目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第88話食えない豚06

私が若干呆れた顔でリーファ先生を見ていると、

「ルビーがいたら喜びそうだ」

と言ってリーファ先生は笑う。

しかし、その直後、私の視線に気が付いたのか、慌てて表情を元に戻すと、ひとつ咳払いをして、

「すまない。つい昔の癖でね」

と言って頭を掻きながら弁解をした。


気を取り直して再び進みだすと、リーファ先生が、

「まだ弓を覚えたての子供の頃、よく森で狩ってきて家族みんなで食べたもんだよ」

と言って懐かしそうな顔をする。

そんな顔をされては文句をつける気にもなれず、私は一言、

「そうか」

と言って少しだけ苦く微笑んだ。


やがて目的の渓流に着く。

時刻は日が沈む少し前。

私はまず馬に水をやり、その間に薪を拾うと、野営地に戻って適当な石でかまどを作って火を熾した。

そうやって野営の準備を整えていると、リーファ先生が

「どうだい。なかなか上手いもんだろう。昔取った杵柄ってやつだね」

と言って、自慢げに捌いたアウルを差し出し、

「こいつは骨ごと煮込むんだ」

と言った。

私は、また苦笑いしながらそれを受け取り、まずは骨付きのまま適当な大きさに切り、塩とハーブで下味をつけた後、肉に軽く焼き目を付けて煮込む。

具は少しだけ残っていた丸ネギとドライトマト。


やがてあたりにいい匂いが漂い始め、出来上がりを知らせてくれた。

さっそく取り分けると、リーファ先生は器用に骨から身を外し、懐かしそうな顔で微笑みながら食べ始める。

私も一口。

たしかにアウルのスープは美味かった。

味はコッコより濃く、ガーほど脂身はない。

肉質は噛み応えがあるが、筋張った感じはなく、クックの「肉肉しさ」に似た感じだ。

たしかに、少し寄り道をしてでも食いたくなるというリーファ先生の気持ちがわかった。


飯を食い終わると、いつもの薬草茶を飲みながら明日の打ち合わせをする。

明日はここの渓流を超えてさらに西側を目指すことにした。

「いよいよ本番だな」

私がそう言うと、

「そうだね」

と言って、リーファ先生も少し真剣な顔になる。


そんなまじめな話が少し途切れたところで、ふと気になっていたことを聞いてみた。

私が、

「やっぱり魔法ってのはすごいもんだな…。エルフさんたちはみんなリーファ先生くらい魔法が使えるのか?」

と聞くと、リーファ先生は、

「まさか。…自分で言うのもなんだけど、私くらいの人間は少ないよ。とはいえ、普通のエルフでもヒトより魔法が上手いことに間違いはないけどね」

と答えてくれる。

ヒトの国でエルフと知り合う機会はそうそう多くはない。

私が知っているのはリーファ先生を除けばごく数人だ。

ちなみに、どの人も変わっている。

そんなことを思いつつ、

「そうか…。それだけ強い人間がそろっていれば魔獣討伐も楽になるんだろうな」

と私が言うと、リーファ先生は、

「いや、そうでもないさ。毎年魔獣には苦労させられているよ。そこはヒトと同じさ」

と言って苦笑いをし、

「エルフにだって、苦手なものはあるさ」

と言った。


「そうなのか?あれだけ魔法が使えればどんな相手でもなんとかなりそうだが…」

と私が言うと、リーファ先生は、

「そんなことはないさ。例えばエイクやジャールみたいにそれほど速くなくて、力で押してくる相手なら的も大きいしなんとでもなる。ディーラやイノシシなんかもそうだね。イノシシは統率個体がいても動きが単純な方だから読みやすいし、かわしやすい」

と言い、続けて、

「その代わり、サルバンやヌスリーみたいに気配を消してくるタイプは苦手だね。早めに気配察知ができないと危ないし、ヤツらの射程に入って近接に持ち込まれれば不利どころか命が危ない。ちょっと前にマリーの薬草を取りに行った時のサルバンがそうさ。アウルみたいに風魔法っぽいもので飛んでくるやつはなぜかよくわかるんだけどね」

と言って、苦笑いをした。


「そうか、そういうものなんだな」

と私がなんとなくではあるが納得すると、リーファ先生はまた続けて、

「ああ、そういうものさ。ほかにもゴブリンなんかの集団戦も苦手だ。こちらも集団で臨めば別だろうがね」

と言う。

私はふと疑問に思った。

昔リーファ先生がいともたやすくゴブリンの集団を屠ったのを見たことがあるからだ。

「リーファ先生ならゴブリンもたやすいだろ」

と言うと、リーファ先生は軽く首を横に振り、

「あの時は別さ。あれは条件が良すぎた。普通は、ゴブリンが100位いて、統率個体がいれば厄介なことこの上ないよ。いったん引いて徐々に削るか、開けたところにおびき出して大規模魔法で勝負しないといけないからね。やたら神経を使うし下手をしたらケガもする。若いころは痛い目を見たこともあったよ」

と言い、

「ある程度木が密集しているところなんかで集団戦を仕掛けられれば魔法使いは全くの役立たずさ。まぁ森を破壊してもいいなら話は別だろうけどね」

と言って少し自嘲気味に笑うと、さらに続けて、

「だから、バン君みたいにソロで突っ込んでいくなんて考えられない。君が20年以上ソロでやれてるってのはかなり特殊な例だと思っておいた方がいいよ」

と言った。

それを聞いた私が、

「いやいや。このくらいたいしたことじゃないさ。世の中にはジークさんみたいな人もいる。別に私が特殊ってことはないだろう」

と言うと、リーファ先生はいつものように、

「…相変わらずだね」

と言って「はっはっは」と笑った。


そんな言葉に私は何となく、釈然としないような気持を覚えて、

「そういうなら私にも苦手なものはあるぞ?空を飛んでくるのをしとめるのはかなりやっかいだ」

と言う。

しかし、リーファ先生は、

「ああ、そういえばそうだったね。たしかに空中戦なら私に分がある。空を飛ぶ連中に関しては君より早く察知できるし、飛び道具もあるから、君よりは楽にいけるね」

と言って笑ったが、

「しかし、それにも限界はあるよ」

と言って、私の方へやや真剣な目を向けた。


「どういうことだ?」

と私が聞くと、

「その話は君みたいな強い近接に守ってもらえたら、の話だ。バン君も知っての通り、大規模魔法は詠唱に時間がかかる。護衛役がいなければいい的になるだけさ。それにさっきみたいに風魔法を乗せた弓も数発じゃゴルあたりは倒せない。連発はできたとしてもせいぜい5,6発が限度…、いや、今はバン君に例の魔力操作を教えてもらったから10発はいけるか?ともかく、何発かに一回は魔力を練り直さないといけない…。それが限界さ」

と言う。

そんな話を聞いて、私が、

「そうか…。一長一短ってやつなんだな」

としみじみそう言うと、

「ああ、だから補い合うのさ」

と言って、リーファ先生はニコリと笑った。


そんな言葉に私はハッとする。

(確かにそうだ。だから今回だって、リーファ先生と一緒に戦うことを選択したんじゃないか。なぜもっと人を頼らない?信頼していないからか?いや、それは違う)

と思い私は、

(…そうか、知らなかったんだ。慣れてないから、どう頼っていいのか、どこまで頼っていいのか、その加減がわからない。やはり私は未熟じゃないか)

という考えに行き着いた。

「そうだな。それが一緒に戦うってことだったな…。すまん、私は何も理解していなかった」

と言って素直に謝る。

すると、リーファ先生は、少し困った顔で笑いながら、

「おいおい。出かける前にも言っただろ?一緒に戦う仲間じゃないか」

と言ってくれた。


心の殻にひびが入ったような気分だ。

今回のオーク討伐は私一人じゃ無理だったはずだ。

数匹ならともかく、それ以上になれば絶対に無理だ。

私はそんなわかりきったこと、わかっていたはずのことをすっかり忘れていた。

周りにこんなにも頼れる人物がいるというのに、自分ひとりで何とかしようという気が抜けていなかった。

慢心以外の何物でも無い。

ふと、横を見るとコハクとエリスもこちらを見つめていた。

なんとも気恥ずかしいような、うれしいような気持ちがこみあげてくる。

「そうだな、一緒に戦おう」

私が少しはにかみながらそう言うと、

「はっはっは、相変わらずだねぇ」

と言って、リーファ先生が笑った。

つられて馬たちも笑っている。


焚火の熱で火照った顔を冷ますように空を見上げると、相変わらず美しい夜空が私を包んでくれていた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?