた顔をしていたが、私の目を見て適当に下した決断ではないことを理解してくれたのだろう、黙ってうなずいてくれる。

私は、

「ヤツらは集団戦を選んだ。陣形はそれなりに整っていると思った方がいい。おそらく伏兵もいるはずだ。下手に探りを入れていたら術中に嵌まる可能性がある。ここは素直に攻めるのが最善だ」

と言って、まずは強行突破に近い戦略を取った理由を説明した。

リーファ先生はまた黙ってうなずいてくれた。

その様子を見て、私が、

「今回、遠距離と近接に分かれるのは得策じゃない。伏兵がいたら分断される。だからあえて突っ込むが、離れずについてきてくれ。弓で援護を頼む」

と言うと、リーファ先生は、

「わかった」

と短く答えてくれる。

私はふと気になって、リーファ先生に、

「ちなみに、大規模魔法を使ったあとも弓や魔法は使えるのか?」

と聞いてみた。

するとリーファ先生は、

「大規模魔法のあとは魔力を練り直さないといけないからしばらく魔法は使えない。弓に風魔法も乗せられないから今回は不向きだろうね」

と答えたので、私は、

「わかった。今回、大規模魔法は無しだ。…いざとなったらわからんが…。ともかく牽制に集中してくれ」

と言って、今回の作戦概要を決定した。


まだ夜明け前。

辺りは暗い。

少し迷ったが、

(どうせ堂々と突っ込むんだ。不利な状況で仕掛けても、逆に中途半端に移動して仕掛けられてもつまらない)

と思って、空が白み始めるまで少し待つことにした。


とりあえず薬草茶を淹れて、リーファ先生と少し話す。

「別に変な意味で聞くんじゃないが…」

と言って、私は少し遠慮がちに、

「リーファ先生はお姫様なんだろ?」

と言って話を切り出した。

「…なんだい、今頃」

と言ってリーファ先生は怪訝そうな顔をする。

「いや、ただ、単純に不思議に思ってな…。エルフさんの国がどういう考え方の国なのかはよく知らんが、よくこんな自由な生活を許してもらえたなと思ってな」

と何気なく疑問をぶつけた。

するとリーファ先生は、

「…ははは。まぁ、特に理由なんてないさ。ただ私は自由に生きたかったってだけだよ…」

と言って、苦笑する。

しかし、その笑いにはいつものリーファ先生らしい快活さはない。

どちらかと言えば無理に笑っている、ように私には感じられた。

「…すまん、好奇心が過ぎた。忘れてくれ」

そんな顔をするリーファ先生を見て、私は自分の軽率さに気が付いて頭を下げる。

(…卑しい)

単純に自分を恥じた。

「おいおい。そう深刻な顔をしてくれるなよ」

と言ってリーファ先生はまるで深刻な空気を振り払おうとするかのように顔の前で手を振りながら、

「いや、本当にたいしたことじゃないんだ。私は昔から奔放な性格だったし、貴族的な生活は向いてなかったんだ。…だから父上は私をくだらない柵から解き放ってくださった…。ただそれだけさ」

と言って少し寂しそうに笑った。


私は間合いを間違えた。

誰しも踏み込んでほしくない領域はあるものだ。

誰もがみな、私の様に能天気に生きているわけじゃない。

いろいろな立場の上で、それこそいろいろな柵の中で、いろいろな感情を持って生きている。

そんな当たり前のことに気が付かずに人を傷つけてしまったことを改めて恥じた。

場の空気は一層重くなる。

(…決戦の前になんてことを…)

と思って私が、この状況をどうやって好転させようか、と一人で焦っていると、

「なぁバン君」

と言って、リーファ先生の方から声を掛けてくれた。

「な、なんだ?」

と私が少し焦りながら答えると、リーファ先生は、

「ぷっ」

と言って吹き出し、

「おいおい、なんだいその顔は」

と言って、また、

「はっはっは」

と笑った。

「い、いや、これはだなぁ…」

と私はあわてて言い訳をしようとしたが、まだ腹を抱えて笑っているリーファ先生を見て、苦笑いすると、少し落ち着いて、

「で、なんだ?」

と聞くと、リーファ先生は、ようやく息を整えて、

「いや、なに。さっきカラアゲってものを教えてくれただろ?バン君はいつも突拍子もない料理を思いつくが、他にも隠し玉を持っているんじゃないかと思ってね。この際だから全部吐かせようと思っただけさ」

と言って、また、はははと笑う。

私はなんだか救われたような気になって、

「ああ、まだまだあるぞ」

と笑顔でそう言ってやった。

「なにっ!それはどんなのだい!?」

と勢い込んでくるリーファ先生の顔が面白くて、私も、

「はっはっは」

と笑いながら、

「例えば丸いも一つとってもいろいろある。細く棒状に切ったり、薄く、それこそ布切れみたいな薄さに切ったりして揚げると美味い。特に薄く切って揚げた方は、塩だけじゃなくいろいろな香辛料で味の変化がつけられるから飽きることなく永遠に食べ続けられる」

と言ってフライドポテトとポテトチップスを披露する。

「なんだい、そのありそうで無い絶妙な加減を突いてくる料理は!」

と言って、リーファ先生は目を丸くし、

「ほか!ほかにもあるんだろ!?」

とまるでおもちゃをねだる子供のような目で私を見つめてきた。

「ああ、まだまだあるぞ」

私がそう言うと、

「もったいぶらずに教えてくれ!」

と言ってリーファ先生はさらに食いついてくる。

しかし私は、

「それはこれからのお楽しみだ」

と言ってはぐらかした。

「えぇ!なんだい、けちんぼ」

と言って、リーファ先生はむくれる。

その顔があまりにもかわいらしくて私はつい笑ってしまうと、

「はっはっは。じゃぁ、帰り道にいくらでも教えよう」

と言って、立ち上がり、

「まずはさっさとあの食えない豚を斬ってこよう。そうしたら、帰りは作戦会議だ」

と言った。

「作戦会議?」

リーファ先生は「?」という顔でそう聞く。

「ああ、まずはどれをドーラさんにリクエストするかのな」

と言って、私が笑いかけると、

「おお!それはいい会議になりそうだ」

と言ってリーファ先生も、立ち上がり、

「よし。行こうか」

と言って、どちらともなく片手をあげると「パンッ!」とひとつハイタッチを交わした。


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