短くも幸せな昼食を簡単かつ満足のうちに終えると地図を広げる。
「この先は笹と灌木が多くなる。そこを抜けたら、次は少し開けた草地だな。だが、昨日の草地よりも狭いし岩が多い。いるのはラットと山羊くらいだ」
私がそう言うと、リーファ先生は、
「岩が多いならヒーヨはあまり近づかないだろうね。近くにもっといい餌場があるんだからなおさらだ」
と言って、
「その奥は?」
と聞いてきた。
私は地図を指しながら、
「…たしか、この辺りにはいくつかの水場があってその奥はまた森だ。南側は岩山が林立しててとてもじゃないが近づけない。北側は森と言うよりも林だな」
と答える。
リーファ先生は何やら考え込み、
「なるほどねぇ…」
と顎に手を当てながらつぶやき、しばらく黙って地図を眺めていたリーファ先生だが、
「ともかく、その岩だらけの草地に行ってみよう。水場があるならちょうどいい。今日はそこで野営だね」
と言った。
地形を読むことについてはリーファ先生に
私がわかるのは、ほんの少しの魔獣の生態と住んでいそうな場所くらいだ。
おそらく、この先の笹と灌木の地帯にいるのはエイクで、草地の先に適当な場所があるとすれば、ゴブリンがいるだろう。
問題のオークがいるとすればその先の森だ。
私は一言、
「わかった」
というと、気合を入れて立ち上がった。
笹薮の中は割と広い獣道が開けていて、意外と進みやすい。
しかし、これはエイクの通り道だ。
避けて通るという選択肢もあったが、それだと一日がかりになってしまう。
この先のことを考えると時間をかけずに通り抜ける方がいいだろう。
一人ならまず取らない戦略だ。
リーファ先生がいて、コハクとエリスもいる。
それを頼もしく思いながらも、
(冒険者最大の敵は油断だ)
と自分に言い聞かせ、辺りを慎重に観察しながら進んだ。
しばらく行くと、コハクが何かに反応する。
エリスも警戒を強めた。
(やっぱり出たか…)
そう思っていつものように魔力を練り始める。
リーファ先生が弓を持った。
笹薮と灌木で見通しが悪い。
ここは魔法よりも弓の方が正解だ。
互いに視線を合わせてうなずき合うと、馬から降りて周囲を確認しつつ慎重に歩を進めた。
予想通り、と言っては何だが、空気が揺らいだ。
(足場が悪い…)
そう感じたが、
(リーファ先生がいる…)
そう思いなおして刀を構える。
もはや隠す気などないのだろう。
いや、隠す気など最初からなかったかのように、殺気をまき散らしながらエイクが藪をかき分けてくるのが見えた。
まずはリーファ先生が一射。
藪に邪魔されたのか、ヤツの右の肩口辺りに突き刺さる。
「グォォーッ」
と声を上げて怒りをまき散らしながらエイクが突っ込んできた。
また、リーファ先生が矢を放つ。
今度はやはり右足の付け根付近。
少しよろめいたようだが相変わらずの勢いで突っ込んでくる。
(もう少しだ)
ヤツはまだ完全に藪から出てきていない。
私はぎりぎりまで待って、いよいよヤツが藪から顔を出そうとした瞬間、一気に突っ込んだ。
私に馬鹿にされたとでも思ったのか、ヤツは怒って立ち上がると、左の前足を振り下ろしてくる。
私はそれを半身になってかわすと、肩口辺りを袈裟懸けに斬った。
ヤツがもんどり打って倒れこむと私はそのまま飛び退さる。
その瞬間、動きの止まったヤツの眉間に矢が刺さった。
私はいつものように油断なく残身を取ったが、ヤツは動かない。
軽く拭いをかけて刀を納めた。
リーファ先生の方へ視線を向けると、ニコリと笑っている。
私もいつもとは違う達成感に自然と笑顔がこぼれた。
仰向けに倒れているヤツを見下ろす。
(意外とデカいな)
そう思いつつ、いつものように胸辺りに剣鉈を入れ、とりあえず魔石を取り出した。
すると、まだニコニコ顔のリーファ先生が近づいてきて、
「今夜は熊鍋だね」
と言って笑う。
私も、
「ああ、そうだな」
と言って笑い、
「内臓はどこがいる?」
と聞くと、リーファ先生は少し考えて、
「そうだね…。ちょっと難しいから私が捌くよ」
と言って、リーファ先生は自ら熊にナイフを入れ始めた。
リーファ先生はおそらく胆嚢だと思われる部位を取り出すと、
「あとは任せるよ」
と言って、取り出した部分を処理し始めた。
そんなリーファ先生を横目に、私は、
(さて、鍋ならここか…)
と思ってモモの肉を切り出し始める。
この部分は脂身があって美味い。
(魔獣肉なら10日くらいは平気でもつが…)
さて、どうしたものかと思い、エリスの方に目を向けると、彼女は、
「ひひん」
と鳴いた。
私にはそれが、「大丈夫」と言っているように聞こえたので、
「そうか」
と言って心臓と肋骨辺り、つまりリブを切り出すとそれも革袋へ詰める。
(できるだけ新鮮なうちに食わせてやらんとな)
と思い家で待っているお嬢様2人の顔を思い浮かべた。
この辺りはあのエイクの縄張りだったからこの先、魔獣が出てくる可能性は低い。
しかし、今回は異常事態だ。
何があるかわからない。
そう思って、私は、
「さて、少し急ごうか」
と言って、また気を引き締めなおすと、さっさとその場を後にした。
森を抜け草地に出る。
そこは昨日までとは違い、地面から岩が多く突き出していた。
森馬と言えども少し厳しいだろうか?と思ったが、苦戦しながらもなんとか進んでいる。
蹄に何か秘密でもあるのだろうか?と思ったが、リーファ先生曰く、身体強化のようなものが無意識に使えているという説が有力らしい。
(そんなところまで私に似ているのか)
と思うと、余計に愛着が湧いてきた。
エリスの首を軽く撫でて、
「がんばれ」
と言ってやると、エリスは、
「ぶるる」
と鳴いて、やる気を見せてくれる。
やがて、夕暮れが迫ってきた頃、小さな泉に着いた。
「さて、急いで支度しよう」
私がそう言うと、
「馬と設営は任せてくれ」
とリーファ先生が言ってくれる。
私はさっそく調理に取り掛かった。
まずは米を炊く。
熊鍋は、茸と野菜を湯で戻し、熊肉を炒めて煮るだけだ。
さほど時間はかからない。
やがて鍋が良い匂いを漂わせ始めたころ、設営を終えたリーファ先生が皿を持ってやってきた。
「やっぱり新鮮だと違うねぇ」
と言ってリーファ先生は肉を頬張る。
「ああ、こればっかりは冒険者の特権だな」
と言って私もスープをすすった。
意外にも甘みのある脂と野菜と茸からでたうま味が口の中で程よく絡み合って美味い。
重くはないが、意外とかさばる乾燥野菜や麺を持ってこられたのはコハクとエリスのおかげだ。
(帰り道、アウルが狩れたらルビーが喜ぶだろうな)
と思いながらコハクの方を見ると、
「ひひん」(おいしいね)
と言って嬉しそうに草を食んでいる。
「ああ、次はルビーとサファイアも誘ってみんなで来よう」
私がそう言うと、2人そろって、
「「ひひん」」と鳴いて喜びを現す。
そんな様子を微笑ましく思い、私もリーファ先生も笑顔で鍋を食べ進めた。
食後はいつもの薬草茶。
「さて、明日からは食えないヤツらだね」
と言って、リーファ先生が少しげんなりとする。
私も、
「まぁ、仕方ないさ。害獣掃除も村長の仕事だからな」
と言って、そのげんなりに付き合った。
「奥の森がオークの縄張りだと仮定すれば、おそらくゴブリンがいるのは少し先の洞窟か岩場あたりだろうね」
と言い、リーファ先生は、
「この辺りかな?」
と言って、地図上で森の周辺を南から北まで帯状に指し示す。
「ああ、確かにその辺りに洞窟がいくつかあったはずだが…。しかし、この辺りの洞窟は中がやたら湿っぽい。普通ゴブリンが居つくには不向きだが…。今回はどうだろうな」
と言って私が地図を指しながら言うと、
「そうか…。よほどオークに追い詰められていれば別だろうけど、今回はそこまでいっているかどうか…」
と言ってリーファ先生は考え込み、
「そうだな…。じゃぁ比較的大きくて入り口付近が住みやすいか岩が削れて雨風がしのげる場所となると、この辺りからこの辺りまで3,4か所あるな」
と言って、私は地図を見ながら、この草地の先、小さな林を抜けた森との境目辺りをいくつか指すと、それを見てリーファ先生は、
「なるほど…」
と軽くうなり、
「じゃぁ南側から順に確認していこうか」
と言った。