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第87話食えない豚05

問題の場所に着くと、まずはやや高くなっているところから全体を眺める。

そこは山の斜面が、大きく拓けて草地になっていた。

遠目に草を食むウサギが15匹くらいは見える。

巣穴も多い。

(確かに多いな…)

報告にあったよりも少し多いと感じた私は、迷ったが、思い切って足を踏み入れてみることにした。

だが、そこにあったのはウサギの痕跡だけ。

アウルあたりはいるのだろうが、ここから気配を読むことはできない。

しばらく慎重に周辺を探ってみたが、ウサギが多いということ以外の情報は得られなかった。


私はそのことを確認すると、さっそく戻ってリーファ先生に報告する。

「予想通りだった」

私がそう言うと、リーファ先生が、

「そうか…。とりあえず、夕飯を食べながら話そう」

というので、私は苦笑しながら、

「そうだな」

と言って、さっそく調理にとりかかった。


食料が入った袋の中を見ると、ベーコンと丸ネギがある。

コハクとエリスがいるからこそ持ってこられた食材だ。

乾燥させたものに比べて日持ちはしないから先に使ってしまうことにし、少し考えてから、ベーコンと丸ネギを使ったピラフを作ることにした。

ベーコンと丸ネギのいい香りがあたりに漂い、米が半透明になってきたところで、乾燥茸と戻し汁を入れて炊き上げる。

仕上げにバターとほんの少しの醤油を入れ、全体になじませながら蒸らしていると、皿を持ったリーファ先生が私の横でじっとスキレットを眺めていた。


「もう少しだけ待ってくれ」

と私が言うと、リーファ先生は、

「むぅ」

と軽くうなって不満そうな顔をする。

その様子がおかしくて、私はつい噴き出してしまった。

するとまたリーファ先生が不満そうな顔をする。

よほど腹が減っているらしいが、ピラフは少し水分を飛ばさなければ美味しくならない。

「もうすぐだ」

と言って、とりあえず薬草茶を淹れる。

やがて、薬草茶が出来上がったころ、ピラフもいい感じに蒸らしあがった。

「待たせたな」

と私が言うと、

「待ってました!」

と言って、リーファ先生は皿を差し出し、私が笑顔で取り分けてやると、2人そろって食べ始める。

「うん、これはこれでいいものだね。ドーラさんのご飯とはまた違った趣がある」

と言って、リーファ先生はハフハフしながらピラフを頬張り、私も、

(やはり、飯は笑顔で食うものだな)

と思って微笑むとハフハフしながら頬張った。

やがて、食い終わると、薬草茶のお替りを飲みながら明日の行動予定の話になる。

「どうする?」

そう言って、漠然と聞く私に、地図を眺めていたリーファ先生は、

「そうだねぇ…」

と言い、

「当初の予定通り西かな。しかし、あまり変化が無いようだったら、この谷あいまで進んでしまおう」

と言って、明日巡る予定だった草地の少し奥にある谷合を指さした。


「そうだな。その辺りは渓流になっていたはずだ。野営地としては申し分ない」

と言って、私もリーファ先生の意見に賛成するが、

「ただ、途中、サルバンあたりなら出るかもしれん。コハクとエリスは大丈夫か?」

と一応聞いてみた。

「なに、彼女たちは我々なんかよりよっぽど魔獣の気配には敏感さ。頼りになることはあっても邪魔にはならないよ」

とリーファ先生が言うと、少し離れたところで、コハクも、

「ぶるる」(だいじょうぶ)

と言ってくれる。

「そうか。心配しすぎだったようだな。わかった、明日は頼むぞ」

と言って、私がコハクとエリスの方に目をやると、2人とも、

「「ぶるる」」

と鳴いた。


私が、

「よし、じゃぁ寝るか」

と言うとコハクとエリスは並んで膝を付き、さっそくすやすやと眠り始めた。

(馬は基本的に立ったまま寝るんじゃなかったか!?)

と思って私は驚いてしまったが、そんな私の表情を見たリーファ先生が、

「はっはっは。驚くだろ?私も普通の馬を見たときは驚いたものさ」

と言って笑う。

「そ、そうなのか?しかし魔獣のいる森の中でずいぶんと無防備に思えるが…」

と私が言うと、リーファ先生は、

「ん?君だってできるじゃないか。あの半分寝て半分起きてる感覚っていうのと同じだよ」

と言い、

「バン君はある意味森馬並みってことだね」

と言ってまた笑うが、私は、

(なんとも微妙な表現のされ方だが、確かにそうだな)

と思いつつも気持ちを切り替えてさっさと眠りについた。


翌朝。

いつものように夜明け前に起きると、薬草茶を淹れみんなの起床を待つ。

先に起きてきたのは馬たちだった。

私が、

「おはよう」

と声をかけると、馬たちは、

「「ぶるる」」

と鳴いて挨拶を交わす。

「リーファ先生が起きたら水を飲みに行こう」

と私が言うと、コハクが、

「ひひん」(だいじょうぶ)

と言って、エリスと一緒に水場へと向かっていった。

一瞬不安に思ったが、昨日のリーファ先生の話を聞く限り大丈夫なのだろうと思って、私も薬草茶を飲みながら、朝食の準備に取り掛かる。


やがてリーファ先生も起きてきた。

「おはよう、バン君」

と言うリーファ先生に

「ああ、おはよう。今日の朝飯はリゾットだ」

と言ってとりあえず薬草茶を渡す。

「朝から豪華だね」

と言って、リーファ先生が薬草茶を飲んでいると、馬たちが戻ってきた。

みんな揃って飯を食う。

やがて、薬草茶の残りを飲み終えるころ、馬たちも食事を終えた。

手早く準備を整える。

「よし、行こうか」

と私が言うと、さっそく出発した。


草地の様子は昨日と変わらずウサギが草を食んでいる。

不用意に手を出さなければ襲ってくることはないが、一応慎重に歩を進め、素早く草地を抜けた。

しばらく林の中を進むと、また別の草地に出る。

そこは先ほどの草地と違って、大きな岩が所々に顔を出していた。

カルスト地形と言うやつだろうか。

この世界に石灰岩があるのかどうかは知らないが、似たような風景に見える。

見た目だけは牧歌的だ。

この辺りからはヒーヨあたりが出てきてもおかしくない。

ちらりとリーファ先生に目をやると、弓を手に持って油断なく周辺を警戒している。

そちらは任せても大丈夫そうだ。

そう思って私が先導しながら進む。

しばらくすると、やや大きな岩が見えたので、そこで小休止を挟むことにした。


岩の上に登ってあたりを見回すと、遠くにウサギの群れがいる。

「やっぱり少し多いな」

私がそう言うと、岩陰で馬を撫でていたリーファ先生が、

「ああ、どうやらこの辺も捕食者が少ないようだね。きっとこの先もそうさ」

と言った。

私は、

「そうだな」

と言って、岩から降りると、

「さて、行こうか」

と言って、エリスに跨った。


それほど高くない木が点々と生える林を進み、

「よし、ここらで飯にしよう」

と言って、その林を抜ける直前で足を止めた。

草原に出てヒーヨを警戒しながらよりは余裕を持って飯が食える。

とはいえ、献立は行動食と薬草茶だ。

手早く済ませて、先ほどと似たような風景の中を進むと、やがて森の入り口が見えてきた。


「さて、ここからだな…」

私がそう言うと、

「ああ」

と短くリーファ先生が答える。

私が、

「頼んだぞ」

と言って、エリスの首を軽く撫でてやると、エリスは、

「ぶるる」

とひとつ鳴いて先程よりも少し慎重な足取りで進み始めた。


私たちも気配を読みながら進む。

時々コハクやエリスが何かに反応しているから何かいるのかもしれない。

私も気配は感じるが、方向や種類まではわからない。

馬たちは、そんなかすかな気配を読んでうまく避けているようだ。

やはりリーファ先生が言うように森馬は気配に敏感らしい。

頼もしい限りだ。


本来であれば魔獣に気が付いたら積極的に倒さなければいけない。

しかし、今回の目的はあくまでもオーク討伐。

少しでも早く討伐してしまわなければならない。

ヤツらは大食いだ。

手あたり次第に食い散らかす。

私の知る限り、どんな魔獣よりも森を荒らすスピードが早く、他を後回しにしてでもなるべく早く討伐すべき害獣中の害獣だ。


そんな理由で私たちは急いでいたが、

しばらく進んでいると、コハクが「ぶるる」小さく鳴いて止まった。

(どうする?)

と言っている。

エリスも止まった。

何か出たのか?

そう思って、私は慎重に気配を読むが、やはりかすかに感じるだけだ。

どこかに何がいるのか、全神経を集中して辺りに漂う気配を探ったが、今ひとつわからない。

集中すると、かすかに空気の流れに違和感があるのがわかるという程度だ。

私は心の中で、「ちっ」と舌打ちをしてエリスから降りようとしたが、リーファ先生に、

「大丈夫だ」

と言われて、その動きを止めた。

すると、リーファ先生は手に持っていた弓を構えて矢をつがえる。

私がかすかに空気の動きを感じた瞬間、リーファ先生が矢を放った。

風魔法を乗せた矢がまっすぐ、ものすごい速さで飛んでいく。

「ぎゃっ」

と遠くで鳴き声が聞こえて何かが落ちる音がした。

「…アウルか?」

と私が聞くと、リーファ先生は、

「ああ」

と短く答えて、音のした方向へコハクを向かわせる。

しばらく進むとやはりアウルの死骸があった。

カッパーアウルよりも一回り小さいノックアウルだ。

たまに牽制で使うノックという風魔法に似た衝撃波を使ってくるからそう呼ばれている。

主な餌である小動物を狩る時か天敵から逃げる時に使うのだろう。

ふいうちを食らえばやや痛いが、そこまでたいした威力ではない。


あまり好戦的な魔獣ではないが、その代わり気配を消すのがカッパーアウルよりも上手く、下手に近づけばケガをするから面倒なタイプの魔獣だ。

しかし、今回は無視してもいいはず。

なのになぜ?

と私が不思議に思っているのが伝わったのだろうか。

リーファ先生は、ノックアウルの死骸を拾うと、私の方を見てニッコリと笑顔を浮かべながら、

「こいつは美味いんだよ」

と言った。


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